日田すら日田あんない

不思議な縁

 今月の頭、観光協会のみなさんにお呼びいただいて丸二日間、大分県の日田市を巡らせてもらった。日田にちょっとしたご縁がある僕は、昨年末に講演依頼をいただいて即決、今回の日田入りとなった。

 実は日田市に初めて訪れたのは21年前の新婚旅行。新婚旅行に日田って、我ながら渋すぎるけど、当時はとにかくお金がなくて、連日ユースホステルに泊まりながら(いまどきのゲストハウスとはまったく違う)、関西から九州まで車を走らせ旅をした。途中、広島・福岡・熊本など観光した後、最終日だけ豪勢に一泊4万以上する湯布院の『玉の湯』に泊まったんだけれど、その直前に、かねてより行きたかった日田市山間にある小鹿田焼の窯元に訪れ、新婚旅行のお土産に、まるで買い付け業者のようにたくさん器を買って帰ったのを思い出す。

 次にやってきたのは、2007年の夏頃、雑誌Re:S vol,04特集『地方がいい』の取材のときだ。結果的に新婚旅行を辿るようになった取材旅の途中、再び小鹿田焼の里に向かっていたら『おかあさんのパン』という名前のパン屋さんを偶然見つけた。そこで店主の神川さんという女性に出会い、お金のない僕ら取材チームに、まかないのうどんをたらふく食べさせてくれたことが特集記事の柱になった。あのうどんの美味しさは一生忘れない。

 そんなご縁から、以降も何度か訪れている日田は、僕にとって少し特別な町なのだ。

 福岡空港から日田へはバスが都合いい。約1時間半バスを揺りかごに熟睡したら、終点の一つ手前、日田バスセンターに到着。そこに黒木さんという観光協会の職員さんが待っていてくれた。早速、名刺交換をしてご挨拶。そこで黒木さんは二種類の名刺をくれた。一つはもちろん日田市観光協会の名刺。そしてもう一つは『ヤブクグリ』と書かれていて驚いた。

 『ヤブクグリ』とは、画家で文筆家の牧野伊三夫さんが中心となってつくる、めちゃめちゃ素敵な冊子の名前であり、且つ、杉の産地として有名な日田市を盛り上げようと様々に活動を続ける、とても魅力的なチームの名前でもある。もちろん冊子の『ヤブクグリ』は持っているし、みなさんが開発した『きこりめし』という名のお弁当を食べる! というのが、今回の旅の、僕の密かな目的でもあったので、まさかメールでやりとりをしていた黒木さんがそのメンバーだったと知ってとても嬉しかった。と同時に、僕の心の中にあった「観光協会」という組織特有の旧態依然とした空気に対する不安の雲が一気に晴れていく気がした。

 ちなみに『ヤブクグリ』のことを知ったのは、先述の牧野伊三夫さんと、『クロワッサン』という雑誌で対談させてもらったからだ。ローカルで編集活動を続ける大先輩でもある、牧野さんのお仕事の一つとして紹介いただいたのがきっかけだった。

 なんだか幸先のよい出会いに、この時点で僕は黒木さんに全幅の信頼を置いた。

日田焼きそば

 ちょうどお昼時だったこともあって、黒木さんはまず日田焼きそばが食べられるお店に連れて行ってくれた。日田焼きそばとは、鉄板でしっかりと焼いたパリパリ麺が特徴のソース焼きそば。もやしが大量に入っていて、それがまた好みだ。その元祖と言われている『想夫恋(そうふれん)』は全国展開しているのでご存知の方も多いかも知れない。日田市内に10店舗ほどある日田焼きそばのお店のなかで、黒木さんが連れて行ってくれたのは『みくま飯店』。こちらでは豚骨スープが付いてくるのだけれど、ラーメン屋さんのサイドメニュー的な位置付けの店が多いから、このスープも含めて日田焼きそばのスタンダードなのだそう。

 とまあ、これでなんとなく察してもらえると思うが、今回はこんな感じで僕がまわった日田のおすすめスポットをひたすら書いていこうと思う。つまりは僕なりの日田案内だ。

日田シネマテーク・リベルテ

 日田焼きそばで満腹になった僕たちが、次に向かったのは、僕が今回の旅で必ず行きたいと思っていた映画館『リベルテ』。

 もはや日本中でも数少ないフィルム上映館のリベルテの噂は、近しい人たちによく聞いていたのと、以前僕がつくっていた『のんびり』というフリーペーパーの配布先でもあったので、そのお礼も含めていきたいと思っていたのだ。

