農業と編集。ある編集者の無茶振りが僕を成長させてくれた話。

 鹿角(かづの)で飲み過ぎて昨日は1日きれいに消えさった。しかしほんと楽しかったなあ鹿角。

 秋田県鹿角(かづの)市は、秋田最北部の町で、僕は個人的にエネルギーの街と呼んでいる。それについては『のんびり 11号』のpdfを読んでもらえたらとても嬉しいから、ここでは割愛。

 とにかく多様な温泉から地熱発電太陽信仰鹿角ホルモンまで、とにかく鹿角はエネルギーに満ち溢れている。そんな鹿角の街に僕がリスペクトしている一人の女性編集者がいる。坂本寿美子ちゃん。しかし彼女はいわゆる農業従事者だ。「半農半X」の塩見直紀さん的に言えば「半農半編集者」として地域を耕し続けている。

 彼女と出会ったのは2013年、鹿角市大湯にあるストーンサークル館で講演をしたことがきっかけ。一聴講者だった彼女はその講演を聴いてくれて以降、女手一つで子供を育てながらも、何かしらヒントを得ようと県北の鹿角から、県央の秋田市だろうと、県南のにかほ市だろうとかけてつけてくれた。(にかほ市の『いちじくいち』に来てくれた時は、車にクマがぶつかるという事故を乗り越えて来てくれたのにはビビった)

 誰よりもアクティブに動き回る彼女は、いったいいつ寝てるの? と心配になるほどだけれど、僕がどこか安心して彼女を見ていたのは、会うたびに彼女が変化しているからだ。ただただ何かを得よう、享受しようと闇雲に講演やワークショップに参加する人が多いけれど、彼女はそこで得た体験や言葉を、必ず自分ごとに昇華させていた。そのことがとてもわかりやすく伝わると思うので、ここでちょっと、自著『魔法をかける編集』によせてくれた彼女のコメントを公開させてもらう。

「お米」に編集という魔法をかけたら、1ヶ月半で売り切れた。2年前に米農家を継ぎ、自分の作り方でお米を作った。私にとってのローカルメディアは「お米」。これからもどんどん魔法をかけていく!
坂本寿美子(百姓/ゆきのこまち生産者/秋田県鹿角市)

 ちなみに出会った頃の彼女の肩書きは、タイ古式マッサージのセラピストだった。

 そんな彼女が今回企画したイベントのテーマは『農業と編集』。お客さんにとっては「?」なタイトルだ。いまや日本の酒造業界を牽引するほどに革新的な酒造りをすすめる『新政』の製造部長で、いまはその米作りを任されている古関弘(こせきひろむ)さんと対談してほしいというものだった。

 最近、スケジュールがギッチギチで、とにかく休みが欲しかった僕は、申し訳ないけれど正直あまり乗り気じゃなかった。なにより、どう考えても古関さんお一人の話の方が、聴く方はわかりやすいし、古関さんの話をまっすぐ持ち帰りやすいから、僕は必要ないと思った。僕のマネージャーのはっちもまったく同じ意見だったから、シンプルに古関さんの講演になるようにうまくお断りしようと伝えていたのだけど、寿美子ちゃんは「どうしても出てほしい」と言っていると。しかし僕もただ嫌でお断りしているわけではないから、イベントの構成として絶対に難解になるし、古関さんのやってることは本当に素晴らしいから、それがきちんと浮き彫りになるようにした方がいいと、はっちを介して何度もそう伝えた。それに僕を呼べば交通費だって余計にかかるし、僕も自分の仕事を安売りしたくないから、ある意味断らざるを得ないように、それなりのギャラを提示した。

 しかし、それでも出てくれと言われた。
 もう僕の完敗だ。出るしかない。

 そうやって迎えたイベント当日。誰よりとまどっていたのは、やっぱり古関さんだった。酒造りや農のことならば、話しやすいけれど、タイトルは「農と編集」だから、どうやってパワポ(PowerPoint)を作ればいいか一週間悩みまくったし、いまもなお不安だと。なんだか僕は申し訳ない気持ちになったけれど、このイベントは僕が企画したわけじゃないから、なんとも言えず、僕はただこの明らかな荒波に乗るしかなかった

