越境のWorkFlowy/執筆裏話 構成と内容/書斎について 書棚編

Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~ 2019/03/04 第438号

はじめに

はじめましての方、はじめまして。 毎度おなじみの方、ありがとうございます。

新刊が発売になって、一週間と少し経ちました。

さっそくカスタマーレビューを一つ頂いており(ありがとうございます)、出足もそれなりに好調っぽいです(実売数は私にはわかりませんのでランキングの推移を見ているだけです)。

また、Twitterでも多くの感想を頂いております。

https://twitter.com/i/moments/1099552632530624512

新刊を出したあとは、本のタイトルやハッシュタグで検索して、このような感想を見つけるのが私の楽しみの一つではあるのですが、今回の本に関しては傾向が違うな、と感じました。

これまでの本だと、私をフォローしてくれている人からの感想が最初に多く出ていました。おそらく、「ああ、@rashita2さんが本を出したんだ。ちょっと読んでみようか」という関心の持ち方をしていただいたのでしょう。

しかし、今回の本では、「見知らぬ」(という言い方は適切ではありませんが)人がさっそく感想をあげてくださっています。おそらくそれは、この本のテーマが(EvernoteやScrapboxに比べると)広いことと、新書という媒体が持つリーチの広さが関係しているのでしょう。

とりあえず、そうした広いところに届いて、良い評価を頂けているのは嬉しい限りです。

しかも、私が自分のSNSで宣伝しても、リーチできるのは私をフォローしてくれている人の範囲に限られます。その外にいる人が感想をツイートしてくだされば、全然遠い領域にいる人にもこの本が届くかもしれません。

この本は徹頭徹尾「タスク管理マニア」のためではなく、「そういうのをまったく全然知らない人」のために書いています(これについては本編でも詳しく触れています)。

なので、今後もできるだけ広いところに届けばいいなと願うばかりです。

〜〜〜癖がうつる〜〜〜

もし、人間をどうしても「素直」と「天の邪鬼」の二種類に分類しなければならないとしたら、私の妻は即答で「素直」に分類されるでしょうし、私は秒速で「天の邪鬼」に分類されるでしょう。これはもう、まったく正反対な組み合わせです。

なので、最初の頃は、私が何かしら冗談(初期の村上春樹作品の主人公がよく言うような冗談をイメージしてください)を言うと、妻はそれを100%真剣に聞いていました。「えっ、本当?」、と。ちょっと考えればわかりそうなものだ、と天の邪鬼な私は思うのですが、妻は「話されていることは真実である」という世界観で生きているので、「疑う」というコマンドがそもそも存在しないのです。だから、ジョークを言うたびに、毎回「いや、これは冗談で」と説明していました。

しかし、年月は流れ、人は変わります。今ではもうすっかり私のジョークを、「それって嘘でしょう」と指摘するだけでなく、私が言いそうなジョークを先回りして口にするようになりました。対話を繰り返すうちに、私の思考が「感染」(infection)したのです。

これは、ある著者の本を長らく読んでいると、その著者が考えそうなことが自然と浮かんでくるようになる、というのに似ているでしょう。それを発展させていくと、脳内賢人会議が発動できるようになります。熟考する際にたいへん便利な思考法です。

ただし、読書なら私は本から作用を受けるだけですが、生身の人間の対話では、そうはいきません。作用があれば、反作用があります。つまり、私にも「素直」が感染しています。

22才頃の私の天の邪鬼度合いを100とするならば、40才手前の私の天の邪鬼度合いはおそらく70とか80くらいでしょう。

昔なら、他の人から「文章上手いですね」と言われたら、まず間違いなく「いや、物書きというのは文章のプロですから。お医者さんがメスの扱いに慣れているのと同じですよ」と返したことでしょうが、今ならば「ありがとう」と答えられます(前者の人間は非常に面倒くさいですね)。

もちろん、どちらの状態が「良い」のかはわかりません。それぞれに良さがあり、悪さがあるのでしょう。ここで言いたいのは、対話は作用だけでは済まず、何かを与えることと与えられることは同時に発動する、という話です。

それにまた、「天の邪鬼度合い100」の私と、「天の邪鬼度合い70」の私のどちらが「本当の私」なのかという問いもきっと無意味でしょう。イデア的な「本当の私」などは存在せず、相互作用の中で少しずつ変化をしていくものこそが、実体としての「私」です。

だからこそ、日頃からどんな人と対話するのかは、実は大きな問題です。これは結構残酷な話でもあるのですが。

〜〜〜Dynalistの神アップデート〜〜〜

先日、Dynalistがアップデートしたというツイートを見かけて、いろいろ試してみました。以下のツイート(連ツイート)からその試行錯誤が確認できます。

簡単に言えば、二重ブラケットの後にテキストを打ち込むと、その文字列を含む項目を候補として表示してくれ、それを選択することで、その項目へのリンクを自動的に作ってくれる、という機能です。

