Weekly R-style Magazine 「読む・書く・考えるの探求」 2018/07/16 第405号

はじめに

はじめましての方、はじめまして。毎度おなじみの方、ありがとうございます。

たびたび宣伝しておりますが、7月27日の発売が徐々に迫ってきました。

とりあえず、発売までにTwitter等で使うハッシュタグを決めたかったのですが、こういうのは私が勝手に決めるよりも、自然と使われる略称を流用するのが良いだろうと判断し、じっとタイムラインを眺めていたところ、「Scrapbox本」という表現を見かけました。いいですね。まず忘れない/間違えない名前だと思います。

というわけで、本書のハッシュタグは、 #Scrapbox本 にしておきます。感想や宣伝応援団などの際にご活用くださいませ。

〜〜〜イライラと向き合うこと〜〜〜

私は普段、めったにイライラすることはないのですが、もちろん菩薩ではないので完全にゼロというわけではありません。

以前、とある新書ムーブメント(あんまり伏せてないな)を見かけたときも、「はぁ? 何言ってんのコイツ?」という激情が湧き上がってきたのですが、もちろんそんなことを表明しても何一つ得しないので心の中に留めておき(そして、ちょっと伏せた文章を書き)、その後、自分の心に関心を向けてみました。

私→イライラした

以前書いたように、私は「やじるし」に興味があるので、ここでの「やじるし」は何だったのかに興味が湧くわけです。

そうして考えてみると、二つのことに思い至りました。

「本を書くことは、基本的にGiveな行為である」
「本というものの価値は、そこに含まれている情報だけでなく、それを読めるように整える行為の中にもある」

これらについて書き始めると長くなるので省略しますが、自分の中にそうした価値観が潜んでいることがわかりました。

おそらくですが、私と仲良くしてくださっている物書き・ライターさんたちも、(表現は違えど)似たような価値観をお持ちなのだと思います。そして、その同質性の中にいると、そこに何があるのかはなかなか感じられません。魚にとっての水、というやつです。

よって、いったん居心地のよい水の中から抜け出る必要があります。異なるものと比較することで、はじめて浮かび上がってくるわけです。

で、こんな風に「やじるし」に興味が向き始めると、もともとの対象についてはどうでもよくなり、「よし、自分は〈自分の仕事〉をしよう」という風に気持ちが切り替えられます。

というわけで、何かしらにイライラしたら、「私は何にイライラしているのか。なぜイライラしているのか。私のどんな考え方や価値観がその発生源になっているのだろうか?」と考えてみるのは、──まったく無視してしまうよりは──有用です。今後イライラしたときは、ぜひやってみてください。

〜〜〜安心と確信の重力〜〜〜

おそらくですが、人間は「わかりたい」動物なのだと思います。でもって、「わかる」ことは脳的にも快なのだと想像します。

「わかる」ことで安心できますし、確信を持って進んでいけるようにもなります。精神的にはメリットが大きいものです。

だからこそ、そこには避けがたいほどの重力が働いているのだろうと想像します。高いところから物を落としたら、地面に向かって進んでいき、地面に到着して止まるように、人は「わからない」ものにぶつかったとき、早急にそれが「わかる」ようにつとめ、理解したところで静止してしまう。そういう性質があるのではないでしょうか。

問題は、そうして最初に獲得した「わかる」が正しいとは限らないことです。人間の直感はすぐれた性能を持っていますが、完璧とは言えません。慣れた問題でもときどきは間違いますし、系統的に誤りを犯すような問題もあります。

だから、一度獲得した「わかる」でも検証されるべきなのですが、重力がそれを阻みます。地面に落ちるのは楽チンでも、地面からジャンプするにはパワーが必要なのです。

でもって、そのパワーを身につけるのが、いわゆる「知的トレーニング」なのでしょう。ここで使われる「トレーニング」という表現は、たとえ以上の真実性を備えています。「わかる」(≒納得感)の重力に逆らうための力を身につける鍛錬なわけです。

