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提案 フットサルの未来のためにFリーグを解体してみては

何故Fリーグを作ったんだろう

「何故Fリーグを作ったんだろう」

フットサルの国内最高峰リーグであるFリーグの実情に触れる度、最近はこんな思いがよぎってしまう。

そもそも「儲けやすい」ビジネスモデルとは言い難いJリーグの在り方をロールモデルとし、2018/19シーズンからはF2リーグが新設されリーグ自体が2部構成にもなってしまった。

そこで戦っている選手はフットサルだけで生計を立てることが出来ず(絶対王者名古屋オーシャンズだけは全員がクラブとプロ契約している)そうであるだろうと容易に想像がつくほどに試合会場は閑散としている。

これがもし「フットサルW杯で躍進するため」といった日本サッカーと同じような目的を持って作られたものだとしても、その「フットサルW杯」自体がこと日本においては社会的関心事には到底なり得ていないし、「フットサル普及のため」が目的だったとしても、果たしてその成果をどこで測るのか。

実態として、Fリーグが誕生したことでW杯優勝にどのくらい近づき、実情としてフットサル人口の減少傾向をどの程度食い止めることが出来ていると言えるのか。はたまたその道中にあるとすれば、その歩みは順調であると言えるのか。

あのガラガラのアリーナを見てしまうと、どうしてもFリーグが順調に歩んでいるとは思えない。

「するスポーツ」としてのポテンシャル

フェアで公正なリーグに

●日本最高峰の戦いを見せるリーグに

●フットサルの楽しさを創造するリーグに

●仲間と喜びを分かち合うリーグに

●スポーツがともにある豊かな未来を作るリーグに

以上が2007年に創設された際にFリーグが掲げた5つの理念だが、どれもがあまりにフワッとし過ぎていて、これらの理念が掲げられたところで、現在あるFリーグの「惨状」がこの先、大きく変容するようには全く思えない。

しかしながら、フットサルと言うスポーツの持つポテンシャルの高さについて、私は全く疑問を持っていない。

11人制のサッカーをするのと比較すれば、フットサルは比べようがないくらいにカジュアルなスポーツであるからだ。

ただそれはあくまでも「するスポーツ」としてのフットサルを評してのことであって、「見るスポーツ」としてのフットサル、つまりFリーグに対しての評ではない。

では、「見るスポーツ」としてのフットサルの現状を大きく変容させていくためにはどうすれば良いのか。

提案 Fリーグの日本フットサル連盟脱却

これについては、先に挙げたFリーグの5つの理念に沿っているだけでは、Fリーグが、日本サッカー協会の傘の下、ぬるま湯に浸かっている状態から脱することは不可能だと私は考える。

そこで私が提案したいのは「Fリーグの日本フットサル連盟脱却」である。

「脱却」と言うと「絶縁」のような印象を持たれてしまうかも知れないが、私が言わんとしているのはそうした主旨のものではない。

現状「日本フットサル連盟」に運営されているFリーグが、独自に採算の取れる「興行」としての組織になっていかないことには、今ある「閑散とした試合会場」がいつになっても変わることはないし、そこでプレーする選手たち、チームスタッフ、クラブ職員が「やりがい」だけをモチベーションにさせられFリーグに関わる状況も、リーグが消滅するまで続いてしまうのではないかという危惧からの「連盟脱却」と理解して頂きたい。

ただ、リーグ自体が「独自に採算の取れる」組織になること自体は、Jリーグも、Fリーグと同じアリーナスポーツとして後進のB.LEAGUEも、公益社団法人として既に存在するものであって、決して斬新なアイディアとは言えない。

そこで私がさらに提案したのが「Fリーグの解体」だ。

さらなる提案 Fリーグの解体

「脱却」「解体」続けざまに少々エキセントリックなワードを連発してしまっているが、私の感覚だとFリーグをこの先に発展させていこうと思うのであれば、現状を全否定するくらいの発想がないとその未来図が描けないように思えてならない。

