人類が物語を書く理由と、私が小説を書く理由と、あなたがSNSをやる理由はきっと同じ

なんで物語を書くのか、を、ずっと考えている。

それは「人類はなぜ物語を書くのか」という問いでもあり、「なんで私は小説を書くんだろう」という問いでもある。

私が小説を書く理由を、私の心の実感に問うと、なんとなく、「物語にしか救われない心の部位があるから」かな、と思っている。

だから私はエッセイもノンフィクションもイマイチピンと来ずガキの頃から小説ばかりを読んでいたし、書いていたのだろう。

そして人類も大昔から、神話とか綴って来たのだろう。


では、なんで物語にしか救われない心の部位があるのだろう。と考えてみる。

物語というのはメタファーであり、ベタの現実から何かを抽出して抽象化したものだ。なんでそのメタファーなり抽象化じゃなきゃ救われない心の部位があるのだろう。

それは、人生を物語化することとつながっている気がする。


■人生を物語化すること

他人の人生は、物語化されることで、他人に追体験されるものとなる。
ていうかそもそも人は自分の人生だって物語化しないとやっていけないんだと思う。多分そうじゃないと希望がもてない(し絶望も持てない。多分人間はロボットみたいに希望も絶望も持たずに生きてくことはできない)

ここでいう「自分の人生を物語化」というのはたとえば、
「いろいろあったけど段々良くなってる」とか
「苦労して今がある」とか、あるいは
「苦労しても何の意味も無い」とか
「俺はダメだ、破滅の一途だ」とか「どうせ頑張っても無駄」とか。

物語化というより、なんとなくあまりに雑多でバラバラな個々人の人生に何となく見通しをつける指針というか、意味付け、というか、編集作業のようなもの。

■物語化=顕名化、非物語化=匿名化

先日、山下陽光さんさんにおすすめされ、「人生に物語はいらない」というタイトルのはてな匿名ダイアリーを読んだ。




たしかにすごい面白いし、文章もうまい。

彼の書いた24万字の電子書籍もおススメされたのだが、しかし、「ぶっちゃけこのテンションで24万字よむのはキツいなあ」と思ってしまった。極端に編集がなされていないからだ。
山下陽光さんはこの手の「編集されてない」ものが好きで、路上の変な拾い物とかを楽しめるタイプの人なんだけど、私はそういうのはキツいタイプだ。(ちなみに山下さんの著書「バイトやめる学校」を読んだ時も正直「編集、もっと仕事しろ」と思ってしまった。)

ともあれ、わたしは「編集≒ちゃんと物語化」されたものが好きだなと気付けたきっかけとなった。

上記の記事は、はてな匿名ダイアリーだから当然匿名で書かれている。

私は匿名の記事は書いたことは無い。

匿名化することと、物語化を拒否することは、共通点がある気がする。

「私をつくる 近代小説の試み」という本を読んだら、近代以降の作家は、作家というメタ物語を頑張って作り合う「文壇」という場を作って、その上でやっと私小説が書けた、という話が書いてあった(いわゆる谷崎の嫁ゆずりとかそういう話)。ちなみにその時代の終わりかけに出て来た太宰は、仕方がないから自分で自分語りをしまくる独り芝居みたいなあの文体を構築したそうだ。

自分を顕名化することと、自分のポジショニングを確立することと、物語を編むことは、似ているのかもしれない。


■生きた人間の人生がそんなに簡単に物語になってたまるか

「私は物語が好きだ」とか「人生は物語だ」とかガンガン言っておきながら
しかし、同時に
「生きてる人間がそんなに簡単に物語化するわけないじゃん?! 生きてるんだぞ?!」という違和感も、常に感じている。

たとえば「ブロガーの自己紹介ページ」を見るたび、いつも強烈な違和感に襲われる。

「人目を気にする臆病な自分→一度、挫折、絶望→からのV字回復をして→今は自由に生きてる。この自由をみんなにも広めたくて今活動してます」

みたいなフォーマット的な文章ばっかりなのだ。

https://rutty07.com/entry/profile

「ブログのプロフィールはこういう風に書け!」というブログも、ググれば沢山でてくる。

こういうものに激しい違和感を覚えながらも、しかし私だって自分自身を物語化しないとやっていけないので、違和感バリバリ感じながらもこのnote「渋澤怜の自己紹介」を書いた。書いたらやっぱりスッキリした。

私が東大に入った理由も、私が水商売を始めた理由も、多分無数にあるし過去を思い出すたびに違うものが想起されるが、まあひとつのラインを採用し、過去を編んでみた。

これは生き残るために必要なことだ。


■物語化を拒否する物語


私が今書いてる長編小説は、「物語化を拒否する物語」がテーマになっている。

具体的に言うと、第一に「主人公が絶対に過去語りをしない」という縛りをもうけている。

というのも、「問題をかかえる主人公→過去回想でトラウマ提示→頑張る→問題解決」という成長物語のフォーマットに(まず著者である私自身が)ウンザリしているからだ。

そして主人公も、自分の人生を物語るため(あるいは他人に物語られるため)に過去の情報を提供することにウンザリしていて、そこは過度に敏感に拒否する。出身地を聞かれても答えない笑

第二に、ちょっと逆説的だけど、主人公はいつも「俺今ツイッターにこう書くようなシチュエーションだなー」とか「このイベント終わったらFacebookに『ありがとうございました皆さんのお陰です』とか書くんだよなー」とか思ってイベントの最中に脳内アプリを立ち上げちゃうような人間で、自分の人生を、先回りして物語化して、既読化して、そしてウンザリしている。何をしても強烈な既視感にとらわれて、すっかりやる気を失っている。過度に物語にとらわれているのだ。


「人はなぜ物語るか」と「人はなぜSNSをやるか」は同じ問いなのかもしれないよね。


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