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【R05:STORY】『空気感』を奏でるギタリスト・露木達也

ジャズ、ポップス、ロック、フラメンコ、ヒップホップ、ワールド等、ジャンルを問わずセッションを重ねているギタリスト、露木達也(つゆき・たつや)。彼が音楽を始めた背景や、14年に発売したソロアルバムへの想い、デュオやトリオでの活動内容などを聞いた。

『静かな部屋の中の音楽』を追求したソロアルバム

湘南の地に生まれた露木は、音楽を身近に感じながら育った。

「父が音楽好きだったので、家にはジャズやロック、ソウルなど、様々なジャンルのレコードがありました。彼は特にアート・ブレイキーのファンで、サイン入りの帽子を持っていたり、自分でもドラムを叩いたりしていました」。直接何かを教わったわけではないが、原体験となっている。

高校生のころ、世のバンドブームに乗って、ロックなどをギターで弾くようになった。卒業後は専門学校へ通い、演奏の仕事を少しずつこなしながら、多くの先生に師事した。

とりわけ、アリエル・アッセルボーン氏にクラシックギターを習ったことは、重要な転機となった。「南米のひとの考え方、感覚の違いを肌で知りました」。

露木いわく、日本の音楽は欧米の影響を強く受けているため、南米の音楽とは考え方、音の取り方、リズムの取り方などが全く違うという。

「欧米の音楽は数学的で、論理的です。一方、南米の人は、自分の感じたものをそのまま素直に弾きます。感情を音楽に伝えるんです。技術ももちろんあるけど、システマチックじゃないところが好きですね」。

南米の大らかな空気感や『自然さ』は、湘南で生まれ育った露木にとって共感できる部分が多く、その音楽性の基盤になった。

ブラジル音楽を演奏するようになったのは20歳のころだ。ボサノヴァ歌手・小野リサ氏の父が運営するブラジル料理店『サッシペレレ』でサンバなどを演奏。その後、ボサノヴァと出会い、最も影響を受けたのはジョアン・ジルベルトである。

「僕は『抑制された表現』に惹かれるんです。ジョアンのナチュラルな歌い方、ギターの音量に合わせて語るように歌うところが好きですね」。ボサノヴァという音楽自体にとどまらず、彼の人となりに感銘を受けた。

ひときわ刺激を受けた作品は、カエターノ・ベロ―ゾがジョアンをプロデュースした『João Voz E Violão (邦題:声とギター)』。「あのしずしずした、『自分の世界で音楽を作っている』感じがよく表現されています」。

収録されているのはスタンダードなボサノヴァばかりだが、「日本人の心にぐっときます」と露木は言う。筆者は今回の取材で初めてこのアルバムを聴いたが、たしかに日本の『わび・さび』に通じるような繊細さや揺らぎを感じた。

「最近は日本人も開放的になってきているので一概に言い切れませんが、基本的には静かで内向的な民族だと思います。だからジョアンをはじめとした南米の演奏の、ある種朴訥としたところに共鳴したのかもしれません」。

露木は、プロとして様々な音楽に携わったのち、2014年にアルバム『agora』をリリースした。

「ボサノヴァを中心としたブラジル音楽、ネオフォルクローレと言われる新時代のアルゼンチン音楽、Wayne Shorterのジャズのナンバーで見せる意表をつく独自アレンジ、カラフルな色合いのオリジナルナンバーまで幅広い選曲です。ジャズギター的な甘いトーンのインプロヴィゼーションと南米的なリズミックな伴奏アプローチ、ソフトなヴォイスの弾き語りまで多彩に収録しています」。

本作は、ソロギタリスト・露木達也の一つの到達点となった。

『日常に溶け込む音楽』を提案する

「静かなものを表現したい」という思いについては、いったん満足した露木。しかし彼には、もう一つ好きなものがあった。「人の音に対して伴奏をする」ということだ。

「作り込んで、きっちりCDと同じ通りに弾くポップス的な考え方より、歌手の人がふっと歌った間合いの音に対して、その場で受け答えする方が楽しいです。『他の人が奏でる音に応えながら、どのように自分の表現を加えるか』にやりがいを感じますね」。