では具体的に「Fリーグの解体」が何を指すのか、それについて私が考える2つのポイントについて書いていこう。

①東京、大阪、名古屋、広島、福岡、仙台、札幌(全国主要7都市)におけるリーグの集中開催

②ホームタウン制の廃止とフットサルギミックの構築

まず①についてだが、読んで字のごとく、現在はホームタウン制に則ってチームの本拠地でリーグ開催をしているFリーグの(シーズンに数回セントラル開催で行われる節もある)この形態を廃止し、全国主要7都市のみの集中開催でリーグ戦を行う形態へ大変換させるということ。

これによって得られるのは「新フットサルリーグ」のリーグ運営力の平準化とクオリティの向上をまず挙げることが出来るだろう。

リーグの開催主幹を常に「新フットサルリーグ」側が行い、参戦チームに過度な負担をかけることはしない。あるいはリーグ開催をひとつのパッケージとしてスポンサーを節ごとに募ってもいい。

また、全国主要7都市のみの開催となれば、その都市自体に集客素地が備わっていると考えることが出来るし「新フットサルリーグ」だけの魅力に頼った集客プロモーションの必要性が弱まる。

ただし、これまでFリーグを応援してきたファン・サポーターにとっては「おらが町のチーム」を応援するという感覚が消滅してしまい、それぞれのチームとは何の縁もない都市でリーグ戦が開催されることに反対意見を持たれる方も多いだろう。

何のためにフットサルを観に行くのか、この最も大切な部分がなくなってしまえば、前述したメリットなど何の意味も持たなくなってしまう。

そこで出てくるのが②の「ホームタウン制の廃止とフットサルギミックの構築」である。

「フットサルギミック」の導入

少々過激に感じられてしまうだろうが「新フットサルリーグ」にホームタウン制という概念は不要だと私は考えている。そしてそれに代わるものとして新たに「フットサルギミック」を導入するのだ。

「ギミック」とはプロレスなどで良く使われている演出手法だ。

良く知られるところで言えば「ヒール役(悪役)」「べビーフェイス役(善玉)」のようなキャラクター付け、それに伴ったあらゆる演出などがある。

こうした世界観を「新フットサルリーグ」に導入する。

選手個々にギミックをつけるのはもちろん、チーム自体にギミックがあれば更に演出効果は高まるだろう。

ヒール役のチームが「スカル柄」のユニフォームなどを纏っていれば、案外そのレプリカユニフォームが物凄い人気で売れてしまうかも知れないし、試合前に双方の選手たちがマイクを使って煽り合戦を行えば、それだけでアリーナは騒然とするだろう。

リーグ戦を通しての戦いに複数の背景やストーリーを持たせ、プロレスがいわゆる「アングル(仕掛けや筋書き)」を設定しているのを模しながらも、「新フットサルリーグ」では真剣勝負の戦いを行う。

おそらくここまでやれば、現在のFリーグにあるような光景、さらに言えばJリーグやB.LEAGUEに見られるような光景すら微塵も残っていないかも知れないが、間違いなくそこには「新たなアリーナプロスポーツ」のスタイルが生まれるのではないだろうか。

ビジネスモデルとしてスポーツ文化としての未来

私はFリーグの根底には常に「フットサル」という非常に狭い世界に対する視点だけがあるように感じている。「フットサルの世界」などサッカー以上に社会的認知をされていない世界であるのにだ。

そして、日本のフットサルトップリーグが目指すべき場所は、決して「フットサルW杯日本代表優勝」などではなく、そこに関わる人々の生活を「フットサルだけで成立させられるようになる」ことなのではないか。

そうでない限りは持続可能なビジネスモデル、もっと言えばスポーツ文化としてフットサルが今以上の発展や深化をしていく可能性は残念ながら限りなくゼロに近いのではないかと思っている。

普段それほどFリーグを見ていない人間がこのようなことを書いてしまって、不愉快に思われている方も多いかも知れない。しかし、私はサッカーを愛しているし、そのファミリーとしてのフットサルに対してもその将来を案じる気持ちを持っている。そこについては何卒ご理解を頂ければと思う。

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『フットボールでより多くの人々の生活に彩りを生み出せたら』 と考える、フットボールライター(仮) 2017年、25年続けたフラワーデザイナーの仕事に別れを告げ、日本サッカーの為に生きることを決めてしまったが、果たしてその行く末は!?