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最も心が軋む言葉

僕は誰かの言葉で傷ついたり、
落ち込んだり、怒ったりすることが、
人よりも少ない方だと思います。

耳障りな言葉を向けられたら、

「うるせーバーカ。」
「知らねーよ。」
「うん、無視。」

などのアファメーション(違う)を唱えて聞き流すことで、心に届かないようになっています。

そんな僕ですから、
自身の会社の業績に頭を抱えたり、
ゲームの上達について考え込んだり、
疲労に歯を食いしばることはあっても、
誰かの言葉で悩むことはほぼありません。

人間関係にも恵まれているんだと思います。

そんな僕が、ここ十数年で、
あるいはこれまでの人生で、
最も心が軋んだ言葉を受けました。

祖父が他界した葬儀中にも、
社員全員が引き抜かれた時にも、
僕は泣くことはありませんでしたが、

この言葉には、涙が止まりませんでした。

長女の言葉です。

「私なんて、いなければよかった!」
「私さえいなければ、みんな幸せなのに!」
「私なんて、死んだ方がいい!」


両手で頭を叩いたり、ソファに身体を擦りつけたりしながらそう叫ぶ長女。

背筋が凍って、
息が詰まって、
目の前が真っ暗になって、
そして久々に涙が出ました。

なぜそんな言葉を吐くに至ったかは、書くと長くなるしちゃんと書ける気がしないので割愛しますが、僕がうまく思いを伝えられなかったことが一因であることは間違いありません。

どんなに子どものことを思っていても、
子どもにこんな言葉を吐かせていては、
親としては三流、四流もいいところ。

自分が安心して存在できる場所こそが家庭だろうに。子どもになんてことを言わせているんだか、この親は。

怒りと悲しみと自責の念で錯乱状態のようになっている子は、一時的に堅く心を閉ざします。

伝えたい思いをぐっと堪えて、
少しずつ雰囲気を変えて、
なんとか2人でデートに出かけました。


約5時間後 ホットチョコとマシュマロを食らう長女


楽しい時間を過ごして、
心がふわっと柔らかくなった帰路、
あらためて思いを3つ、伝えました。



お姉ちゃんだから、じゃないんだよ。
強さは弱い人のために使ってほしいって、伝えたかったんだよ。
でも、自分が強いだなんて思わないもんね。
ごめん。パパが難しいことを言いすぎた。
いつか少しでも分かってくれると嬉しいよ。


自分がいない方が良いなんて、絶対に思わないでほしい。きみが居なかったら、パパの方が生きていけない。
きみがいるから、この家族があるんだよ。
その言葉が、一番苦しかった。
そんなこと、二度と言ってほしくない。


でも、いつか本当に「自分がいない方が良い」って思ったら、絶対にパパにだけは言ってほしい。
今日みたいに自分だけで叫ばないで、パパに言うだけでいいから、これは約束して。


小学4年生の長女に分かったか分からなかった分からないけど、「うん、分かった」と言ってくれて、帰宅後は元どおりのわが家。

あぁ良かったと思いながらも、今日の錯乱する長女と言葉が頭から離れない。

もう十分に飲んだけど、このまま本を読んだり事務作業をしながら飲んで、気絶するように寝落ちしたい。そうでなければ、きっと眠れない。


いろいろ端折って思うがままに書いたから、ひどい文章になっていそう。
明日には消してしまうかもしれません。

スタエフで話そうかな。どうだろう。

とりあえず結論らしいものは、

家族の言葉は心に届く。

もっと親になりたい。 

子どもが愛おしい、ということでしょうか。

おやみなさい。



頂戴したサポートは「眼鏡オジサンになる日」を日本記念日協会に登録する費用(15万円)に充てられる可能性がありまので、ご注意ください。