現在は、セッションで呼ばれる仕事を多数行ったり、ギター教室を主宰したりと幅広く活動している露木。「40歳を間近にして、ここからどうするかを考えています」と言う。

19年は2枚のCDを制作した。ヴォーカリストの藤田俊亮(ふじた・しゅんすけ)とのデュオ『Mauve × Dew(モーヴ デュー) 』でのファーストアルバム、ハーモニカ奏者の倉井夏樹(くらい・なつき)、行川さをり(なめかわ・さおり)とのトリオでの『そっと手の中に』だ。

「『Mauve × Dew』は、楽器同士のセッションのような要素があるデュオです」。相方の藤田は、ジャズはもちろんロック、ブルース、ソウル、ラテン、ポップスまで幅広いジャンルを歌いこなす職人肌のボーカリストだ。ライブで演奏する楽曲は、藤田のレパートリーのなかから選ぶが、どんな演奏をするかは露木に任されている。

「その時々の気分や考え方にも影響されるので、まったく同じライブは一つもないですね」。『互いのやりたいことをやろう』というコンセプトで、約6年間、毎月1回程度のライブを続けてきたふたりは、19年8月に初のアルバムをリリースした。

「音楽的には、ストレートな『いわゆるジャズ』ではなく、ポップアーティストがやっているような、カジュアルなものになっていると思います。ただ、このライブ感はまさしく『ジャズ』です」。

他方、トリオで制作したアルバム『そっと手の中に』は、方向性がまったく違っている。「『気が付いたら終わっている』ような音楽になっています」。派手なことも難しいこともしていない、ジョアンの作品のような一枚だという。

「音楽って、一昔前までは『大きい舞台でやるもの』でしたよね。特にバブル時代はミリオンヒットがどんどん出て、大スターがテレビで歌っている姿や、ショーを楽しむものでした。でも今は、個人が手軽に音楽をできる時代になっていると感じます。インターネットを通じて動画を発信したり。僕たちの音楽も、気軽に楽しんでほしいですね」。

「今、音楽だけを聴きに来る人って少ないと思うんです。一定のクオリティは当然として、それをどんな場所でやるか、どんな空気で楽しんでもらうかが重要になっていると感じます」と露木は語る。

ソロ時代は規模の大きなライブハウスやフェスに出たり、ホールコンサートを行ったりもしていたが、最近はカフェやバーでのライブを増やしている。

「僕は、日常としての音楽を大事にしたい。自分が行きたい場所、座りたい場所で演奏したいんです。日々の生活を感じられるような店とか、異国情緒が感じられるカフェとか、コンセプトがある状況と自分たちの音楽をどうフィットさせていくかも提案したい。トータルでライブを楽しんでもらいたいですね」。

直近では、倉井の実家の寺でライブを行った。「ステージに演奏者がいて、お客さんが観客席にいて、というのはあまり好きじゃありません。その点、お寺でのライブは、演奏者もお客さんも輪になっている感じが良かったです」。筆者もその写真を見て、みんなで法話を聞いているような、『寺の日常』に溶け込んだ空気を感じた。

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「カフェに数人のお客さんがいて、お茶を飲んだり、絵を描いたり、それぞれ好きなように過ごしている。外国には、そんな状況に溶け込んでいる音楽が多いですよね。ちょっとしたパブで演奏が行われていたりとか。日本でも、いわゆるアングラなライブハウスだけじゃなくて、いろんな場所で上質な音楽を聴いてもらいたいと思います」と語る露木。

「やっぱり僕の音楽には『一つの部屋』というテーマがあります。いろんなセッション相手の要素を入れつつ、自分の表現を込めた演奏をしていきたいですね」。

彼と彼らの音楽に溢れた日常を暮らしたいものだ。

text:Momiji

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