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バディ信仰

若い頃の話

 社会人1年めのとき、新人が3人一組となり、隣り合った部署に配置された。それぞれに指導役の先輩がつく。我々ズッコケ三人組には大ベテランのおじさんがついてくれた。そう、丸子さんだ。
 三人だけになると、周囲の鼻につく新人や、変な先輩の話に花を咲かせた。あのくだらない会話が当時のハイライトだったと思う。ピースでもマルボロでもないよ。
 その時、僕は丸子さんを「マルちゃん」と呼び捨てた。

 10年後、そのなかの一人と、会議で一緒になった。お互いそこそこ偉くなって、従者を率いている。
 そいつは言った。
 「あれ、なんだっけ?あの…『マルちゃんのぉー。め・ん・づ・く・りっ!』」
 俺「違う違う!こうだこう!」

 「マルちゃん麺づくりー」と私がアホ面で言うと必ず爆笑してくれる。
 でも、何回こうだとやって見せても、一向に覚えない。教えても教えても「ねえねえ、こうだっけ?」と調子のずれた「マルちゃん麺づくり」で返してくる。
 「マルちゃんのぉー。め・ん・づ・く・りっ!」
 頭にきた僕は、マンキンで「マルちゃん麺づくりー」と返す。何度となくやり返す。

 その当時の定番のやり取りを、旧交を暖める代わりに仕向けてきたのだ。あの3人しか笑わないやり取りだ。

 三人のとき、僕は丸子さんを「マルちゃん」と呼び捨てた。そのうち「麺づくり」と言い放つようになった。
 「麺づくりって何?」 俺「知らんの!?『マルちゃん麺づくりー♬』」
 何が面白いのか、当人でさえわからない。若いとはそういうもの。

 再会して、さらに数年が経つ。

 そんな昔話を、一平ちゃんの不祥事を見聞きして、ふと思い出した。

最近の話

 「明星一平ちゃん!夜店の焼きそ〜ばっ!」
 CMのフレーズが口をつく。歯切れがいいから何度か繰り返してしまう。

 一平ちゃんの不祥事で感じたのは、日本人はバディ信仰が根強いなということ。
 一平ちゃんが「大谷が肩代わりした。」と発言し、直後に撤回した。その経緯を踏まえて、大谷が不法行為に関与したのではないかという疑義が生じた。そのへんの経緯は全国民が承知のとおりである。

 アメリカでも日本でも疑惑の目は向いていた。だが、その捉え方は異なっていたと思う。
 アメリカ人が大谷が送金した可能性を論ずるとき、それは概ね大谷が違法なギャンブルに関与していたことを意味していたと思う。大谷が罪に問われないように一平をスケープゴートにした、と。
 日本での受け止め方は異なる。一平に泣きつかれた大谷が肩代わりしてあげたのだが、それは大谷が違法行為に問われてしまう。だから一平が盗んだことにして口裏を合わせた。この考えが主流だったように思う。
 それは、日本人は、大谷が野球に真摯に向き合っていることをよく理解しており、ギャンブルする暇があったら練習するか寝ているはずだと考えたから、と言えるけども。それ以外の根源的な理由を僕は感じている。それが、前述したバディ信仰と呼べるような日本人のモノの見方だ。

 僕も、大谷と一平は、何か「絆」や「友情」のようなもので結ばれていて、大谷の野球選手としての成功に一平は欠かせない存在になっているような気がしていた。みんなそう思っていたからこそ、一平が教科書に載っていたんだろう。
 でも、そうじゃなかった。ほぼ毎日ギャンブルに興じていたということは、想像より深い関係ではなかったということだ。ビジネス上の関係に近いものだった。
 なんで、ただの通訳を切っても切り離せない相棒のように捉えてしまっていたんだろうか。
 冷静に考えれば、アメリカ人の見解のほうがまともだ。通訳の借金、それも億単位の借金を肩代わりする。そんな馬鹿げた話があるだろうか。
 数日前までの僕は、あり得ると思っていた。あの二人の関係性ならあり得る話だと。

 漫才師はサンパチマイク一本を前にして身一つで客と向き合う。
 なんか、それが「芸人の究極の姿」みたいに描かれてるけど、二人で協力しあってるよね。それだったら、スタンダップコメディ、ピン芸のほうが、一人でシビアに客と向き合っているといえる。
 でも、漫才師のほうが評価されるのは、関西なら相方、関東なら相棒、バディが尊ばれる文化的背景があるからなのかなぁ、と感じる。

 「大谷と一平という最高のバディ」そんな虚像を作り上げてしまっていた不明を恥じる。夏コミで上梓すべく制作中だったBL本は全て破棄します(嘘)
 
 僕にもバディがいた。

また若い頃の話

 ズッコケ三人組結成の半年以上前、新社会人も新社会人だった頃、新人が集まって教育を受ける場で、バディを組んだのが高津くんだ。
 高津くんは、パット見どんくさそうだった。そして見た目通りどんくさかった。そして、しゃべりもどんくさかった。彼の口癖をもとに「だもんで高津」と(頭の中で)あだ名をつけた。

 毎朝一人、5分間スピーチをする。
 僕は、手前味噌だがスピーチが得意だ。フリートークは人見知りで歯切れが悪いが、原稿を作れば無敵だ。笑かして、しっかりためになる話も入れ込む。
 そんな僕の姿を見て、高津くんが、事前に一読してほしいと、スピーチ原稿を見せてきた。そういう依頼は嬉しい。読んだ。

 驚いた。

 学生時代のバイトの話だという。

 某大手製パン会社の工場で働いていたのだという。
 目を通して、違和感があり、尋ねた。知っててここで働いたのか?と。
 高津くんは、「なんのこと?」ピンときていなかった。

 現代の蟹工船、そんな言い方をしたら風評被害で訴えられるのだろうか。当時の2ちゃんねるや、そのまとめサイトを”適度に”閲覧していれば必ず目にする話だ。とにかく単純作業で時間が永遠に感じられるだとか、会社のウェブサイトのリクルートのページで、高卒はブルーカラー、大卒はホワイトカラーだと”清々しいまでに”表現されている、だとか。
 暇を持て余した穀潰し共の大好物。我々にシニカルな嘲笑をもたらしてくれた。

 高津くんは、世間でそんなふうに言われていることは一切知らず、めちゃくちゃしんどいと思いながら、和菓子だかなんだかを永遠と作っていたそうだ。

 どんくさいのもここまでいくと才能だな。高津くんのことは人として好きだったが、なんとなくカイジの世界の住人のように思えてきた。船に送り込まれるのはこういう性格の人なんじゃないかと。
 私は、偉そうにスピーチの修正点を伝えた。

 彼のスピーチはすごくウケた。

 僕のバディの思い出はこんなもんだ。借金は断るだろう。投票も。

 バディに憧れるのはやめましょう。


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