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【超短編小説】ラッキーアイテムはロザリオ

「あなたのラッキーアイテムは、ロザリオです」


と言われたけど、俺はロザリオが何なのかしらない。


スマホで即ググると、「祈りのための道具、またはその祈り」とか出てきた。


「いや……ラッキーアイテムがロザリオって……。祈るための道具、って……。そりゃラッキーになるために作られた道具なんだから、そりゃラッキーになるっしょ、っていうか、占いで言われても当たり前つうか、ラッキーアイテムはお守りです、みたいな感じっしょ? それ決まってるやつっしょ? てか、そこ宗教もってくー? そういうの経由して幸せになりたいんじゃなくて、もっとお手軽にいきたいっつうか、『今日のラッキーダイエットは運動です』っつわれても、いやいや運動したくなくて来たのに、いやいや、的な。楽して幸せになりたいんすけど、俺」


不満をぶつけても占い師はびくりともしなかった。

そもそも変なのだ、新宿で飲んで最寄り駅に戻って家に帰るまでの途中、閉店した店のシャッター前に占い師が段ボール箱みたいなコンパクトな箱と小さな椅子を置いて店を作っていて、そういうのは新宿ではよく見るけど、こんな人気のない住宅街でやっても誰か来るの? でも俺は傘を持っていなくて、新宿では問題なかったのにこっちについたらしとしとと降り始めていて、俺は新品の革のカバンを濡らしたくなくて、信号待ちの間にその閉店した店の屋根の下に隠れる必要があった、そうしたらなんだか同じ屋根の下にいる占い師の圧迫感がすごくて、ちょっと酔っていたのもあって、吸い寄せられるように椅子に座らないという選択肢がなかった。占い師は段ボール箱も服も真っ黒で、同じ素材の黒い布に覆われていて、全体的にブラックホール感があった。顔も黒子のように覆われており、目も見えなかった。箱には「お金を入れてね \500」という小さなメモ書きと、コインが入る切れ込みがあったので、そこに500円硬貨を投入したのだった。占い師はしばらく俺を凝視し、というか目が見えないから凝視しているか分からないけどとにかくたっぷりの圧迫感で沈黙を作り、それから厳かにロザリオ言ったのだった。


「あなたのラッキーダイエットは、ファスティングです」


占い師がまた、やたら機械じみた声で言った。ファスティング? またもや知らなかったのでスマホでググる。断食のことか。


「……いやいや断食って、いや断食したら痩せるっしょ……そうじゃなくて、話の分からない人だなー、断食とかじゃなくてもっと楽して痩せたいって話っしょ、ていうかそもそも俺別にダイエットしたくないし、っていうか必要ないし。もっと占いって普段やってる、例えば『今日はナントカを着るとラッキー!』とか『今日はナントカを食べるとラッキー!』みたいなのでしょ、服とか食べ物とか料理なら毎日やることだし」


「あなたのラッキーインド料理は……」


ラッキーインド料理?
ラッキー、インド、料理?
ラッキー、インド、料理、って、え?
それって…………………………………………。


占い師はそこで、初めのようなたっぷりの圧迫感と沈黙を作ったまま、まったく動かなくなった。


「……もしもし?」


ぽんぽんと肩を叩いてみる。


「もしかして、電池切れた?」


俺は500円玉をもう一度投入するか迷い、とりあえず財布を開き、1000円札しかなかったので隣の自販機でジュースを買って、お金を崩した。俺何やってるんだろう、と少しさめる、片手にもった全然ほしくなかったジュースの冷たさが俺に冷静になれと語りかける、が、もはやここで止める方が千円札を崩した意味がなくなる、もういいのだ、と、500円玉を投入した。占い師は再び動き出した。


「あなたのラッキーインド料理は、カレーです」


その声を聞き、俺のみぞおちが、じゅわんとあたたまり、そして落ち着いた。


「やっぱかー! カレーだったのかー! ググる必要なかったー! 知ってるやつだったー! 500円払ってこれってー! 頭の中に浮かんでたことそのまま言われただけだったー! これに500円払った俺って一体―!」


全力で突っ込みながら、俺は謎の安堵を感じていた。さっき頭に浮かんだ、俺の脳内いっぱいに浮かんだ、匂い間でありありと浮かんだカレーが、ちゃんと居場所を見つけて落ち着いたような。そして急にカレーを食べたくて仕方なくなった。想像するだけでここまで食べさせたくなる、カレーってやっぱすごい。


「で、占い師さん、俺、カレー食べれば幸せになれるの? てか、インド料理食べれば幸せになれるの? ダイエットの時も思ったけど、そもそも俺、それすれば俺幸せになるの?」


「あなたのラッキー幸せは……」


ラッキー幸せ?
ラッキー、幸せ?
ラッキー、幸せ、って、え?
それって…………………………………………。


占い師はここで再び動かなくなった。俺は500円玉をもう一度投入するか迷い、そしてやめた。


我に返ったのだ。


だって、さっき俺の頭の中に浮かんだカレーよりも、今俺の頭の中に浮かんでいる「幸せ」のほうが、ずっとずっと、ぼんやりとしていたのだ。

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