もちろん、即座にScrapboxが想起されます。かなり似ている感触です。でもって、おそらく相当に便利な機能ではあるでしょう。

たとえば、Dynalistで日記を書いているとして、そこにその日読み終えた本の感想を書きたくなったとしましょう(よくある話です)。でもって、その日記とは別に本の情報を管理している項目があり、その本の情報も保存されていたとします。

こういう状況では、やっぱりその本情報の項目へのリンクを貼りたいところですが、これまでならば、わざわざその項目を「探して」からでないと、リンクが作れませんでした。今回からは、その「探す」という行為が、項目から移動せずに行えるようになっています。

情報が、他の情報を参照することは日記以外でも珍しくないので、やはりこれは強力な機能ではあるでしょう。

ただし、リンクを張ることで情報をA→Bとつなぐことはできますが、仮にそれを行っても、B→Aの動線は確立されません。先ほどの例で言えば、本の情報のページから、日記のページにはジャンプできないわけです。で、Scrapboxではそれができるのです。

という風に、今回追加されたDynalistの機能について検討すればするほど、「Scrapboxってむっちゃよくできているな」というのが再確認されます。やっぱり、Scrapboxはすごいんです。

〜〜〜見つけた本〜〜〜

今週見つけた本を紹介します。

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 商業・宗教・軍隊。ヨーロッパに息づく少数言語から、世界で息まく連合言語まで!ホモ・ロクエンス(話すひと)の驚くべき多様性がおりなす人類史をめぐり、ことばの「シェア」に秘められてきた三大要素をときあかす。社会言語学の泰斗による名著、待望の邦訳。言語分布地図・言語名索引付。
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 人生が変わる読書体験。
 直木賞候補作『ふたご』の著者が、「本」を通して自身のターニングポイントを綴る、初エッセイ。
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 人工知能(AI)の発展が人類社会にもたらす変化とは何か――。1960年代、80年代に次いで、現在は3度目の人工知能ブームといわれています。そんな中、日本の第一線のAI研究者らが、仮説や空想ではないAIの真実と、私たちの近未来の暮らしを綴りました。「AIが人類を凌駕するシンギュラリティはやってくるのか?」、「AIの進化によってなくなる仕事、残る仕事とは?」、「AIで医療分野はどう変わる?」。そんな期待や不安、疑問に答える22テーマの書き下ろし記事を掲載。さらに、図解の「ビジュアル」ページや「小事典」で深い理解が得られる、新時代のAI入門書です。
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 知・権力・自己との関係の三つを軸に多彩な研究を行ったフーコー。その言説群はいかなる一貫性を持つのか。精確な読解によって明るみに出される思考の全貌。
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〜〜〜Q〜〜〜

さて、今週のQ(キュー)です。正解のない単なる問いかけなので、頭のストレッチ代わりでも考えてみてください。

Q. まったく興味がない対象に関して、アイデアを思いついたことがありますか?

では、メルマガ本編をスタートしましょう。

今週も「考える」コンテンツをお楽しみくださいませ。

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2019/03/04 第438号の目次
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○「越境のWorkFlowy」 #比較ツール論
 引き続き、ScrapboxとWorkFlowyの比較です。

○「執筆裏話 構成と内容」#物書きエッセイ
 #やるおわ の構成と内容について考えたことを書いてみます。

○「書斎について 書棚編」 #知的生産の技術
 新連載、というわけではありませんが、しらばく書斎について書きます。

※質問、ツッコミ、要望、etc.お待ちしております。

○「越境のWorkFlowy」 #比較ツール論

前回は、ScrapboxとWorkFlowyの項目操作(行・ブロック操作)を比較しました。自由度の高さ、という点において、Scrapboxはたしかに優れた操作感を持っています。また、小回りが利く印象もあります。

しかし、「情報の操作」は、項目を上下左右移動するだけに留まりません。その点において、WorkFlowyには紛れもない長所があります。

今回はその長所について考えてみます。

■二つの長所

Scrapboxと比較したときに、WorkFlowyの特徴として立ち上がってくるのが、視点の移動と、越境性です。

まずは視点の移動から考えてみましょう。

■move level

WorkFlowyでは、幾段階もの入れ子構造を作ることができます。そして、その一つひとつに対してズームが可能です。

この状況は、何段階もの視野/視座を持てることを意味します。複数の視野(のレベル)を行き来できるのです。

では、Scrapbxoではどうでしょうか。Scrapboxにあるのはホーム(≒ページリスト)とページの二段階だけです。ホームならページではないし、ページではホームではない。その二つの状態しかありません。つまり、段階というものがないのです。

