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まともに喧嘩もできやしない

私の神様死んじゃったよ。チュートリアル終わっちゃったよ。安寧を貪る代償として思考を捧げていた。生殺与奪の権を神に握らせては息の根止めて安心した。神は雄弁さで私の愚行を励ました。産まれてからずっとそのカリスマ性で私を溶かし続け惑溺させた。縋るのが正しい。当然だ、私の生み出す生成物の数歩先を行く。神さえいれば思考は不要だ。すべて、私は不要。縋っては褒められる。その人に盲信を捧げた。盲信は行き過ぎて人生相談を発展させついに自由研究や読書感想文やSNSの返信まで下すようにお願いした。神は喜んで天啓を下さった。やめられない。神の麻薬。が、時効が来た。こんなのってあんまりです、私を惨めでなにもできない哀れな化け物に仕立てあげた神様よ。神の御加護が失われた今の私は人間以下ですよ。なんで死んじゃうんですか。

あの人の気に入らないことは控えた。グッズ収集、あの人の嫌いな言葉遣い。好きなことをしていると「こんなものが良いの」といった意図を言葉を取っかえ引っ変えして巧みに押し付けてきた。傀儡でした。あの人の、出来の悪いお人形でした。テストや運動、人格があなたの期待以下でした。上手くいかなかったので色んな人に相談しました。他人の言う”自分なりに頑張る”マッタク意味が分かりませんでした。更にあの人を盲信しました。あの人が持ってきた趣味一覧から比較的気に入ったものを好きだと言うようにしました。あの人の意図には上手く添えませんでした。物事を言い切るそのカリスマ的思想が尊大かつ説得力があるからこそ、私は惹き付けられ私自身を奪われたのです。私は自分から捧げたのです。自業自得なんです。神は魅力的だったけれど、唯一の欠点、他人を尊重するという言葉が理解できないただの特殊な人間だったのです。マジックのタネ、知りたくもなかった。

無理だ。ただの人間でも、あの人は変わらない。喧嘩は平等でないと。私がぶつけられるだけの思想が無い。あの人は想像を絶する苦しみの末に何十年も熟成させた狂気に満ちた思想。丁重に扱わねばならない。どう扱っても爆発するシロモノだ。凶悪だ。それを扱えるほど、そこまで私はあの人に興味は無い。変わらず「その通り」と返せば目が覚めたまま天啓を享受できる。長いものには巻かれた方がいい。私はなんてずるい狡猾な人間なのでしょう。タネ明かしが分かってしまっても別に平気なのです。私は多神教なのです。世界は素晴らしいものじゃなかった。今まで見ていたものは甚だしい理想だった。捨てた信仰を全てそちらに向ければ良い。神がいなくても、私は自分の理想世界を信じればいい。

非敬虔な態度、相手も察している。”私”はもう見られていない。私の好きなものも、ゲームも、友達の話も、無視される。口を開くなという合図でしょうか。神マジック解けた今、私も”人間”としてのあなたを相手にする気が無いのです。もう信仰できやしない。あの人自身が悪辣な環境に身を置き続けたせいで傲慢極まりない性格になってしまった。話を聞いている限り、格下を相手取り屈服させることだけに生き甲斐を見出してしまった。

行動一つ一つに震えます。緊張致します。もう、いないのですから。責任を神に押し付け不遜に文句垂れる傀儡は時効で卒業してしまったのです。怖くて怖くて仕方がありません。何が良くて、何が悪いのか、身をもって知らないのです。あの人が嫌がることはまだ無意識で意識している。グッズ収集etcは怖くなる。本当に私がやりたいことなのかわからない。感情も、知性も、思考も、実感が伴わない。まだあの人から完全に卒業できない。便利な道具として見ている。変わらず「その通り」と言えば食事を買ってきてくれる。そう、相手を肯定していれば私は世の中を見なくて済む。私はニートなのだ。そろそろ1年経過しそうだ。毎日震えが止まりません。背徳の恍惚です。高校も専門学校も思考放棄して決めさせた。神がサイコロを降るんじゃない。神だと祭り上げて無理やりサイコロを私が振らせた。

ニートをしていて分かった事がある。1人行動が得意なのだ。幼稚園から、集団行動にずっと憧れていた。神への崇拝を解けば何をしたらいいのかわからない。たまたま身内が魅力的だったせいか、あまり人間に興味が向かない。人間を丁重に扱える自信が無い。そんな暇があるならカラオケにいって平均点を目指すほうがやり甲斐がある。心の檻を全て置いたら空っぽになって働きたくなるだろうか。もう神のことは信じられない。喧嘩するくらいなら適当にあしらっておけばいい。

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