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バベルのタスクリスト

青年 以前おっしゃっていましたよね。リストを作ればたいていの問題は解決すると。

徹人 たしかに、そう言ったね。

青年 でも、僕にはそんなこと全然信じられないんです。先日も、言われた通りにタスクリストを作ったんですが、まったくその通りには進みませんでした。結局、リストが問題を解決するなんて幻想というか、失礼を承知で言えば一時の戯言なのではありませんか。

徹人 君はリストに疑いを持っているわけだ。

青年 ええ、その通りですよ。疑いというよりも、これはもはや不信と呼んでよいでしょう。なんなら世界中のリストというリストを消し去ってしまいたいくらいです。

徹人 ははっ、それはいいね。きっと大きな戦争が始まるだろう。改革派と保守派の戦争だ。そして、勝利を収めるのは間違いなく、保守派だろうね。

青年 なぜですか。

徹人 簡単さ。彼らにはリストがある。

青年 またそれですか。リスト、リスト、リスト。そんなにリストが有能ならば、なぜ僕のタスクリストはうまくいかないんです。

徹人 そりゃ簡単だよ。君のつくり方が間違っているからだ。リストはいくらかの魔法の杖ではあるが、銀の弾丸ではない。君を強く動機づける力なんて持ち合わせてはいない。それを期待しているのが、君の過ちというわけだ。

青年 期待?

徹人 だってそうだろう。君は、タスクリストさえ作れば、そこにある項目が綺麗さっぱり片付けられると信じて込んでいたわけだ。それは期待と呼んで差し支えないんじゃないかな。私は、リストが問題を解決するとは言ったが、あらゆる問題を完璧に解決するとまでは言っていないよ。

青年 その二つに大きな違いがあると?

徹人 完璧な解決というのは、私たちのイメージの中にしか存在しない、という意味において、この二つはまるで別ものだ。

青年 じゃあ、結局リストは何をしてくれるんですか。僕はどんな風にタスクリストを作ればよかったんですか。

徹人 まあまあ、そんなに気をはやらせなくてもいいだろう。長い目で見れば人生は短いが、お茶を飲むくらいの時間はある。ちょっと腰を落ち着けて話をしようじゃないか。

青年 わかりました。では、お茶をいただきます。

徹人 そうそう、議論を持ちかけるのはいつだって有効だが、けんか腰では話にならない。落ち着きこそが、宝を掘り出すスコップなのさ。

青年 それで、どうなんです。リストの効果というやつは。

徹人 君は「ボルヘスの図書館」は知っているかね。

青年 あらゆる本がある、というあれでしょう。滑稽無糖なもの、無意味なものも含めてあらゆる本の可能性が収蔵されたバベルの図書館。

徹人 そのタスク版をちょっと考えてみようじゃないか。君が行いうるあらゆる「タスク」が列挙された架空のリストがあったとする。ボルヘスのタスクリストだ。そのリストから、たとえば10個ほどタスクを無作為に取り出して小さいタスクリストを作ったとする。たとえば、「トイレに行く」「遺書を書く」「コーヒー豆を補充する」「台風に備える」「告白する」「明日の天気を調べる」「馬車の予約を取る」「本を書く」「医学の勉強をする」「図書館に本を返す」、といった項目だ。どうだろう、これらのタスクを実行する気持ちになるかい。

青年 滑稽すぎて答える気にもなりませんよ。トイレは行きたいときに行くものですし、遺書はもっと歳を取ってから書くものでしょう。コーヒー豆の備蓄は満タンですし、告白は雰囲気というか流れがあってこそのものでしょう。他の項目だって、やる気なんかまったく湧いてこないですよ。

徹人 だろうね。一方で、君が実際に作ったタスクリストはどうだったかね。まったくその通りには進まなかったと君はいったが、その中のいくつかの項目は実行できたんじゃないかな。

青年 そりゃ三つ、四つはできましたよ。

徹人 それだよ! 考えてもみたまえ。無作為に作られたタスクリストなんてまるっきりやる気も起きない。でも、君が自分で作ったリストはいくつか実行できたんだ。無作為に作られるリストの数はほとんど無限に近くあることを考えれば、「三つ、四つ実行できるリスト」を作れたのは、ほとんど奇跡のようなものじゃないか。

青年 そんなのは詭弁です。そもそもボルヘスのタスクリストなんてこの世界には存在しないわけですから。

徹人 たしかにそんなリストはこの世界のどこにもないかもしれない。君の頭の中を除いてね。

青年 僕の頭の中? 僕の思考が滑稽無糖で無意味だとおっしゃりたいんですか。

徹人 ある意味ではね。だいたい私の頭の中だって似たようなものさ。そして、──あくまで推測でしかないが──、世界中の人間の思考がそうなっている。「やること」は、「やる」という気持ちとはまったく別に管理されているんだ。だから、「やること」を並べたところで、それを「やる」気持ちになるとは限らない。君が遺書を書く気持ちをまったく持てないのと同じようにね。

(つづく)

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