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おばさんと電車と死体【リレー小説/⑩】

 篠田の細い首に赤い線が走り、頭がポロリと後ろに落ちた。中嶋が両手でそれを受け止め、篠田の身体はその場に倒れた。中嶋は篠田の首を持ち上げて、彼女の表情をおばさんと僕らにみせた。しずかに目を閉じた、安らかな顔。
 中嶋は森の方に歩いていき、小さな黄色い花がたくさん咲いている茂みの上にそっと首を置いた。そしてテーブルのところに戻ると、おばさんに呼びかけた。
「クイーン、俺も頼むわ」

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 先ほどと同じ場所で、中嶋とおばさんは向かい合った。おばさんはまた尋ねた。
「どうする?」
 中嶋は肩をすくめて質問で返した。
「どうすりゃいいと思う?……最近ますます、死を実感しにくくなってんだよ、困ったことに。腹を刺される程度じゃ全然ダメ、首吊りもダメ、水で溺れてもダメ。やられた瞬間はいけたかな、と思うんだけど、やっぱダメなんだよなあ。死にすぎたのかな」
 おばさんは首を傾げて、軽く息をはいた。
「慣れもあるかもしれないけど、性格の問題なんじゃない。マイメロちゃんの素直さ見習ってほしいな。あなたはね、わたしへの信頼が足りないんだと思う」
 中嶋は大げさなジェスチャーで驚いた顔をしてみせた。
「んな事ないよお!いちばん古い付き合いじゃない。ドリーム・アリスは俺たち二人で始めたんだからさ……」中嶋はぼくとCATの方を見た。「あいつも仲間にすんの?」
 おばさんは小さく微笑んだ。
「さあ、まだなんとも。ねえ、横じゃなくて縦に真っぷたつっていうのはどう?」
「おお。それは試したことないな。できるの?」
「ほらぁそういうとこだよ。できるに決まってます。ハートのクイーンを信じなさい」
 中嶋はにやりと笑って、さあ来い、とでもいうように、両手を横に伸ばしてまっすぐに立った。おばさんは中嶋の2メートル手前まで歩み寄った。そして素早く間合いをつめ低く身をかがめると、中嶋の股下から頭まで一気に刀を振り上げた。一連の動作は目にも止まらぬ早業だった。まるで時代劇に出てくる剣豪みたいだ。
 中嶋のニヤニヤ笑いが顔の真ん中から縦にずれ、ずれは大きくなって体全体がふたつに分かれ、切り株みたいに倒れた。切り口は赤いけれどマイメロの時と同じで、血はほとんど出ない。盛大に出血しているモブとは対照的だ。
 おばさんは中嶋に近づくと、作品の出来を確認するみたいにしげしげと眺めた。中嶋の目はじっと閉じられて目覚める気配はない、ように見える。
 ふとみると、砂浜を埋め尽くした死体たちも、篠田の首と体も、輪郭がゆるんで溶け始めている。あたりに横たわった亡骸は陽炎のように心もとなくゆらめいて、透き通ったかと思うと消えた。


 おばさんはぼくらの方に目を向けた。そしてこちらに向かって歩いてきたので、ぼくは思わず数歩、後ずさった。ぼくの斜め前に立っていたCATが、いきなり大声で叫んだ。
「あなたはぼくを殺すつもりなのか?ここで殺された沢山のぼくみたいに。冗談じゃない、おとなしく殺されてたまるか」CATはそう言いながら右手を上げた。すると手の中に忽然と大きなハンマーが現れた。柄の長さは1メートルはある。鉄の部分は20センチほどで、CATは大ハンマーの柄を両手でにぎって身体の前に構えた。
 おばさんは歩きながら、考え込むような表情でCATとぼくを見比べた。そして無言のまま駆け出し、振りかぶってCATに切りかかった。CATはハンマーで刃を受け流した。おばさんは時に突き、時に鋭くなぎ払って何度も攻撃をくり出したが、CATは全て受け止めた。鋭い金属音を響かせて打ち合う様子はまるでアクション映画の殺陣みたいに鮮やかで、あきらかに素人の動きじゃない。
 その光景に圧倒されながら突っ立っていると、ぼくの足元の砂が突然大きくせり上がって体勢を崩し、砂の上に出現した金属面に尻餅をついた。周囲を囲むように黒い鉄の棒が何本も同時に地面から生えてきて、唐突に現れた金属の天井と接合した。天井は1メートルちょっとの高さしかない。気がつくとぼくは、窮屈な金属の檻に閉じ込められていた。
「つーかまえたっ、夢主!」
 おばさんの楽しげな声に、CATは後ろを振り返って檻の中のぼくをみた。一瞬の隙を逃さず、おばさんは刀を一閃させてCATを腹からふたつに切り裂いた。寸断されたCATの上半身と下半身は、砂浜の上に倒れて転がった。

