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天国からの呪縛

我が家にはリビングに仏壇がある。主人が7才の時に病気で亡くなった母親の仏壇。当然、私は会ったことがない。動画も音声も残っていないので、義理の母は写真で見るしかない。

主人は、母親が亡くなった辺りの数年間の記憶がない。

父方の祖母に引き取られ、違う場所で新たな生活を始めた。彼にしてみたら、相当なショックでその時の心情など想像もできない。そして、今でも母親を愛していて、さみしくないように家族が集うリビングに仏壇を置きたい、と新築の家を建てるときに設計図に仏壇スペースを構えた。

正直、私は微妙だった。夢に見たマイホームに仏壇の事などは考えていなかった。でも、主人の気持ちも分かるし、「嫌」などとは言えなかった。そして今、毎朝、仏壇の水を取り替え、お線香をあげて手を合わせるのは私。(いや、実はお線香は結構サボる。)主人は滅多に仏壇の事はしない。たぶん、リビングにいるから、いつも息子の自分や孫を見ていられるから、そんな事しなくてもいいだろう、と思っているのだろう。

会ったこともない義母の仏壇のことをやるのが不満、というわけではないのだけれど、何にもしない主人に対して(仏を放置して罰があたるんじゃないか。)とか、仕事で苦境に立たされていれば(ほら、仏さんを大事にしないから守ってもらえないんだよ。)とか思ってしまう。

私なんか、たとえば主人や子供に八つ当たりしたり、人の悪口を言ったりした翌朝に仏壇で静かに微笑む義母の写真を見ると、なんだか目が怒っているように見えるし、あんまりやらないけど、仏壇の掃除なんかしたときは喜んでいるように見えるし、結構、影響されているよなぁ、と思う。


4年前、自分の母親が他界した。

原因不明の病で苦しんでいて、日常生活もまともに送れない日が続いていたようだが、そんなある日、お風呂に入って死んでしまったのだ。

最初、その知らせを聞いた時、(自殺じゃないか。)とも思った。電話で話した時に相当体が苦痛だったようで、珍しく弱音を口にしていたから。でも、遠方に住んでいたので、とにかく状況もあまり分からないまま翌日、家族と飛行機で実家へ帰省し、母の亡骸と対面した。死因は自殺ではなく、「溺水」だった。

私にとって今までで最大の悲劇だった。母は厳しい人で辛辣な事も沢山言われたが、やっぱり私や兄たちのために一生懸命尽くしてくれたので、特別な存在だったから。そんな存在が、さよならも言えずに、この世を去ってしまった。自分には降りかからない事だと思っていたが、現実に起きてしまった。しばらくは泣いてばかり過ごした。母の写真を仕事スペースの書棚に飾り、話しかけていた。

日が経ってくると、だんだんそういう機会も減ってくる。毎朝、仕事に出るときに「行ってきます。」と言っていたのがなくなって、下手をすると写真すら見ないときもある。でも、仏壇の義母と同様、いや、それ以上に自分が手を抜いたり、悪い、と思いつつ何かをやらかしてしまった(念のため、犯罪レベルではない)後に、母の写真を見ると「こら!!何やってんの!!」と叱咤されているような気がしてしまう。いや、写真を見なくとも、天国から「こら!!」と怒られているような気がするのだ。

母は、「主婦業」を徹底していた人だから、結婚して仕事を続ける事もあまり賛成してなかったし、子育てが疎かになるなら仕事なんか辞めるべき、という考えの人だった。正直、今の我が家のキッチンなんぞ見たら、私の主婦業へのダメ出しの嵐だろう、と想像できる。

だから、ひどい話かもしれないが、母が他界して少し、解放された気分でもある。写真を見ると怒られているような気がするのは、「気のせい」なんだよ、と。自分は、自分のやり方で、自分のペースでやればいいんだよ、と、自分に言い聞かせることもある。

そもそも、亡くなった人の想いは、存在するのだろうか。「お母さんが生きていれば、きっと喜ぶよ。」とか言うけど、お母さんは死んで、「無」なのではないか、死んだ人の想いに囚われているのは、生きている私たちだけで、生きている者を慰めるために、仏壇とか、仏事とかがあるのではないか。


でも、でも、やっぱりそう考えるのは悲しい。お母さんは天国にいて、いつも自分を見守ってくれている、そう感じたい。主人だって、きっとこの世に義母の魂があって、その魂がさみしくないようにリビングに仏壇を置きたい、という気持ちだったと思う。母たちの写真はその象徴なのだ。

だから、私も生きている限りは、喜んで義母や母の呪縛に囚われよう。「お母さんだったら、もっと丁寧にやるよね。。。やり直すか〜。」「旦那とケンカして、お義母さん、めっちゃ怒ってる。。。謝るかな。」とか言いながら、過ごしていく。きっとそれが自分のためや家族のためになっていて、私なりの母たちへの供養になっていると思うから。

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