そうした力を身につけておけば、直感的な誤解の先に進んでいくことができます。大切なことです。

〜〜〜たまたまの出会いと自我の限界〜〜〜

今の自分が愛好しているものをいくつかふり返ってみると、それらの多くは自覚的に獲得されたものではないことに思い至ります。

私は、──熱狂的とまでは言えませんが──村上春樹さんが好きですが、彼の本を手に取ったのは、ほんとうにたまたまです。ちょっとした背伸びで、難しそうな文学の本を手に取った、というだけにすぎません。村上文学を攻略してやろうなどとは思ってもいませんでしたし、そもそも本を読むまでそのような作家がいることすら知りませんでした。

「知的生産の技術」に興味を持ったのも、もともとは「効率的な」勉強法(今の私ならお笑い草にするトピックです)に興味を持ったからで、そこから芋づる式に興味を辿っていって、今の場所に辿り着きました。

コンビニでアルバイトを始めたのも、「小売業が好きで好きでたまらなかった」からではなく、深夜働けるバイト先が田舎ではコンビニしかなかったからです。

どれもこれも、「これを得てやろう」と意図して手にしたものではなく、たまたまや偶然の出会いによってナビゲートされています。

考えてみれば、自分についての自分の理解というのは、一種の円(サークル)のようなもので、「これ得てやろう」と考えて行動するものは、たいていその円の中に位置しています。対して〈たまたまナビゲーション〉は、その円の外からやってきて、円そのものを拡張するような働きがあります。

「自分」の思い通りにことが運ぶのは実に快適ではありますが、残念ながらそれだけでは円のサイズはきっと広がっていかないでしょう。もちろん、「広げない」というのも、人生の選択ではあるとは思います。

〜〜〜謳い文句の同質性〜〜〜

たまたま、とあるサービスの販売・宣伝ページを見ていたのですが、それがもう非常にうさんくさいものでした。正確に言えば、明らかにうさんくさいものを販売しているページと同種の表現が使われていました。

実際にそのサービスを利用したことがないので、本当にそれが欺瞞的なものなのかはわかりません。しかし、同種の宣伝文句で飾られていたら、同じような視線を向けてしまうのは、ある程度はやむを得ないでしょう。

で、考えてみると、買い手がまともな判断力をキープしている状態ではまず売れないものは、相手の判断力を削ぐことが販売上必要になってきます。短期的(むしろ刹那的)な判断を迫ったり、割引サービスなどを過剰に煽ったり、読み手を不安に陥れるような言説を並べたりと、サービスや製品そのものの話以外の比重が大きくなってくるわけです。

逆に言えば、そうした点を押さえておくことで、「危なそうなもの」の大部分をフィルタリングできるのではないかと思います。もちろんそこには疑陽性も偽陰性もあるわけですが、大量の情報に囲まれてしまっている私たちにとっては、何かしらのフィルターを持つことは大切でしょう。

将来的には、そうした判断をアルゴリズムが行ってくれて、私たちの目に入らないようになる──というのが素晴らしい世界なのかどうかは、もうちょっと判断が必要かもしれません。

〜〜〜コスパの計算〜〜〜

コスパの話はいつでも人気です。人間は(広い意味で)得をしたい生き物なのかもしれません。

で、コストパフォーマンスを考える際には、コスト/パフォーマンスの計算が必要となります。

1000円で満足度が80の商品Aと800円で満足度が70の商品Bはどちらがコスパが高いか?

