エメラルドグリーンの歪な恋

「私とデートしませんか?」

戸を開けると女はそう言った。まだ鳴り響くドア鈴、車の横でなびく女の髪。その髪は内側のみ緑色に染まっておりなんだかユーチューブで見たような髪型だ。学校で一度だけ目が合ったことがある。話した記憶はない。
「どこか行きたい場所はありますか?」
女はにこやかに言う。そういえば母からミスドのクーポンをもらっていたっけ。私は淡々と「ミスド。」と答えた。
 準備を済ませ、気づけばミスドのある駅の中。私と女は静かに会話を交わしながら歩く。その緑の髪が視線を集めながら。
 ミスドに来るのは久々。ざっくり10年は空いた気がする。女は私のことなど気にもせずドーナツを選び出した。キャンペーン中のポ〇モンの形をしたドーナツ、クリスマスシーズンの少し豪華なポンデリング、もはやドーナツといっていいのかわからないむぎゅっとドーナツ……選んでいる時の彼女の顔は敵と相対したときのゲーマーの様相そのものであった。結局彼女はポ〇モンのドーナツを選んだ。ガラス張り横の席に腰を掛けて向かい合う。
ピ〇チュウの顔が半分になったころに彼女が言った。
「城之崎(きのさき)さんって彼女いるんですか?」
せめてピ〇チュウは食べきってほしかった。見るに堪えないピ〇チュウの姿。せめて目さえ残っていれば......などと思いながら「いない。」と答える。
想定よりもリアクションは薄い。もう少し反応してくれてもよいのではないだろうか。ふと見ればピ〇チュウが消え去っていた。単純に食べるのが早い。
 彼女は立ち上がり、ミスドから出て行った。ドーナツを頬ばり彼女を追いかけ、横に並ぶ。ドーナツが口の中に残ってうまく話せないので、しばらく会話が滞る。すると彼女は走り出す。駅を出て、道沿いにおいてあるバイクにまたがった。果たしてこれは彼女のバイクなのだろうか。「盗んだバイクで走り出す。」光景が見れるのだろうか。
「後ろ乗って。」
「待って。これ他人のやん。」
「うるさい。」

胸にクレイモア。渋々後ろへまたがる。そして走り出す。盗んだバイクで。
 目的地はどこかわからないが、明確にどこかに向かっている走り方だ。君が前で私が後ろ、普通逆ではないだろうか。ただ、後ろが嫌なわけではない。ヘルメットからはみ出たエメラルドグリーンと黒の混ざった髪。倒れてきた日に照らされ少しきらめく。「綺麗。」そう口に出てしまった。少しバイクのスピードが上がっただろうか。
 景色が段々と私の知らない世界になっていく。都市部では見られないような木々、中肉中背のアパート群、シャッターの閉まる音が響く。今までノンストップで来ていたバイクが止まった。ここにきて信号に捕まったようだ。
「君、名前なんていうの。」
こう質問を投げかける。
「はるか。はるかが名前。」
そう答えが返る。
「なんで俺をデートに誘ったの。」
質問を投げかける。
「あなたが気になったから。」
答えが返る。
「なんで俺の家知ってるの。」
投げかける。
「先生から聞きだしたの。」
返る。
信号がエメラルドグリーンに変わる。走り出すバイク、巻き上がる枯れ葉、舞い落ちる銀杏の葉。ぎんなんの匂いは嫌いだ。金木犀ならいいが。
 またバイクが止まる。はるかがバイクを降りた。もちろん私も降りる。小さな公園のようだ。はるかがブランコに乗った。私はあいにくブランコが苦手なので柵に腰を掛ける。
「ねぇ、私たちもうカップルでいいよね。」
唐突だ。寒さからか、はるかの頬が赤い。その顔を見つめる。はるかは目を逸らさない。私は答える。
「君がいいなら。」
耳が熱い。
「そう......ならおっけーだね。」
......私の唇は奪われたらしい。記憶が曖昧だ。ファーストキスという名の貞操はエメラルドグリーンの髪を持つ君に奪われた。上唇と下唇を合わせると、かすかにしっとりとしている。君のリップクリームだろうか。
 また君はバイクに乗る。同じように後ろにまたがる。今度はどこまで行くだろう。君なら私をどんなところまでも連れて行ってくれるような気がする。
今となってはその顔がグリーンフラッシュのように儚く煌めいて見える。


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