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「ガーデン」②

半年後、つう君は聡子さんに飽きたんだと、まりんに言ってきた
そうまりんからあたしに連絡が入った
付き合って半年で飽きたと男が言うならまだしも
結婚して半年で飽きたと男に言わしめたら
ただ二足歩行であるだけで、種付け動物に過ぎないつう君みたいな男にとって、婚姻という契約行為は理にかなっていないと思う

結婚して1年のつう君と聡子さん夫婦には、ずっと会わなかった
結婚後、半年過ぎて
そのいわゆる年上の新妻に飽きた半年前に、彼らは県営の住宅が当たって引っ越ししていた
正確には黙ってアパートから消えた明け方の後、つう君から電話が来た
別に当たり障りなく
彼から仕事が一段落したから朝会いたい、と言われたから急いで帰った、と説明した
雨の日にふらふら歩いていたら、車が徐行しながら通り過ぎて、少し先に止まった
傘差さなかったから、怪しく思われたのか、変なオヤジだったらどうしようとか
警戒してがっつり見ないようにしていたら、窓が開いて聡子さんが覗いていた
あたしがやっと飲み込めた時、もうドアを開けて聡子さんは外に出て来ていた

「やっぱり日和ちゃんだった」

「あ・・ども」

あ、ども

ってなんだよ、あたしどれだけ間が抜けた返事してるんだろ

「乗ってよ。雨だから風邪引いたら大変」

聡子さんの視線があたしの肩に注がれている
ノースリーブのピンクのワンピース
胸元のところがギャザーがふんだんで、シンプルだけど可愛い

「若いっていいわね。でも女の子は肩も冷やさないほうがいいわよ」

「あ、はい。すみません・・」

いやー
気まずいじゃないのよー

生きた心地がしないまま
あたしは処刑場に聡子刑務官に護送?されて行く

「デートだった?日和ちゃん」

「えっ!?いえっ!あ、はい。そーです」

「彼は送ってくれなかったんだ?」

探るような、優しさの中に軽蔑しているような
笑っているのに、あたしの自己批評を否定しながら、彼女は確かにあたしの社会的人間性の精度の低さを肯定している

「日和ちゃん、とおる君あと1時間くらいで帰って来るの。ご飯食べに来てくれない?とおる君も喜ぶと思うの」

「あ・・えーと、でもまたすぐ行ったら悪いかなぁって・・聡子さんとつう君はフツーに明日もお仕事ですよね?」

語尾に行くほどあたしの声は小さく間延びしていった

結婚も就職すらしていない、自立も出来ていないあたし
聡子さんの前だとなおさら、自分でも精神年齢を疑うほど緊張してうろたえる

「いいのよ、私もとおる君も・・とおる君も私も、今誰かに会いたい。誰かに家に来て欲しい、そんな喜びが溢れだして困っているの。日和ちゃんだって、夫婦が暮らす生身の生活を目の当たりにしたら、早く結婚したくなるわよ」

「・・そ、そうですかねぇ・・」

「まだ22だからいいや、じゃなくてね。22歳だからこそよ。22、3、4歳。このくらいなら黙っていてもご縁は向こうから来るわよ。25歳じゃラスよ」

(何気に自分のこと言ってる?まりん情報じゃ、聡子さんのほうは最初はつう君にその気ではなかったって。彼とうまく行かなくなった頃、つう君と出会ったって
まあ、彼氏とかぶっていた時期ってことよね
修羅場って、悲劇が起きてヒロインは、お決まりの慰めに救われ、手を取り合って半ば駆け落ち
押切り婚

同情と年上の女への好奇心はすぐ冷めた
とおるは昔、年上女とダメになったから
母親の愛情にも偏りと振り幅がめちゃくちゃだし、女関係がはっきり言ってだらしない
えげつない別れ方ばっかりだ
優しそうでフェミニストっぽいけど
女はとおるに未来とか永遠とか、見てない
そんな目線で写るツーショット写真ばかり
そんなとおるに本気になった子ほど、長く付き合った末に自分から去って行く
短ければ短いほど、とおるは女の子の気を引くために金と気を引くために優しくする

(やっぱりやだなあ・・帰りたい。まりんがいればなあ。こんなことなら、まだファミレスにいるんだった。チキンバスケットとプリンアイスパフェ。なんのためにあきらめたのか。雨よ、傘忘れたから。昨日、雨降るって誰か言ってたじゃない)

あたしは身をかがめつつ、聡子さんから体をそらすようにスマホを操作、誰かから連絡が来ているような素振りをした
わかってよ、みたいな空気を、必死感を演出した
これぞ虚しき、わざとらしさ極まりない
ざ・あぴーるぅ

「あっ!あの!ごめんなさいっ!急用だって、あの彼から!忘れ物したって」

く、苦しい言い訳だ

「あら・・じゃあ、送って行ってあげるわ」

「いえ!いいです、大丈夫です!あ、ここでいいです!じゃあ、あのごめんなさいー、つう君によろしく!じゅや!」

(なに!?じゅや!って、バカじゃないのあたし!)

あたしは聡子さんが車を徐行させているにも関わらず、ドアを開けて早く止まってほしくて手でドアの内ち手を引っ張って焦りまくっていた

(恥ずかしい。恥ずかしい。あたしはいつもこうだ)

「あの、じゃあ。どうも」

(ありがとうございます、くらいちゃんと言えないかー!)