 リベルテ代表で映写技師でもある原さんがここを引き継いで10年ということで、ギャラリースペースではちょうど牧野伊三夫さんの展覧会が開かれていた。と思えば、大阪時代によく絵を見せてもらっていた、絵本作家の谷口智則くんや、ミロマチコさんの作品が並んでいたり、また、書棚には先輩編集者の岡本仁さんの著書がたくさんあったりと、この店を訪れた人たちの残り香を感じながらさらに店内を見てまわっていると、まさか、最近編集させてもらったばかりの小倉ヒラクの新著『日本発酵紀行』が置いてあって、そう言えばヒラクが本書のための取材で原さんにお世話になってたことを思い出した。

 とにかく原さんは今日初めて会ったとは思えなかった。尊敬する文化人類学者の石倉敏明さんが共通の知人だとわかったことから、いよいよ日田の神話の話になったときは、盛り上がりすぎて、もう今日はここで1日が終わるんじゃないかと思ったほどだ。ちょっと覗くだけのつもりが、コーヒーまでいただいて随分と長居してしまった。

 「せっかくだから予告編だけでも観ていきません?」と言ってくれてスクリーンの前に座らせてもらった。

 上映を知らせるブザーの代わりに、キーンコーンカーンコーン♪と懐かしいチャイムの音が鳴る。「映画は大人にとっての勉強だからチャイムを流しています」と、原さん。

 ちなみにこの日上映中だった作品は偶然にも、僕がもっとも好きな映画の一つ『ネバーエンディングストーリー』だった。結果僕はこの旅のなかであらためて、リベルテにやってくることになる。日田の町の小さな映画館であの頃のように『ネバーエンディングストーリー』を観る時間はとても豊かだった。子供の頃にはわからなかった物語の意味が次々に立ち上がり、泣きそうなくらい感動した。あらためていい作品だ。

小鹿田焼の里

 次に黒木さんに連れて行ってもらったのは、日田市皿山。国指定重要無形文化財の小鹿田焼(おんたやき)の里だ。ここにやってくるのはもう何度目だろう。日本中に様々な窯元があるけれど、僕は小鹿田焼の里の特別な空気が大好きだ。小さな集落なのだけれど、みなさんほどよくオープンでとても優しい。決して人懐っこいわけではないのだけれど、それでもみなさん閉じてはいない。この独特な感じの秘密はなんなんだろう?といつも考える。

 一子相伝であること。意外と地元の土が使われていないことが多いなか、土地の土が使われていること。地形を生かした唐臼の風景など、いろんな理由が思いつくけれど、僕が感じる独特の空気を作っているのは、また違うところに理由があるような気がした。

 黒木さんに窯元を案内してもらいながら、今回一つ気づいたことがある。それは9つある窯元それぞれに個性のある器をつくっているけれど、焼物の裏に作家名はもちろん、窯元名すら入っていないのだ。

 これは長年守られている小鹿田焼のルールだという。しかし、若くて志ある作り手にとっては、つらいんじゃないかと思う。けれど一方で、だからこそ僕たちよそ者が安易に入り込めない聖域のようなものが作られていることも確か。そこからくる安心感が、かえって僕たちのような観光客をおおらかに受け入れる余裕のようなものを生み、オープンな空気を作りだしているのかもしれない。

 当然のように藤本家の小鹿田焼がまた一つ増えた。ここまできて器を買わないなんてありえない。

おかあさんのパン

 せっかく小鹿田焼の里まで来たのだから、立ち寄らないわけにはいかない『おかあさんのパン』。先述のとおり『Re:S』の特集で偶然出会ったお店。

 残念ながら店主の神川さんはいらっしゃらなかったのだけど、今年ここへ引っ越してきたという息子さんご夫婦の、奥さんが対応してくださり、しかもここへ来る前は、僕の生まれ故郷の兵庫県西脇市にいらっしゃったというから、やけに盛り上がってしまった。ご縁というのはつながっていくものだとつくづく思う。