 僕は古関さんとはまた違ったタイプで、そもそもパワポとかキーノート(Keynote)を予めつくるのがとても苦手だ。これは、パワポやキーノートが苦手なんじゃなくて、「予めつくる」のが苦手なのだ。とくにこの荒波だから、妙に何かを作ってこようものなら、冒頭でその船が大破しかねない。そうなったら余計に以降やりづらくなるので、陸サーファーよろしく、でっかめのサーフボードを心に一つだけ抱えて、本番にのぞんだ。

 イベント時間はトータルで2時間。当初の寿美子ちゃんの予定では古関さん45分、僕が45分、質疑応答30分という構成を予定していたのだけど、僕はあらためて今回のイベントは、古関さんの話を軸にした方が報われると直感した。なのでイベント直前に「とにかく古関さんには時間気にせず喋ってもらおう。その残りで僕が軽く自己紹介を消化して、そのまま対談にうつりましょう。その後に質疑応答を」とあらたな構成を共有。イベントはスタートした。

 古関さんの話は示唆に富んでいて面白く、時間はあっという間に45分を過ぎた。けれどそれは直前に共有したから問題なし。しかしそのまま一時間を超えたところでこれはちょっと、さすがにやばいぞ……と思いはじめた。僕はそれなりに謝礼もいただくことになっている。このまま喋らずに帰ったらなんだか心苦しすぎるじゃないか。僕も会場のみなさんに何かを残さなきゃいけない。どうする? どうする?! 脳みそをフル回転させる。どうしよ? どうしよ?! でも実はちょっと心地よかった。ドMだ。僕はもうこれしかない!と思い、苦手なキーノートを立ち上げた。いや違う、キーノートが苦手なんじゃなかった。予めつくるのが苦手なキーノートを立ち上げた。そこで、お客さんの顔を見ていて、古関さんの話がうまく伝わっていないかもしれないと思ったところや、とても大事な話だからさらに腹に落としてほしい部分、あと、酒づくりや農に関わっていない人も多いはずだから、そんな人たちでも活用できる考え方を抽出して、リアルタイムで編集。そこに僕の活動紹介をいくつか入れ込んで、約20分で何かを残せることを目安に壇上で資料をつくりあげた。

 ステージで古関さんの話を聴き、パワポのスライドを見つめながら、僕一人、平気な顔をして実はめちゃスリリングな作業をしていた。

 古関さんが一週間かけて悩みに悩みながら作られた資料もすべて公開。悔いなく喋り終えてもらったときにはもうすでに、一時間半近くが経っていた。そしてそれは間違いなく正解だった。古関さんの話は本当に素晴らしかった。

 バトンを受けた僕はライブ編集したキーノートをもとに古関さんの話をみなさんにしっかり持ち帰ってもらえるように、めずらしく資料をもとに話した。そしてなんとか30分かからずに話をおえることができた。ぶっちゃけ、どっと疲れた。

 ああ、打ち上げではもう吹っ切れるように飲んださ。古関さん醸造の新政の酒『亜麻猫』や、地元鹿角のお酒を何本も開け、二次会では名物ママがいらっしゃる『寿賀』へ。そこでも飲みまくり、歌いまくり。さらに三次会へとなだれ込んだ。そして翌日一日丸ごと消えた。冒頭にループだ。

 そしていま思うことは、坂本寿美子はとんでもないやつだってこと。彼女は腹をくくって僕を呼び、自分の直感のままにこのイベントを進めた。「農と編集」このよくわからないテーマは、まさに彼女自身の切実なメッセージだったのだ。

 田んぼをやって、商品づくりをして、イベントもやる。あの細い体で誰よりもパワフルにそれを体現しているのが彼女で、古関さんも僕も、結果的に自分のポテンシャルを最大限引き出された。僕にいたっては、ライブエディティングなんて十年前にフェリシモの神戸学校でチャレンジして以来だ。

 あらためて鹿角はエネルギーの街。僕はそのエネルギーを受けて確実にパワーアップした。鹿角で。

 寿美子ちゃん、ありがとう。


ここからは定期購読のみなさん向けに、打上げで行ったお店の美味いもの情報や、写真をアップしますー。

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藤本智士(Re:S)

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Re:S note(りすノート)

2006年に創刊した雑誌「Re:S(りす)」編集長の藤本智士が、いまあらためてお届けする、あたらしい“ふつう”のnote「Re:S」。 日々のこと。旅のこと。地方のこと。編集のこと。 記事アップは月4回以上かなぁ。
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