書く場所によって内容も文体も変わる。書く場所は超大事。

書く場所はめちゃめちゃ大事だ。
書く場所によって無意識に書くネタも文体も何もかも変わってしまう。

というか、そもそも書く場所が無いと書く気にならないし、どういうスタンスで筆を進めていいか分からない。

このことについて、あまりピンとこない人は、極端な例だが「お母さんへのメール」を思い浮かべてほしい。
もしこの世にnoteもTwitterもなく、「お母さんへのメール」しか書く場所がなかったら、書けるネタも、文体も、かなり変わってくるにちがいない。
お母さんと折り合いが悪いネタ(エロとか)は、「書こう」という発想にすらならないだろう。
そして、お母さんと不仲な人は筆が進まなくなるかもしれないし、そもそも「何か書こう」という発想すら湧かないかもしれない。
逆に、お母さんと仲がいい人は、書けば書くほど書くことが湧いて、無限に書けるようになるかもしれない。普段生活を送っていても、「あ、これ、お母さんに書こう」と意識するようになり、書くネタ収集に困らなくなるかもしれない。

つまり、書く場所は大事だ。

「書く場所」がちがうと、まず「読者」がちがう。
お母さんへのメールというのは、読む対象がお母さん一人だし、noteにはnoteの、TwitterにはTwitterの読者がいる。

それから、「フォーマット」がちがう。Twitterなら140字だし、noteなら文章の長さは無限で、タイトルやサムネイルがついたりする。LINEとメールの違いは、多くの人がここ数年で実感したところだろう。

現在私が持っている「書く場所」は、

■Twitter https://twitter.com/RayShibusawa/
■note(公開)
■note(有料マガジン)
■ホーチミン観光情報ガイド https://www.hcm-cityguide.com/authors/33
■フェイスブック(実名)
■そのた(友人へのLINE、相談メール、お寺の会報誌……)

など、そこそこ多岐にわたる。
今回は、ひとまずTwitterについて、最近考えていることを書きたい。

Twitterは、私が10年間使っているSNSであり、フォロワーも2000人をこえており、思い入れもひとしおなメディアだが、いろいろ変遷がある。

■「検索にひっかかるように書く」というTwitterの使い方

私は、日本のSNSやネット、そして自分のそこでのスタンスに一度絶望し、2018年8月からベトナムに移住したのだが、その時にTwitterの使い方をガラリと変えてみた。
それ以前は「みんながモヤモヤしていることを言語化してあげる」「ズバッと言う」というツイートが多かったのだが、それをやめた。
「ベトナムで見た面白いこと」を、できるだけあっさり、他愛なく、1日1ツイートしてみることにした。
そしてその際、「ベトナム」「ホーチミン」という単語をなるべく入れるようにしてみた。
これは「ベトナム」「ホーチミン」で検索をかけた人にひっかかるようにである。

当時の私の狙いは、
・ホーチミン在住ライターを探している人から仕事をもらいたい
・ホーチミン在住者の友達を作りたい
であった。

結果、驚くことに体感1日2人くらいのペースで新しいフォロワーが来た。
(今調べたら、この半年で200人増えていたので、やはり概ね体感通りだろう)
新しく来たフォロワーは、狙い通り、「ベトナム」「ホーチミン」で検索したっぽい人、つまり、ベトナム在住者または在住予定者、ベトナムによく旅行する人などだった。

そして、それによって、「仕事」と「友人」がゲットできたかというと……



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