おじさんとおばさんと青年

大学に入学してすぐの話です。

僕の学部では新入生歓迎行事を大々的にやるのが恒例でして、新入生は班ごとにちょっとした余興をやるのがお決まりです。
これを通して親睦を深めてね、ってことでもあるのでしょう。

で、僕はその打ち合わせのために学校へと向かっていました。


道中、ライトバンが歩道に停まっていました。

邪魔だなぁと思ったのですが、近付くにつれて次第に何か違和感を感じます。

そのライトバンは、歩道の縁石に思いっきり乗り上げていたのです。
よく見ると車の横にスーツ姿のおじさんが、困り果てた顔で汗を拭き拭き立っています。


ここで「大丈夫ですか?お手伝いしましょうか?」と声を掛けられるのが、見かけによらない僕のいいところです^_^

というかJAFを呼べば早いに決まっているのですが、どうもこのおじさん、社用車でのやらかしがバレたくないのか、なかなか電話しようとしません。

思いっきり下のところ擦ってますけど。


そうこうしているうちに目の前にある呉服屋からも着物姿のおばさんが出てきて、「無理だと思うけど一回持ち上げてみる?」と一言。

いや無理でしょ。それができたらJAFの面目丸つぶれです。

…と言うのも協調性を欠くことになるので仕方なく一旦持ち上げようとしますが、当然びくともしません。


と、ここで僕、単純なことに気が付きました。

「ジャッキないですか?」

するとおばさん、

「いやぁ…ないわねぇ」


ないもんですかねぇ、ジャッキ。

何も呉服屋で売ってるか?と訊いているわけではないのですが。


ただおばさん、何か思い当たった様子でお店に消えていくと、でかい木片を抱えて戻ってきました。

木片は売っているのでしょうか。

とにかくその木片をタイヤに挟んで車を動かすと、車は無事脱出に成功しました。


おじさん、運転席から降りてきて平身低頭。
名刺を礼儀正しく差し出します。

「社に帰ってからご連絡差し上げますので…」ということで、僕とおばさんはそれぞれ電話番号を教えてあげました。



あれからもうすぐ3年が経ちますが、未だにお礼の電話は来ません。

もはや「あれはターゲットから電話番号を聞き出すための大掛かりな詐欺だったのではないか…」とさえ考え始めました。

みなさんも個人情報の取り扱いには気をつけましょう。


僕はそろそろ電話帳からおじさんの番号を消去します。


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