そのどこが問題なのでしょうか。

たとえばScrapboxでタスク管理を実施している状況を考えてみましょう。

おそらくそこでは、プロジェクトに関するページが作られるでしょう。仮にそのページタイトルを「プロジェクトA」とするならば、そのページ内にいくつかのタスクが書き込まれるはずです。

「プロジェクトA」
タスクい
タスクろ
タスクは

これだけならば何も問題ありません。問題が出てくるのは、この一つの視点からプロジェクトを管理したくなった場合です。たとえば、全プロジェクトを網羅する「プロジェクトリスト」というページを作ったとしましょう。そのページには、全プロジェクトページへのリンクが記載されているはずです。

「プロジェクトリスト」
プロジェクトA
プロジェクトB
プロジェクトC

これはこれで機能していますが、それぞれのプロジェクトがどのようなタスクを抱えているかが見えません。プロジェクトの粒度は一覧できても、その下の粒度(タスク)は一覧できないのです。

別のバージョンについても考えてみましょう。「プロジェクトA」のページがあるとして、そこに含まれる「タスクい」が、さらに細かいタスクを必要とする場合はどうでしょうか。当然その場合は、「タスクい」というページを作り、そこに詳細を書いていくことが、Scrapbox的です。

「タスクい」
アクションX
アクションY
アクションZ

しかし、ここで書かれたアクションは、「プロジェクトA」のページからは見えません。これも粒度の違う情報が見えてこない、ということの一例です。

Scrapboxでは一度に扱える粒度は一つです。そこに段階的な視点はありません。リンクをクリックしてページを移動したら、それは別の粒度に移動したということであり、WorkFlowyのように視座のレベルを行き来しているわけではないのです。

Scrapboxで情報を一覧しようと思えば、初めからその粒度にすべてを書いておく必要があります。先ほどの例で言えば、「プロジェクトリスト」のページにすべてのプロジェクト・タスク・アクションを記入しておく必要があります。

それは一つの手ではありますが、Scrapbox的であるとは言えません。

■border transgression

もう一つの、越境性も上記と関係する話です。

たとえば、「プロジェクトA」と「プロジェクトB」という二種類のプロジェクトを持っていたとしましょう。Scrapboxでは、それぞれがページとして扱われるはずですし、WorkFlowyではそれぞれが項目として扱われ、おそらく兄弟として配置されるでしょう。

プロジェクト
 プロジェクトA
  タスクい
  タスクろ
  タスクは
 プロジェクトB

WorkFlowyであれば、「プロジェクトA」から「プロジェクトB」にタスクを移動するのが簡単に行えます。マウス操作でも一発ですし、ショートカットキーでもいけます(何回か下に移動するだけ)。

Scrapboxではどうでしょうか。Scrapboxではあるページを開いているときに、そのページに含まれる項目を別ページに「送り込む」ことは簡単ではありません。送り先のページを開いてコピペしたり、何かしらのJavaScript(UserScript)を使ってAPIで書き込む方法も考えられますが、あまり簡単とは言えません。

さらに言えば、このやり方の場合、「プロジェクトA」と「プロジェクトB」の両方の項目を参照しながら移動する項目を決定する、という作業が行えません。「調整」ができないのです。

もちろん、ブラウザのウィンドウを二つ開いて作業するならば(あるいはそういう機能を持つブラウザならば)、Scrapbxoでも可能ではあるのですが、それは標準とは言い難いでしょう。また、三項目以上を「調整」する場合は、そうとう面倒なことになってきます。あまり推奨できる方法ではありません。

WorkFlowyの場合でも、「プロジェクトA」にズームしている場合は、項目を「プロジェクトB」に移動するのは難しくなっています(その点、Dynalistは優秀です)。しかし、WorkFlowyはズームイン・アウトができるのでした。一度ズームアウトすれば、項目の移動はひどく簡単になります。

つまり、ズームアウトによって、視野のレベルをあげることで、項目の越境が可能になる。そういう特徴をWorkFlowyは持っています。

もしScrapboxでそうした越境性を確保したければ、やはり先ほどと同じように、一つのページにすべての項目を書き込む必要があります。もちろん、そうすれば越境性は確保されますが、今度はScrapboxの良さが(かなり全面的に)失われてしまいます。

よって、あまりそういうやり方をするべきではないでしょう。

■さいごに

今回は、視点の移動(高度の移動と言い換えてもいいでしょう)ができることと、越境性という点で、WorkFlowyの特徴について考えてみました。

次に考えたのは、なぜそういうことが起こるのか、という理論面でのバックボーンです。それについては次回書いてみましょう。

(つづく)

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倉下忠憲

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倉下忠憲

倉下忠憲のWRM 「読む・書く・考えるの探求」

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