雑バイスを駆逐する ~「何でもやってみるといいよ」「やってみないと分かんないじゃん」という大人が嫌いだ


■「何でもやってみるといいと思うよ」という大人が嫌い

「何でもやってみるといいと思うよ」という大人が嫌いだった。今も嫌いだ。


他者に対して、すごい無責任かつインスタントに偉そうにアドバイスできる魔法の言葉っていくつかあるけど、それだと思う。(ほかには「何かあったらどうする」「大人になると分かるよ」「それはまだ本当の◎◎を知らないからだよ」などがある)

こういう「雑バイス」(雑+アドバイス)に惑わされると、人生を大幅に遠回りさせられるから、鋭意無視していきたい。

ただし、この「何でもやってみるといい」という言葉の意味内容は、まったく間違っているというわけでもなく、部分的に正解だったりもする。

だからこそ、「部分的な正解」を振りかざして雑バイスをする大人に巻き込まれないよう、自分が自分に向けた最強のアドバイスをここに書いておこうと思う。

■「好きなことをやろう」も雑バイス(?)

ときに、「好きなことをやろう」という、雑バイス(?)が、ある。
「好きなことをやろう」なる標語が立って久しく、多少はげかけた看板みたくなったのが2010年代だと思う。

「好きなことをやろう」とは言っても、しかし、そのベースになる「好き」とかいう感情は、実はすっごくボヤボヤして、デリケートで、取り扱いのむずかしい感情だったりする。

(それを文学チックに表現したのが私のライヴ演目「私はロボットではありません」だ)

だから「好きなことをやろう」なんて言ってくる大人は、実はすっごく安易な「雑バイス」をしてるな、と思って、最近このことばもちょっと嫌いになった。

だいたい、困ってる若者の多数は「好きなことが分からない」と言って悩んでるのに、「好きなことやろう」っていう標語は刺さらないし、「なんでもやってみるといい」だと照準が広すぎて困る! と途方にくれませんかね?


■私がアドバイスするとしたらこうする

という「雑バイス」の代表2点「何でもやってみるといいと思うよ」「好きなことをやろう」を踏まえ、私がもし今誰かにアドバイスをするために、この語をアレンジするとしたら(アドバイスなんかしたくないけど、しろと言われたら)、下記のようになる。

「今「好きなこと」「やりたいこと」がボンヤリしてるなら、好き嫌いをハッキリさせるために、やろうか迷っていることはやってみるといいよ(絶対やりたくないことはやらなくていいよ)」

…というのも自分の「好き」を近づけ、「嫌い」を遠ざけることが幸せに直結する道であり、つまり自分が何が好きで何が嫌いかをハッキリさせて好き嫌いセンサーを磨くのが人生の最重要テーマであるからだ。

で、好きか嫌いかはやってみないとわからない(ことが多い)。だから、好きか嫌いか分からないけどとりあえずちょっとやってみたいな、と思うことは、やってみたほうがいい。

でも、既にやって嫌いだったことや、それに似たことは、やらなくていいと思う。人生短いから。


■「やってみないと分かんないじゃん」もむかつく

これまた雑バイスの定番として、「やってみないと分かんないじゃん」というのもあるのだが、これまた、一定の真理を突いてはいるんだよなー。

(ちなみに、「一回やってみて、他人に見せて、評価を受けないと、向き不向きは分からない」という話は下記記事に書いた)。


でもさ~「やってみないと分かんないじゃん」って、「何かあったらどうする」と一緒で、「99.9%ナシだとしたら0.1%のアリは無視していいの?」みたいな脅しに聞こえて、嫌いなんだよな~。

でも0.1%のアリにかまけるほど人生って短くないよね?! 0.1%のアリを人質に脅すのは雑バイスの定型だと思う。


■「学校の勉強なんかなんの役にも立たない」について

さらに話は踏み込みますが、雑バイスというか、クソバイスというか、明らかに間違った有害なアドバイスとして「学校の勉強なんかなんの役にも立たない」というものがあるが、あれウソです。「やってみないと分かんない」が真理である以上、学校の勉強も「やってみないと分かんない」。

例えば、私は東大に入るほど学校の勉強をやりまくったクチですが、東大に入るほど学校の勉強をやりまくったことにより「あ、わたし、東大に入るほど勉強好きだな」と気付けたし、「勉強」の中でも「数学は嫌い」「英語と国語は好き」「つうか言語とか文字が好き」「歴史に興味が無い、今しか興味が無い」そしてこれが一番大事なのだが「点取りゲームが好き」「頑張れる枠組みを作られるとめちゃめちゃ頑張れる」「ライバルがいると頑張れる」という発見があった。

