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会社に貢献する必要はない

上司から査定されて給与が決まる流れの中で、我々の仕事ぶりをフィードバックなんてものを最近はしてくれる。あくまでも外面の働き方や態度しか見てくれないので、内面の心がけまでは見てはくれない。外面に滲み出ていれば別だがそれは無理な話。
それでもトップダウン企業だと思っていたところからしたら感心な動きだが、査定の評価の1要素に会社への貢献度というものがあると上司がおっしゃっていた。

会社に貢献する必要はあるのか?と脳裏に浮かんだが、当の上司に投げかけるほどの強心臓は持ち合わせていないので考えてみることにした。

愛社精神がどうの、という話ではない。貢献度とは言っても無形のもの、どうやって測るのかわからない。営業マンのように自ら稼いでくるなら単純明快だが、鉄道員のような無形サービスを扱う人間はどう貢献度を測るのか?

それは個々のスキルや仕事ぶりといった人となりではないだろうか。

私は基本に立ち返って、労働の対価たる給与はどこから出ているのかに遡って考えることにした。

純粋に対価の源泉に貢献すれば良いのだから。

そもそも給与は会社からもらっているわけではない。
と私は思っている。

私のような鉄道員なら、お客様を出発地から目的地まで運ぶ運賃から給与が出ている。会社はそれを仲介しているに過ぎない存在だと思っている。お客様からお金をいただき、会社が社員にその会社の身分に応じた配分をしているイメージ。

だから、お客様に貢献する筋合いはあっても、会社に貢献する義理はない、と個人的に結論付けた。

営業マンにしても、サービスを顧客に提供し、利用した対価から給与が出ている。本筋はどこから来ているのかがキモだ。そのサービスの大元は営業マンの所属会社だろうが、そのサービスを複数から比較して選択したのは顧客であって、働きかけをしたのは営業マンだ。会社はサービスを提供しているだけであって、対価を発生させたのは営業マンあってのことだ。

だから、お客様に貢献できればそれでいいのだ。

日々の労働で会社から労われるだとか、福利厚生がキッチリしていて社員をリフレッシュさせていたり、会社が我々社員に対して貢献してくれているのなら話は別だが、そんな会社は数えるくらい。ご多聞に漏れずとも弊社の福利厚生は皆無に等しい。ノルマもなければ当然、マージンっぽいマージンもないのだから、そういった点で考えても会社に貢献する必要はないわけだ。

そう考えた。フィードバックでは上司に会社に貢献できるような表向き前向きな話をしてその場を終えたが、これからは会社に貢献しないことにした。給与をくださるお客様に貢献はしていきたい。

この考えに触れられたのはこの本だ。

東京佐川急便事件後の10年で莫大な有利子負債の大半を自らで処理した記録と意識革命といったことが綴られている。佐川急便創業者の子供であり、現持株会社会長の栗和田さんの英雄譚のようにもなっているが、佐川急便の歴史も知ることができたので興味があれば是非。

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