 相変わらずパンは美味しく、無料のコーヒーサービスも変わらずで、当時の旅のいろいろを思い出す。「ここで幸福になってやると決めた」昔、そう話してくれた神川さんだったけれど、今回不在な理由もちょうど旅行中とのことで、なんだか本当に幸福そうで何よりだと思った。

 念の為名刺を置いて帰ったら、神戸に戻るなりさっそく神川さんから「会いたかった!」と電話があった。それで僕はきっとまたすぐ行きますよ。と答えた。こういう予感は当たる。

お嫁さんがせっかくだからと奥の倉庫を改装したイートインスペースを開けてくれた。

借景の素朴さがヤバい。

豆田町の土鈴屋さん

 続いてやってきたのは豆田町。江戸時代幕府直轄の城下町として栄えた「天領」らしい、国の重要伝統的建造物群保存地区。その入り口にあるのが「薫長酒造株式会社」。立派な建物に入ると、自慢のお酒たちが綺麗にディスプレイして販売されていた。

 観光地あるあるだが、17時近かったため、ほとんどのお店が早々にお店を閉めていて、正直、豆田町はあんまり楽しめなかった。いまにも誰かが「小京都」とか言い出しそうな感じにヒヤヒヤするような町で、先回りして言うなら飛騨高山のちっちゃいやつ。日田らしさ、豆田らしさ、ってなんなんだろう? と考えさせられた。またあらためてしっかり歩いてみなきゃなと思う。

 とにかく多くのお店が営業時間を終えていたので、豆田町のポテンシャルをほとんど感じられなかったけれど、そんななかで、いいもの見つけた! と思ったのは、閉店準備中に無理を言って入店させてもらった『東光堂』という土鈴屋さん。そこで一目惚れしたのがこれ。

 先代のお父さんが作っていたというこの土鈴、値札には「山姥(やまんば)」と書かれていた。よくある十二支や、観光客向けの猫や蛙のファンシー土鈴には魅力を感じなかったけれど、この子にはどこか土着的な何かを感じてしまって、連れて帰ることにした。売り場の一番下の段の一番右端にひっそりあるこの子、僕はオススメ。

 実はこの日、ちょうど熊本や鹿児島で大雨が降り、そもそも川の氾濫被害の多い、日田も厳戒ムードが漂っていた。宿泊先の「かやうさぎ」という旅館はとても風情あるいいところだったけれど、川に近いこともあったので、泊まらせてもらった離れの玄関に、この子を吊るして眠ることにした。

 すると見事に雨が通り越し、晴天とは言わずとも、自分たちが雨にあたることはなかった。(相変わらず、熊本や鹿児島には警報が出ていたのに)

旅籠かやうさぎ いいお宿だったな。

 そうそう。こちらの宿で眠る前、黒木さんがオススメの焼き鳥屋さんに連れて行ってくれた。

日田の山うに

 なんてことない焼き鳥屋さんながら、日田スタンダードな「鳥刺し」も食べられるし、なにより普通に焼きが巧い。鶏の扱いの上手さがそのまま美味さとなっていて、何気にこのお店に連れてきてくれる黒木さんはほんと信頼できるなあと改めて思った。

ささみ明太の絶妙な焼き加減も最高だった!

 実は黒木さんが到着するなり、まずは食べてみてくださいと勧めてくれたのが「山うに」と呼ばれるもの。「山うに」と言われて僕が思い出したのは、福井県鯖江市で古くから食べられてきた伝統的な食品で、大分と言えばな、柚子胡椒に似た薬味だ。だから僕はてっきり、ささみに「山うに」と呼ばれるまるで柚子胡椒な薬味が乗せられたものがやってくると思っていた。しかし出てきたものはこれだった。

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藤本智士(Re:S)

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藤本智士(Re:S)

編集者。1974年兵庫県在住。『Re:S』『のんびり』編集長。著書に『風と土の秋田』『ほんとうのニッポンに出会う旅』共にリトルモア、『魔法をかける編集』インプレス。『ニッポンの嵐』『るろうにほん 熊本へ』など手掛けた書籍多数。

Re:S note(りすノート)

2006年に創刊した雑誌「Re:S(りす)」編集長の藤本智士が、いまあらためてお届けする、あたらしい“ふつう”のnote「Re:S」。 日々のこと。旅のこと。地方のこと。編集のこと。 記事アップは月4回以上かなぁ。
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