 おばさんは息を切らす様子もなく、切り離したCATの身体には目もくれずに歩いて、檻の前に立った。中で立ち上がることができないので、ぼくは座ったままおばさんを見上げた。
 おばさんは刀を自分の後ろに隠してぼくの目の前でしゃがむと、にっこり笑った。
「ねえ、いきなり刺激の強いもの見せちゃってごめんね。……まずね、ここはあなたの夢でもあり、私の夢でもあるんだけど、この場所の、海とか空とか建物をデザインしてるのは、あなたの想像力なんだよね。ここはあなたの理想のリゾートで、スイーツとかコーヒーも、あなたの記憶が反映されてるの。いいイメージと経験をたくさん持ってる人が夢主だと、夢の中はすごく綺麗な場所になるんだ。ここって、ものすごくいいところ。ね、せっかくの素敵リゾートなんだから、私と遊ぼうよ」
 ぼくはこわごわ口を開いた。
「遊ぶって、ぼくを殺すってことですか?」
「死にたくない?」
「そりゃまあ。当たり前じゃないですか」
「本当に?あなた、今まで生きてきて、一度も死にたいと思ったことないの?」
 ぼくは言葉を詰まらせた。おばさんは笑みを大きく広げた。
「だよね。生きづらい世の中だもん。大人で、自殺を一度も考えたことない人なんていないよね……でね、これが夢のいいところなんだけど、試しに死んでみるってことができるの。私はね、夢の中で何度も死んだことがあるんだけど、すんごい体験だよ。大げさでなく人生観が変わる。ドリームダイブが終わって現実に帰るとさ、ああまた明日から辛い毎日かぁ、とか虚しくなったりするじゃない。あのギャップが無くなる。現実世界の受け止め方が根本から変わって生きづらさが消える。……興味出てきたでしょ?死ぬのが怖ければ、まず私を殺してみる?死への抵抗を少なくするところから始めてみるの。そうすれば死が怖くなくなる。死への恐怖がなくなれば、生への不安もなくなる。経験者が言うんだから間違いなし」
「…………」
 ぼくは言葉を失い、目線を彷徨わせた。心が激しくかき乱されていた。話の内容に強く惹かれるものがあったのだ。
 ドリームダイブが好きなのも、どこまでも無彩色で味気ない現実世界をいとう気持ちがあるからだ。どこか遠くに行きたい。こことは違う世界に行きたい……誰だって一度は考えるだろう。多分ぼくは、普通の人よりもその気持ちが強いと思う。いっぺん死んでみるという発想はなかったけど、試してみる価値はあるかも、という気持ちが心の底に生まれて、ふつふつと泡を立て始めるのを感じた。
 ぼくとおばさんの目が合った。

「なるほどねえ。そうやって説得するわけだ。まるで宗教の勧誘だな」

 不意に声が響いて場の空気を打った。おばさんは表情をこわばらせて、後ろをふり返った。
 CATがそこに立っていた。ふたつに切り離されたはずの身体は元に戻っているが、首から上が大きく変わっている。
 ぼくの頭ではなく、黒い猫の頭になっていた。被りものじゃない本物のリアルさ。無数に生えた細く繊細なヒゲ。まばたきをする眼。黒い艶やかな毛並みのなかに、金色の瞳がきらめいた。


第⑪話に続く→

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