【第35回SASUKE総評】

第35回のSASUKEは、歴代でも屈指の面白さだった。
靴の営業マン・漆原裕治が完全制覇を果たし、全面リニューアルがなされた第25回大会(いわゆる第4期)以降では最高の大会と言っても過言ではないだろう。
スタジオの尺の短さ、1stステージの絶妙な難易度、編集の手際の良さ等、良かった点を上げればキリがないが、今大会の白眉は競技者自身の身体が際立っていた点にあると思う。
SASUKEは、こと人間ドラマとしての側面が取り上げられがちだが、僕は人間ドラマもさることながら、挑戦者たちの身体のうごめきを楽しむ番組として観ている。
幼少時代に慣れ親しみ、夢中になったフィールドアスレチックのようなステージに挑む挑戦者たちの肉体に自らを投影、100人の挑戦者になりかわって成績に一喜一憂する。これこそがSASUKEの面白さの本質ではないかと思う。

今回の見どころは何といってもパルクール指導員・佐藤惇の挑戦であろう。
”パルクール佐藤”といえばSASUKEファンにはおなじみの選手である。これまで出場した大会では7回中3回3rdステージに出場と、有力選手の一人として生活の裏側を取り上げられても良いほどの成績を残しながらも、彼の挑戦はほぼダイジェストで流され、第26回大会に至っては日本人最優秀成績を残しながら1stステージから3rdステージまで全てダイジェストと、「国際指名手配をされているからカットされている」「放送禁止用語を叫びながら競技に挑んでいるからカットされている」等のジョークがネットで流れるほど、不遇をかこつ選手であった。

今回、初めて佐藤の挑戦をフルで見て、「人間ドラマ」を押しだす製作サイドが彼の挑戦をカットする理由が分かった。佐藤の身体はあまりに軽やかなのである。

衝撃は1stステージで訪れた。それまで挑戦した96人中、クリア者はたったの4人。佐藤の2つ前の挑戦者・漆原(彼は完全制覇の経験もある)が残り10秒以下を知らせる警告音の中泥くさくもがき、遂にそり立つ壁を越えられず、悔しさの雄叫びを上げ、1つ前の挑戦者・ゴールデンボンバーの樽美酒研二が必死にステージを進み、残り1秒03でクリアボタンを押した。今大会の1stは、今までとはレベルが違うぞと誰もが思っていた。

佐藤は、息切れ一つせず、20秒以上を残して1stステージをクリアしてみせた。
3人目のクリア者・長崎の「あんなに簡単じゃないんですけれどね」という言葉が全てを物語っていた。

他の選手のような人間臭さには欠ける佐藤であるが、今大会で、僕と同様に彼の身体の軽やかさに魅せられた人は相当多いのではないだろうか。パルクール選手ならではの身のこなしと、標準的な体型ながら、ジョン・ウェインかと見紛うような体幹の安定感、その融合から生まれる軽やかな移動を見つめる快感は、今までのSASUKEでも屈指のものであった。
ドリュー・ドレッシェルを始めとする、アメリカ勢の競技を見ているのではないかと錯覚した人も少なくないだろう。ただ、ドリューらアメリカ勢の挑戦は「圧倒」という言葉に収斂されるが、佐藤の挑戦はやはり「軽やか」なのである。彼はとにかく目に気持ち良い移動をする。この移動を見つめることこそが、SASUKEを観る醍醐味であると再認した。

SASUKEの挑戦者は、番組初期から有力選手として番組を支えてきた「SASUKEオールスターズ」、彼らに影響を受けてSASUKEに挑んだ「SASUKE新世代」、「芸能人枠」、「海外勢」グループに大別される。 
特に、「SASUKEオールスターズ」「新世代」の”絆”は番組のエッセンスとして盛り立てられる。彼らはプライベートでもSASUKEについて語り合い、合宿を行うなど、大人の青春を共に過ごしている。その人間ドラマを番組はフィーチャーし、盛り立てる。

だが、佐藤は上記のいずれにも属さない。既に出場は8回を数えるが、競技後に他の選手とはほぼ会話せず、自らが指導してきた子供たちやパルクール仲間と軽く手を合わせるだけだ。
このある種職人的な立ち居振る舞いも佐藤の魅力だと、僕は思う。彼は良い意味で今までSASUKEにいなかったような選手である。今後も彼の挑戦には刮目したい。

勿論、サスケ君こと森本裕介のFINAL進出も忘れてはならない。SASUKEは回を追うごとにステージの難易度が上昇していくが、まれに一足、二足飛びで難易度を上げてくることがある。第32回大会に登場した、クレイジークリフハンガー→バーティカル・リミット改の合わせ技は、アルティメットクリフハンガーと並んでSASUKE史上最高難易度と言って過言ではないステージである。
クレイジークリフハンガーは、3cm・全長1.8mの突起を指で掴み、反転してジャンプ、向こう岸の動く突起を掴む動作を2回繰り返す。バーティカル・リミットは、垂直の板からわずかに突き出た1cmの幅の突起を指で掴み、段差を変え3枚の板を越えていかなくてはならない。腕を鍵形に曲げたまま、指先の力だけで進まなくてはならないこの2つの障壁が連続したことによって、久々の「無理ゲー」が登場した、と視聴者は困惑していた。
森本は、2回目の挑戦にしてこの障壁を見事に制した。

2015年、第31回大会にて僕は当時まだ大学院生の身であったサスケ君の完全制覇に現地で立ち会った。当時の森本はまだあどけなく、ゼッケン90番台の一有力選手として、ある意味気楽に3rdに挑戦していたが、今回の彼は、長野誠・漆原裕治といった偉大な先人に代わってゼッケン100番を背負う者の顔になっていた。誰もがクリアを諦めていたバーティカル・リミットを、100番を背負う者として越えねばならない壁と規定し、まさしく鬼気迫る表情で挑み、クリアしていく彼の姿はなんとも美しかった。その美しき雄姿を保ったまま、3rdステージラストの、パイプスライダージャンプ(この身体の動きがこれまた美しいのだ)に移行する一連の流れは、ため息が出るほどであった。

「名もなき男たちのオリンピック」とは良く言ったもので、実際のオリンピックとは異なり、身体的にも精神的にも思わず自らに連接させてしまう100人の挑戦に、僕はますます魅せられてしまった。ゆえに、次回もまた、彼らの身体の躍動を見つめるのみである。

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