「またね、日和ちゃん。残念だけど。気をつけてね」

あたしはもう声すら出せず、コクコク頭を振った
というより、体を振った
頭のよくない人造人体ロボットは、ガクガク変な動きをするんだから


それから半年以上過ぎて、県営に引っ越した後だ
まりんがつう君と話てて、聡子さんの話になったのは
あげくに聡子さんに利用されて結婚までさせられた、なんて言い出す始末だとか
あー新しいのか
離婚したくなちゃったんだね
家族同伴、妻同伴の社員旅行も、つう君は一人で行った
最もその時にはもう、別居だったのか
つう君は家を出ていたとか、もう離婚していたとか
いろんな事実がまりんから伝わってきた
そのどれもが、あたしのところに来るのは最低3ヶ月も前の出来事だった


また雨の日だった
あたしは少しほろ酔いで
(というか朝だから酔いが抜けてないのだ)
オレンジレッド色のワンピースが、座りジワになって、くたびれた花のごとく
途中歩いては休み
歩いては膝に手をついたりフェンスに指をかけたりして、それでも家路を急いでいた

「日和ちゃん。日和ちゃんでしょ?」

あたしの体の脇で車が止まり、助手席側の窓が開いて、聡子さんの顔が見えた

あたしはびっくりして言葉が出なかったけれど

(聡子さんだ。髪・・伸びたな)

なんて思っていた

「乗って。うちに来て、シャワー浴びて行くといいわ」

「あ~すんません・・じゃあ」

あたしはちゃっかり、こんな時迷いながらも手はドアにかかっているし、体ももう半分車内に入り込んでいた

「お願いしますー」

でもぐったりシートにもたれていた
酒、弱くなったなあ
デリケートdayかなあ、そろそろ


聡子さんとつう君の県営はすごく広かった
ファミリータイプって言うのかなあ
4部屋?3部屋あって、通されたのはリビングで
キッチンはリビングにあるけど、すごく遠く感じる

シャワー貸してもらった

ちょっと寝かせてもらいたいくらい
あたしは無防備で図々しい
でも緊張バリバリ

静かで広くて綺麗な部屋
なのにしとしと、雨音聞こえないのに、そんな空気がしてる
こんな昼間なら好き
ずっと続くといい

「日和ちゃん、ご飯食べたい?飲み物だけがいいかな?」

「はいー」

「オッケ」

聡子さんはあたしに背を向けて、何やらガシカシ潰している
ほわん、と漂ってくる懐かしい匂い
ほんとはあたし、それを一瞬熱湯に浸して、真っ青な時にカップから出すのが好きなの
匂いも味は特に爽快で清涼なんだ
ずっと入れてると出がらしのお茶みたいに黄ばんだ、茶色になって渋い

「はい、どうぞ。カモミールティー。お砂糖勝手に入れちゃった」

カップの底には溶け切らない、ザクザクのシュガーが残っていた
たぶん、白と茶色の小さめ角砂糖潰して入れてくれたんだ

「わぁ。おいしい」

心から、そう思います

ザクザクシュガー
あたしの魂みたい
そうありたい

角砂糖が溶けないのは、淹れる時点でかなり低温だったこともあるんだろうけど
あたしにはない発想
素敵な仕草
所作、知識、人づきあい、女子力

はあ・・

当然というかため息が出てしまう

「わたしパン食べるね」

立ち上がる聡子さん
あたしはずっと背中を向けて、キッチンに立つ彼女を見ていた
トースターがチン、って鳴る
なんだろう、一瞬しかトースターは光らなかった気がする
ほんとに焼いてたの?

ロールパンが2個
恐ろしく慎重に真ん中に切り込みを入れられたロールパン
そして際立って白いマーガリンが切り込みの中におさめられている
(マーガリンはけして白くはないけど、聡子さんのは白く見えた)

あー、なんかすごく美味しそう
一瞬ベイクってやつよね
香ばしさがよみがえるって言うの

聡子さんはこんなに美味しそうなロールパンなのに、すごく怖いって言うか
つらそうって言うのか、そう、やっぱり慎重にって表現が一番かな
慎重に、慎重にゆっくり食べていた

あ。太りたくない?もしかして。太るのが怖くて慎重にたべてるんだ

女子力の高い聡子さんのことだ
ボディがゆるむと・・顔までしまりがなくなるもんなー
もともと小顔な聡子さんだから
痩せて頬がこけるというよりも、いっそう華奢にシャープになるっていうのかな
でもギスギスに見えないからいいなー

その日
聡子さんはあまりつう君の話をしなかった
あたしもしなかった
ただ、聡子さんの武勇伝というか
男性遍歴の数だけは聞かされた
それはでもつまり、その中につう君も入っていて、今後増えたりなんて・・ことは
あるんでしょうかね・・

はっと気がついてこたつの周りを見回した
ここは、聡子さんのうちだ
いつの間にか眠ってしまった
つう君がいるのは見たことないからわからないけど、生活しているのかは例え物だけ見てもわからない
きっと存在だけはあるんだろうなって
上半身伸び上がって見たら、聡子さんも眠ってしまっていた

白いYシャツ
華奢な聡子さんにはmen's物に見える
余計ないろんなこと妄想
いや、先読み
白いYシャツに埋もれて、髪の間から象牙みたいな横顔が見える

聡子さんもあたしもいったいどこにいるんだろう
居場所って、本当にそこが聡子さんにもあたしにも、いていい場所なの?

ずっと続くといいと思った昼間が
急に哀しくていたたまれなくなった
つう君は今日、この部屋に帰って来ない気がした

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