これは「好き」をどんどんより分けていく作業だ。小学校のうちは、学校の勉強全般が好きだと「ぼんやり」と思っていたが、教科が難しくなるにつれよりこまかく好き嫌い、向き不向きが分かり、「ぼんやり」が「クリア」になってくかんじ、そして勉強そのもののみならず「勉強システムが好き」な自分も発見できていく過程。これは、「好き」なことを続けたから得られたものだった。

この「好き」なものを寄り分けてどんどんクリアにしてく過程はめちゃめちゃ役に立つ。将来嫌いな職業に就かずに済む。「ぼんやり好き」なものはがんがん掘って、より「特にここが好き」を突き詰めていくべきだ。

でも、「学校の勉強が嫌い」という人は、もはや「学校の勉強が嫌い」なんだから、やんなくていいとおもう。そんなことに人生使わず、他の「ぼんやり好き」なことを見つけ、それをより分けてクリアにしていく作業に集中してほしい。人生短いから。

■「好き嫌いをクリアにしていく作業」について


「やってみないと分からない」については、もう少し卑近な例を。

私、自分のこと掃除嫌いな人間だと思ってたんですよ。
家の掃除はいつも後回しにしてて、でも床が汚れてるのも嫌いだから、床の汚れの我慢の限界を超えるとしぶしぶ重い腰を上げて掃除機をとりだす……というのを、週1,2度やってたんです。

でも一方で、バイト先の朝礼後の掃除って結構好きだったんですよね。毎朝嬉々としてクイックルワイパーかけてた。
「はて、なんでだろう? 私は掃除が嫌いなはずでは? 私の私的時間を掃除に割くのは嫌いだけど、掃除という行為自体は嫌いじゃないってことだろうか?」と謎に思ってたんだけど、ある時ハッときづいたんだよね。バイト先でクイックルかけながら、「あ、私、掃除は嫌いだけど、クイックルは好きだな」と。もうシートを装着する時から最後にシートをパッととって捨てる時まで、ウキウキなわけ。

「なんでこれ、家に無いんだろう?」
と思い、購入してみました、クイックル。
そしたら、なんと!! それまでに週1で嫌々やっていた床掃除を、毎日するようになったんです!! クイックル好きすぎだろ!!!!

というわけで、私、掃除が嫌いなんじゃなかった。
「掃除が嫌い(ぼんやり)」から、「掃除機は嫌い」「クイックルは好き」へと、好き嫌いがクリアになりました。


ちなみになんで掃除機が嫌いかを考えてみました。


・うるさい
・重い
・コードが邪魔
・でかい
・とったゴミがみえない
・床や壁にヘッドがバンバンあたる感触が嫌い


全部クイックルワイパーなら回避できる「嫌い」だね。
たまたま同時期にカーペットを捨てたため、クイックル一本で掃除しやすい床になったので、掃除機も断捨離できそうです。やったー! 「毎日きれいな床」と「楽しいクイックル」を近づけて、嫌いな「掃除機」を遠ざけられるぞー! いえーい!

……というわけで、要は「いろいろやってみて、「好き」と「嫌い」をより分けると「好き」が増えて楽しい人生送れるよ」ということです。

余談ですが、「達成感が目に見える」ことって、私の「好き」に直結するなと思いました。爪切りと耳掃除が好きなのも、行為の結果がビジュアライズされるからだきっと。あ、ってことは、1日30分やってるヨガも、行為の結果がビジュアライズされたらもっと好きになる……? たとえばヨガする前とした後で壁に手を伸ばしてシールでも貼って、「身体、伸びた!」と実感できるようにするとか……? と考えると、もっともっと身のまわりに「好き」を増やせて楽しいね。

■やってみないとわかんない

というわけで、「やってみないとわかんないじゃん」が一応の真理である、という話でした。
(クイックルを握らない限り、クイックルが好きかは分からなかった、まさに「やってみないとわかんな」かった。)

でも、自分がもう「やってみて嫌い」と分かった行為に「やってみないとわかんないじゃん」と言ってきた奴のことは勇気を持って無視していいと思う。人生は短いし。
自分の好き嫌いセンサーを信じたほうがいいし、そんな雑バイスする奴はセンサーが鈍いに決まってるから。

学校の勉強も、嫌いならやらなくていいと思う。全然関係ないことをして遊んでる時、「あ、自分、これ好きかも」「この『好き』を応用すれば学校の勉強も楽しくできるかも」っていう瞬間が訪れるかもしれないし、それは勉強を嫌々やるよりずっと生産的ですよ。人間、「嫌」っていう感情の中から収穫物を取り出すより、「好き」っていう感情の中から収穫物を取り出す方が、はるかに効率的ですから。

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渋澤怜🏮🐃🦐ベトナムなう

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