1円あたりの満足度を比較することになるでしょう。

商品A:0.08/円
商品B:0.0875円

ややBに軍配が上がりそうです。

もちろん、プログラミングをしている人ならば、この計算には注意を払うでしょう。無料のもの、あるいは値段が付けられないものを扱えないからです。

簡単に言えば、コスパの比較は、ある限定的な環境のみでしか行えません。何でもかんでもコスパを持ち出すのは、上記の話から言って非常に乱暴です。せいぜい真に受けないのが吉でしょう。

〜〜〜My position〜〜〜

書き終えた『Scrapbox情報整理術』という本の中身を追想し、「この本はどんな本なんだろう」とおぼろげに考えていました。

・新しいITツールの話
・(古典的な)知的生産の技術の話
・情報社会論/思想の話

これらが交じり合った本だと言えそうです(著者目線)。

でもって、この三つの領域を扱うのが、書き手としての自分のポジションなのかもしれないな、と思い至りました。上記のどれか二つの要素を扱うコンテンツはよく見かけますが、三つとなるとどうでしょうか。案外少ないかもしれません。

最終的には「自分が書きたいことを書く」という路線からブレることはないのですが、そうはいっても書きたいことは山ほどあるので、どの辺を「自分の仕事」だと見なすのかの軸は必要となってきます。

でもってその軸については、何年かおきに考え直すのがよいのだろうな、とも感じます。自分も、周りの環境も変わっていきますので。

〜〜〜Q〜〜〜

さて、今週のQ(キュー)です。正解のない単なる問いかけなので、頭のウォーミングアップ代わりにでも考えてみてください。

Q. 「これって怪しいな?」と思うサイト/ページ/広告を見かけたとき、どんな点から怪しさを感じますか。

では、メルマガ本編をスタートしましょう。

今週は、やや長めの一編を含む三本立てでお送りします。目次は以下。

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2018/07/16 第405号の目次
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○「Scrapbox本 苦労話」 #物書きエッセイ
 新刊についての苦労話を書いてみます。

○「油脂破砕レビュー」 #メモから始める仕事術
 今回は特殊なレビューについて。

○「自由に考えられるようになること」 #リベラルアーツ再考
 新連載というか新コンテキストです。

※質問、ツッコミ、要望、etc.お待ちしております。

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○「Scrapbox本 苦労話」 #物書きエッセイ

今回は『Scrapbox情報整理術』に関する苦労話を書いてみます。

全部で4つのポイントがありました。

■苦労ポイント1:類書がない

商業出版に限定すれば、Scrapboxに関する本は本書が初めてです。つまり、類書が一冊も存在しません。

ふり返ってみると、私がこれまで(商業出版出で)書いてきた本は、何かしら類書がありました。『Evernote「超」仕事術』が出たときにはすでにEvernote関連本はたくさん出ていましたし、手帳術・発想術・手帳術なども類書はやまほどあります。KDPについての本ですら、私が書く前に一冊本が出ていました。

で、そうした本があることで、私は「自分の本の立ち位置」を相対的に決めることができました。

「既存の本にはこういうことが書かれている。だから私はその辺はあまり詳しく書かなくても大丈夫」
「既存の本にはこういうことが書かれていない。だから私はぜひともそれについて書いてみたい」

そんな企画案の練り方ができたわけです。

しかし、Scrapboxに関してはまだ解説書が出回っていません。よって、これまでのような企画案の練り方ができませんでした。

考え方によっては、これはきわめて自由に企画案を作れる状況とも言えるでしょう。「他のこと」を気にせず、思うままに企画案を立てられるのだから、すばらしいことのようにも思えます。

しかし、「なんでも自由に」というのが案外一番難しかったりするものです(例:晩ご飯の献立)。

考えられる切り口は山のようにあり、その中から一番ベストなものを選ばなければいけません。既存の本があれば、「うまい紹介の仕方」「あまりうまくない紹介の仕方」についての情報も得られるので、自分の本についてのジャッジメントも容易になりますが、類書がなければそれすらも手探りになります。

また、それと関係することですが、類書がないということは、たとえば誰かがScrapboxに興味を持って、書店にいって情報を探そうとしたら(現段階では)本書しか選択肢がないことになります。それはつまり、その読者さんがScrapboxに持つイメージに本書が大きく影響を与えてしまう、ということです。

