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のんびり写真展『あこがれの秋田』をやる理由。

 ようやく情報解禁になった、のんびり写真展『あこがれの秋田』。

 実はこの展覧会の企画書を書いたのは3年前。秋田県のオフィシャルな発行物として4年間にわたり制作を続けてきた『のんびり』を終刊させた2016年だった。

 「よそ者が秋田県民の血税をつかって同じことを何年もやり続けていたら、何言われるかわからない」そんな気持ちもあって、一年でやめます宣言をしてスタートした『のんびり』。しかし、思いのほか多くの皆様の声援を受けて、結果的に4年も続けてしまって、なんだかなあと思っていた『のんびり』のラスト一年は、正直、終活の気持ちだった。どうやって最高なゴールを切るか? それを考えながらメンバー全員全力で走りきった。

 『のんびり』は予算的なこと以上に、体力的というかなんというか、続けるにはかなり無理のある媒体で、僕はまるで長年、共に活動してきたバンドを解散するって、こんな感じなのかなあと思いながら、最後の特集取材をラストライブみたいな気持ちでやったのを覚えてる。恥ずい。

 そもそも『のんびり』を続けるのがなんで無理なのか? というと、これはまずもって僕の個人的な性質によるところが大きくて、それはかっこよく言うと責任感みたいなものかもしれないのだけど……少し具体的に書くと、自分が興味を持って特集として取り上げたものを、出してハイ終わりじゃなく、その後も、もっと追いかけたくなるというか、面倒みたくなるのだ。

 もちろん最終的に「あとは任せた!」にするんだけど、そこまで持っていくための期間が異様に長い。中途半端な状態で、どう?いいでしょ? じゃなくて、ある程度みんなにわかるように整理して、きちんと箱につめて熨斗をかけて、ときには風呂敷でくるんで渡したくなる性質が僕にはあって、つまりは編集者向きじゃないのだ。

 そもそも普通の編集者は『のんびり』みたいなものつくんないと思うけど。

 編集者は、ちょっとした世間の風潮の起伏をつくったり、風向きを変えてみたりすることだけで、とても大きな意義があるのに、僕の場合はそういうローカロリーに大量生産する器用さが欠如している。ましてや東京のメディアの尊敬すべき編集さんのようなハイカロリーな大量生産なんてもってのほか。そんなの僕なら死んじゃう。

 ゆえに、年に4号×4年間=16個の特集コンテンツ一つ一つが僕の気持ちに積み重なって、僕はそのミルフィーユを上からフォークでザクッといただきたいのに、気づけば僕のミルフィーユは高層ビルのようになってて、もはやフォークどころかフォークリフトでなきゃ無理で、それが僕の大きなストレスになってた。だから『のんびり』を早くやめたかった。

 そう考えると、一つの特集を刊行して、そのコンテンツに対して2年くらいは街場でリアルに頑張ってみたりして、そしたら次の特集を出す、とか『のんびり』の発行はせめて2,3年おきくらいがいいのかもなあなんて、思う。まさに『のんびり』だな。だけど、そういうメディアがあってもよい。

 話がずれた。

 そんなことで『のんびり』を終えた2016年に書いた企画書が、のんびり写真展『あこがれの秋田』だった。『のんびり』をひたすら出していくことを終えて、僕は自分自身で『のんびり』をもっと咀嚼したかったのだ。『のんびり』を終えたいというのは上述のとおりだから、嫌だとか、しんどいとか、そんな気持ちではない。いま僕が思いつく一番適切な言葉で言うと「続けるほど、もったいなかった」のだ。

 そんなもったいないものの一つが写真だった。浅田政志をはじめ、さまざまなカメラマンたちが必死で切り取ってくれた秋田の写真の多くを、僕は純粋な写真表現として見てもらいたい気持ちがあった。

 冒頭でバンドに例えたように、のんびりは最高のチームプレイの賜物だ。つまり全員が『のんびり』という誌面にむかって全力を尽くした。だからあくまでも『のんびり』としての最高のカタチはデザイナーの堀口努さんが仕上げてくれた『のんびり』であることは間違いないのだけれど、それでものんびりチームのカメラマンたちが撮る写真は間違いなくチカラがある。それを本展では観てほしいと思う。

 ここで、実行委員会としてのオフィシャルなメッセージを以下に公開してみようと思う。本展の趣旨としては、これ読んでもらうのが一番わかりやすいはず。

 2012年~2016年の4年間、秋田県が発行したフリーマガジン『のんびり』は、終刊となったいまもなお県民だけでなく、全国にそのファンがいるほど、さまざまな分野で影響を与え続けています。現在も秋田県のWEBマガジン「なんも大学」の編集長を務める、のんびり編集長の藤本智士をプロデューサーに、いまあらためて『のんびり』が取り上げた数々の秋田を、著名な写真家たちの作品をとおして伝えたいと思います。

 『のんびり』発刊当時、編集長の藤本は、第一線で活躍する数多くのクリエイター、アーテイストの方々に来秋のオファーをしましたが、写真家、料理家、イラストレーターなど、それぞれに一流の作家さんたちが声を揃えて「嬉しい!」「行きたい!」「行きたかった!」と、二つ返事でそのオファーを引き受けてくれました。しかし、自身もよそ者である藤本にとって、その反応はある意味想像通りのものだっと言います。今日明日のことに奔走するのではなく、しっかりと未来を見つめ、ものづくりをする様々なジャンルのプロフェッショナルたちにとって、もはや秋田という土地は、あこがれの地なのだと。

 我々が、自分のまちの魅力に気づくことはとても難しいことです。

 しかし、自分たちのそばに当たり前にあるものの価値に気づけば気づくほど、日々の暮しは豊かになるはずです。人口が減ろうが、経済が落ちようが、実感としての豊かさを上げていくことは可能です。数字で表すことができないこの幸福感をどれだけ生み出していけるか? が、これからの秋田を、これからの日本を生きていくための要です。編集長の藤本が『のんびり』という雑誌に込めたメッセージは『のんびり=NONビリ』。経済という物差しのもとでは、何かとワーストワンの称号を与えられがちなこの町も、数値では表せられない「豊かさ」で計るなら、もはやビリなどではない、という意味がこめられています。一流のよそ者であり、一流の馬鹿者であり、一流の若者である、写真家たちが観た秋田の光。そこに秋田の未来があることを県民のみなさんそれぞれが実感してもらえると信じています。

 そして県外のみなさんにも、どうかこのよきタイミングで「あこがれの秋田」に来てもらいたいと願っています。

『あこがれの秋田』実行委員会

 

 実はいまだに展覧会の構成が決まりきっていない。あ〜やばい。今回、展覧会にあわせて、のんびりの新作取材を決行し、展覧会に合わせて、書籍版『のんびり』として販売することになっていて、数日前にようやく脱稿したばかり。いやほんとのんびりしてらんない。

 ちなみに新作取材の特集テーマは秋田県民にとって、あまりにふつう過ぎるあの代物。ちょっとここで序文を公開。

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藤本智士(Re:S)

編集者。1974年兵庫県在住。『Re:S』『のんびり』編集長。著書に『風と土の秋田』『ほんとうのニッポンに出会う旅』共にリトルモア、『魔法をかける編集』インプレス。『ニッポンの嵐』『るろうにほん 熊本へ』など手掛けた書籍多数。

Re:S note(りすノート)

2006年に創刊した雑誌「Re:S(りす)」編集長の藤本智士が、いまあらためてお届けする、あたらしい“ふつう”のnote「Re:S」。 日々のこと。旅のこと。地方のこと。編集のこと。 記事アップは月4回以上かなぁ。
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