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いかなごにかける情熱

私の住む兵庫県の瀬戸内側には、春を告げると言われる魚がいる。

玉筋魚(いかなご)だ。(漢字表記は最近知ったのだけれど、馴染みがないし字面はアレやしで違和感がすごい。笑)

いかなごというのは、関東では小女子(こうなご)とも呼ばれる小さな魚。夏から秋にかけては夏眠で砂の中に潜っており、冬に産卵された卵がこの時期に孵り、稚魚が漁れる。
稚魚を新子(しんこ)、成魚を古背(ふるせ)とも呼ぶ。
漁獲量の調整のため稚魚の漁の解禁時期というものが決まっていて、例年2月下旬〜3月下旬の間で年によって開始日も期間も違う。

足が早い魚のため、生よりは釜揚げでいただくことが多い。
そしてもう一つの代表的な調理法が、くぎ煮である。
くぎ煮は神戸市の西側が発祥の地とされる、阪神・淡路地域を中心とした郷土料理で、いかなごの稚魚を甘辛く炊いた佃煮だ。出来上がりが折れた釘のようだから、この名前がついているらしい。昔は保存食としての役割を果たしていたのだろう。
これが白いご飯に、日本酒の肴に、それはそれは最高の相棒なのだ。
この時期に神戸市の西側や明石市の住宅街を歩いていると、必ずと言っていいくらいどこからか魚を炊く甘辛い匂いがしてきて「ああ、このお家いかなご炊いてるなあー」などとわかる。

私も結婚して自分の家庭をもってから、毎年炊くようになった。

以下、我が家の(暫定的)黄金レシピ。毎年写メを掘り起こしていた自分のための備忘録。

材料:いかなご1kgに対して
醤油200ml、砂糖(ザラメ)250g、みりん130ml、酒50ml、生姜90〜100g

①生姜を千切りに。まあまあ大量なので無心でざくざくやる。
②たっぷりの水でいかなごを洗う。身を崩さないよう、優しく丁寧に。洗い終わったらザルにあげて水を切っておく。
③調味料を全て鍋に入れ中火にかけ、ザラメを溶かす。
④ザラメが溶け、沸騰してきたら生姜を投入。
⑤強火にしていかなごを2~3回に分けて投入。都度手で軽く混ぜる。
⑥適宜アク取りをしながら炊いていく。ポイントは魚が泡に包まれた状態にすること。必要ならば落し蓋をする。
⑦落し蓋をしても泡が出ない程度に煮詰まってきたら、弱火にして煮汁が少なくなるまで煮詰めていく。
⑧熱いうちに大きめのザルにあけ冷ます。

なるべく身が折れないように美しく炊くポイントは、新鮮なうち(少なくとも買ったその日のうち)に調理すること、砂糖をケチらないこと、強気に強火で炊いていくこと、箸を使わないこと、天地返しも極力しないこと、である。1kgずつくらいが炊きやすい。

各家庭によって配合は違えど、基本的な調味料は以上の通り。ただいろいろとこだわりを持った人も多く、例えば糖類に黄金糖という飴を使ったり、水あめを使ったりする人もいる。

私の実家では生姜のみのシンプルなものしか作らないのだが、トッピングをする家庭もある。私もあるお宅でくるみ入りをいただきそのおいしさに感動してからは、何が合うのか調べながらいろいろと試してきた。
実山椒、唐辛子、レモンor柚子の皮、くるみ、ゴマ。どれもとてもおいしいし、少し表情を変えてくれて新鮮だった。

 * * * * * * *

2月の中旬になると、スーパーにはくぎ煮コーナーが作られ、おばちゃんたちは色めきたつ。ザラメや醤油に混じってくぎ煮専用のタレも並び、大きく平たいザル、タッパーなどの関連商品も積み上げられる。
♪いいかな〜いいかな〜いいかなGO!くぎ煮ダンスでGO!GO!GO!!という歌を、魚コーナーで流すスーパーもある。

主役の生のいかなごは予約したり、店頭に並ぶ時間をチェックして行列をなしながら、手に入れる。
いかなごは漁解禁後も日々成長し大きくなり、それによってくぎ煮の食感も変わってくるので、好みの大きさでくぎ煮を炊く時期を決めている人もいる。通常、漁の初日が一番高値で、日が経つにつれて値段が下がってくる。

