【SS】紅き椿は白へと堕ちて

ぽとり、ぽとり
ひとつ落ちれば誰かが消えて
もひとつ落ちればあの子が失せる

「何言ってるの?」
また妹は窓辺にぼんやりと佇んでいる。その視線の先には雪を纏う深紅の椿。冴え冴えとした純白に映える鮮やかな紅。それは確かに、美しくはあるけれど。
「うた。つばきが、おちる」
どうやら童歌のつもりらしい。その割には、どう聞いても不穏な色が滲み出ているようだけれど。
「椿が落ちたらどうなるの?」
ちょっと嫌な予感がするけど、聞いてみることにする。一体妹は、どんな景色を見ているのだろう?

「ひとが、きえる」
「あれが、わたし。あれが、おねえちゃん」
「ぽとり、って、おちる」

窓に映る幼顔にもその声音にも何の感情も載せないまま、妹はそんなことを言う。
「おちたら、きえちゃう。だれかがしぬ。でも、わたしがみているから、おねえちゃんのはおちない」
淡々と、降り積もる雪のように、妹は恐ろしいことを口にする。それはしんしんと、私の心に積み上げられていく。冷たく重い牡丹雪となって。
妹の背中越しに映る椿が、今は血の色にさえ見えてしまう。肌を刺す氷の如き感覚は、きっと単なる冬の空気のせいだけじゃない。

「あ」

ぽとり。
深紅がひとつ、地に落ちる。
純白の上に、赤が零れる。

「椿、が」
震えていた。私だけが震えていた。妹は身じろぎひとつしない。何が起きるのかもう知っているからかもしれない。
「だれかが、きえる」
妹の、抑揚のない声。
「おねえちゃんのとなり。しっている、だれか」
無慈悲な宣告。

「いや、まさかね、そんなことあるわけないでしょ」
誤魔化そうとしてもうまく笑えない。何も変わらず椿を見つめる妹が、今はただ怖ろしい。

着信。
見知った者の名前。
受話ボタンを押す。耳に当てる。
ひどく、慌てた声。
視界に映る深紅の椿。
雪に染まりゆく紅き花。
予感。

「はいもしもし。……え?」

時が、止まる。
「ほらね」
妹の無機質な声が、遠くどこかから聞こえてくる。

私の世界から、ひとつの花が、ぽとりと堕ちた。


※原題:「落ちた椿は誰かの生命」(自作お題サイト「アリスの言霊」より)

#小説 #SS

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水撫月 怜香

言ノ葉、あるいは物語【創作SS等】

創作SS等置き場。基本的には一話完結。詩だったり散文だったりするかもしれない。暗めな話が多いかもなので注意。
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