「関係人口」の次。

 『魔法をかける編集』道東ツアーとしてむかった、北海道の釧路、帯広、津別、そして日本最東端の根室。これらの旅を終えて思ったことを書きたいと思うのだけど、そのためにはまず、北海道の東、道東とのご縁から説明しなきゃだ。

 それは2017年後半に全国55箇所をまわった『魔法をかける編集』出版記念ツアーでのこと。

 当時25歳ながらゲストハウスを2軒も経営する柴田涼平くんという男の子が企画してくれた札幌での出版記念イベント。そこに来てくれた人たちのなかに、道東のやつらがいた。

 先日の津別&根室イベントのコーディネートのほか、道東地域を意識するきっかけとなった『道東誘致大作戦』の仕掛け人、中西拓郎と初めて会ったのもその夜だ。当時「北見からきました」と僕に挨拶をしてくれた彼に、僕は「ああ、そうなんや、ありがとう」と言ったけど、間違いなくあの「ありがとう」は軽すぎた。北海道の地理と距離感を把握していなかった僕は、まさか4時間半も車を走らせて札幌までやってきてくれたとは思わない。ちなみに僕の地元神戸からそれだけ運転したら、遠く四国は高知県まで行っても1時間のお釣りがくる。

 同じくイベントにかけつけてくれた、釧路の編集チームクスろ名塚ちひろにいたっては、まず札幌まで来るのに4時間かかってるのに、その翌日、函館イベントな僕を、さらに4時間南下して案内してくれた。その優しさに対して愛を込めて言うけど、狂ってる。

 その夜、無事函館でのイベントを終えた僕は、みんな大好き“ラッピ”ことラッキーピエロで打ち上げした翌朝、新幹線で青森へと抜けた。だけどちひろはそこから8時間以上かけて釧路に帰っているのだ。そう思ったら、つらつらとお礼とトンチを並べたクソ長い絵巻物でもダッシュボードに忍ばせておけばよかったと思うけれど、拓郎のそれとおなじく、その距離感に気づいたのはつい最近だ。

 その一年後、『魔法をかける編集』道東ツアーとして訪れた、釧路&帯広では道北の遠別町からやってきた“はらちゃん”や、富良野からきてくれた“せいしゅうくん”など、あらたなキャラクターも加わって、道内ローカルな札幌「じゃないほう芸人」たちの狂い咲き方が勢いを増している。さらに先日の津別&根室にも、じゃない方芸人たちが何人かやってきた。

 来なくていいのに。

 正直、どうしてみんなそこまでするのだろう? と思っていたけれど、そうか北海道こそ日本の縮図か、と気づいた。すなわち、札幌=東京。東京以外の地方の人たち同士が、いまどんどんと繋がっているのと同じことだ。だって先述のとおり「北見ー札幌」の距離感は「神戸ー高知」みたいなもんだし、「釧路ー函館」の距離感にいたっては「神戸ー博多」に車走らせてもなお、お釣りがくる。

 北海道でけえ。

 そんななかで彼らがやっていることはハッキリと共生だ。つまり、彼らの行動が意味するところを裏返すと、いかに「地元の理解者が少ないか」ということ。そんななかで価値観を共有できる人たちがつながった瞬間、それは都会のレセプションだか飲み会だかでつながるのとは桁違いな高揚がうまれるのは必然。これはもはやローカルの強みだとすら思う。だからこそ彼らは、なにがなんでも仲間に会いにいく。仲間が企画したイベントに自分の身を置くことのかけがえのなさを、彼らは誰よりも知っているのだ。冬ごもりの日々のなか思考を巡らせる人たちはそういう意味でとても強い。

 ふと、これは僕が関西から秋田に通いはじめた頃に感じたことに近いときづいた。

 秋田について深く知りたいと思っていた6年前、友達の田村一という陶芸家が、栃木県の益子から地元秋田に戻って作陶をはじめたというのでインタビューをした。「秋田の良さ」について聞かれた彼はこう言った。

「秋田って雪めっちゃ降るじゃないですか。寄せても寄せても降ってくる。でも……仕方ないか、って思うところです

 この答えに僕は衝撃を受けた。
 むやみに抗わない。それを良さと言い切る彼に心底感動した。これこそ共生だ。

 淡々とした日々のなか個々が描いた妄想を語り合い、そこから誰かがアクションを起こし、それをみんなで助けあい、それぞれの役割を見出していく。その都度、神輿にのせるやつをチョイスしながら、絶妙な塩梅で思考の渦を深めていく。このスパイラルが何より素晴らしいのは、そこに「損得がない」ことだ。損得を超えたものは強い。

 つくづく彼らは僕のような人間をもナチュラルにうまく使ってくれるなあと思う。日本全国からお声掛けいただくことも多い僕だけれど、謝礼やら交通費やらといった事務的なこと以上に、僕が気になるのは、どういう役割でそこに行けばよいのか? ということだ。そういう意味で道東における僕の役割は明確だ。僕が来ることを餌に、道内各地に散らばる仲間たちが集まれたらそれでいい。決して綺麗事じゃなく、それはそれで僕もどこか満たされるのだ。

 ちょっと口滑らしたばっかりに立て続けに道東でイベントをやることになった僕のように(その顛末は前回のnoteのエントリーを)、ちょっとしたご縁を次々と祭りに仕立て上げていく、札幌じゃない方芸人たちの強引な手腕に巻き込まれまくっている、オールユアーズ代表の木村くんは彼らにこう言ったそうだ。

「お前たちのは“関係人口”じゃない。“強制関係人口”だ」と。

 人口減少時代、もはや移住定住を目標としない「関係人口」の増加が言われて久しいが、道東はさらにその先を行ってる。

 しかし少なくとも僕や木村くんは、“強制関係人口”の渦に好き好んで巻き込まれている。それは、4時間のデスロードだろうが、8時間の狂い咲きサンダーロードだろうが、構わず淡々と走ってくる彼らの切実な行動のうえにあるのだ。人間はやってくれたことに応えたい生き物だ。彼らが、やって、やって、やって、過剰に積み上げたテトリスの壁を消す長い棒のように、僕は道東にやってきては、何かを消化して帰ってく。その関係性がもはや道東における僕の気持ち良さなんだと思う。だからきっと、

 彼らの“強制関係人口”はいずれ、“共生関係人口”として全国の地方へと伝播していく。

 そう信じて僕はまた年明け2月の道東入りを決めた。

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