Excel本のように類書がたくさん並んでいれば、それらを読み比べて自分に合う本を見つけられます。しかし、一冊しかなければその本しか選べず、もしその本がわかりにくく書かれていると、「Scrapboxってなんだかわかりにくいツールだな」と思われてしまいます。

そう考えると、そのジャンルにおける一冊目の本というのは、なかなか責任重大です。

実際は、湊川あいさんの『マンガでわかるScrapbox』(※)という本(漫画形式の解説書)があるので、真なる一冊目ではないのですが、「書店に並ぶ本」としては本書が一冊目であると考えてよいでしょう。

「類書がないからカブりを気にせず自由に書ける。しかし、その本がScrapboxの初期イメージの形成に強い影響を与える(可能性が高い)。さて、おまえはどんな本を書くんだ?」

というような(自分的)プレッシャー下で、本書の執筆を進めていました。これが結構ハードでした。

■苦労ポイント2:Scrapboxの特徴

苦労した点の二つめは、Scrapboxの特徴にあります。

本書の中にもさんざん出てきますが、とにもかくにもScrapboxは簡単に使えます。「いちいち細かい説明を要さずとも、使い始めることができる」のがScrapboxの特徴の一つです。

ということは、Scrapboxの本を書くということは、「いちいち細かい説明を要さずとも、使い始めることができる」ツールについて解説を書くということです。これは非常な困難です。

「第一章 操作説明:実際に使ってみましょう。以上」

さすがにこれでは本にはなりません。それに、説明を必要とする人だって多少はいるでしょう。そこで、「こんな説明はいらないかもしれないな」という部分まで説明を加えています。この辺の勘所も、類書がなかったので見極めづらくはありました。

一方で、Scrapboxは非常に奥深いツールでもあります。たとえば、見た目のカスタマイズがCSSの設定によって行えるのですが、それはつまりカスタマイズについて本格的に説明しようと思えば、本腰を入れてCSSを解説しなければいけないことを意味します。どう考えても、それだけで本一冊かかる仕事です。

このように、「間口は広く浅く誰でも使えるのだけれども、一度本格的に使い始めるとマニアックな話はどんどん出てくる」というのがScrapboxの特徴で、それを一冊の本の中にまとめるのは、すごくたいへんでした。私が意図した通りに本が機能してくれるのかどうかは、読者さんからの感想待ちですが、とりあえず全力を尽くしたことは間違いありません。

■苦労ポイント3:ツリーとネットワーク

もう一つ、Scrapboxの特徴に関した苦労話として、「Scrapboxはいいぞ!」という話を書こうとすると、必ず「ネットワークによる情報整理の利点」の話が出てくることになります。まさしく、そういうツールですからね。

しかし、そうした話を展開するのはネットワークではなくツリー構造の「本」です。

いやはや。

この辺の話は本書のコラムでも触れましたが、むしろこの対比ができた点がよかったと考えています。ツリーにはツリーの魅力があり、ネットワークにはネットワークの魅力があります。その両方を使えてこその「知的生産の技術」だと私は感じます。

■苦労ポイント4:久々

最後の点は、Scrapboxとは直接関係ありませんが、出版社さん経由で本を出すのはずいぶん久々な点がありました。『ズボラな僕がEvernoteで情報の片付け達人になった理由』が発売されたのが2016年の2月なので、もう二年以上も前です。で、それ以降、9万〜10万字ほどのボリュームの本はほとんど書いていませんでした。

体力的な比喩でいえば、「体がまなった」状態です。

やはりボリュームあるテキストを制御するのは疲れますし、今回は上記に書いたようなこともありました。たぶん、今まで書いた中で一番疲れた(労が多かった)本だったかと思います。

もちろん著者が頑張ったからといって本が面白くなる保証はどこにもないのですが、それでも「新しい本を書けた」という感触はあります。類書がないという点もそうですが、それ以上にこういう形の本はこれまでなかったのではないかと感じています。

というわけで、もしお読み頂けたら、感想をお待ちしております。

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倉下忠憲

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倉下忠憲

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