神戸市の西側に住む友人宅ではおばあちゃんが毎年10kgくらい炊くので、その時期は家中くぎ煮だらけで、甘辛い匂いが充満していると言っていた。
その友人のおばあちゃんの友人(ややこしいな)は、20kg炊いたという武勇伝を聞いた。普通に考えていち家庭で処理しきれるような量ではない。もはや業者やん…。

何kg炊いたかということや、如何に小さいうちに炊いたかということが、おばちゃんたちのステータスになっていたりするので、そのあたりはシビアだ。
くぎ煮マウンティングが、おばちゃん界隈には確実に存在する。
それはくぎ煮クリエイターであるおばちゃん達の、自分の作品に対するプライドの裏返しでもある。
愛情深く作った自分のくぎ煮に、それぞれが自信をもっているのだ。
私もスーパーで漁期終了間際に生のいかなごを手に取っていたら、知らないおばちゃんがそれを覗き込み「ああ〜もう大っきいな、アカンな。」と言われたことがある。ただのつぶやきだったのかもしれないけれど、いずれにしてもそこはやっぱり大事なとこなんや、と実感する瞬間だった。

そしてたくさん炊かれたいかなごは、ご近所同士で交換して食べ比べるほか、全国の親戚や友人などに配布される。ちなみに、某宅配業者には期間限定のいかなご急便なるものまで登場するのだ。

いかなごビジネス、半端ない。
でもそれくらい、この地域には根付いた文化だと言えるのであろう。

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まだくぎ煮歴5年目の私だが、その間にいかなご界隈には変化があった。
ここ3年の漁獲量がガクンと落ち込んでいるのである。そのために漁期も短くなり、突然予告なしに打ち切りになったりもしている。
それでもいかなごを待ちわびているおばちゃんは一定数居る様で高値での取り引きがなされている。
今年は漁解禁日の値段で1kg4000円を上回っていたし、大阪湾はわずか3日ほどで漁が終了になった。

いかなごは庶民の味であったはずだ。それがいまや高級魚になってしまった。
そのためか生のいかなごを大々的に扱うスーパーも、以前に比べれば減っている印象だ。

私の住む兵庫県の南西部にはそもそもくぎ煮の文化はなく、それが定着したのはわりと最近(ここ20~30年くらい?)のことだと母から聞いた。
どのように広まっていったのかは分からない。良いものだから自然と広まっていったのかもしれない。
だがそれはいつの間にかフィーバーし過ぎて、いまやお祭り状態になり、皆がこぞっていかなごを求めるようになった。当然いかなごの価値はあがっていく。
漁師さんにしてみれば生活がかかっているのだから、目の前にお金になるものがあると分かればそれを追いかけるのは当然のこと。
だけどそれによって、生態系が崩れかけているのかもしれない。漁期を決めてコントロールしている時点で、そういうことなのではないかと予測される。
自分の消費行動がそれを後押ししてしまうのかなと考えるとぞっとして、ズンと重い気持ちになった。

そしてこのまま高値が続けば、新たにくぎ煮を炊こうという人は減ってしまうのだろうし、離れていく人も多いのかもしれない。
いかなごへの熱い情熱を持ったおばちゃん層が引退したら、この文化も終わりを迎えるのかもしれない…などと勝手な心配は尽きない。

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関東出身の夫が結婚してこちらに住み、この文化を知ったときに「とってもいいね」と、感動していた。
そこには季節を感じる味と匂いと、人においしいものを食べてもらいたいという気持ちが乗っかっているからだろう。
私もいかなごのくぎ煮が、子ども達が故郷を思い出す春の味にればいいな、と思っている。

夫の実家に送りたくて、結局今年も少しだけ炊いた。
ああ、我が家にもやっと春がやってきた、という気分。

しかし、こんな夜中にこの熱量でいかなごについて語ってしまう私は、もう立派な兵庫のおばちゃんやな、と実感した次第。

※最後に、ここまでお付き合いくださった方にお願い!
いかなごのくぎ煮って、世の中の知名度的にどうなん?ということと、地域的にどの範囲まで作ってるんやろう?ということが個人的な興味として気になっています。
例えば〇〇市でも盛り上がっています、とか、〇〇市の親戚から貰っています、とか、全然知りませんでした!とか。もし気が向けば、情報をコメント欄に残していただけるとめちゃくちゃ嬉しいです。

終わりまで読んでくださって、ありがとうございました!

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