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Wiiリモコンを持つ手が震えた『ディシプリン*帝国の誕生』

『ディシプリン*帝国の誕生』は2009年8月25日にマーベラスエンターテイメントよりWiiウェア用ダウンロードソフトとして発売された。

「贖罪バンドデシネ」と題された本作の物語は、主人公(“you”と呼ばれている)が監獄施設「ディシプリン」の囚人として収監される所から始まる。何らかの病を患う妹の手術費用を得るため、莫大な報酬と引き替えに彼はディシプリンを運営する組織から改造手術を施され、監獄での人体実験生活に身を投じる。

ディシプリンでの生活は時間毎に規則正しいルーティンが決められている。朝、起床後に顔を洗い、昼は食事、夕方に排泄、夜は就寝‥‥という流れを日々繰り返していく。

ルーティンの合間は空白の時間が流れ、閉ざされた監房の中でのみ自由行動が許される。ただしその間も看守たちは収監者に注意を向けている。
ひとつの監房に収監されているのは主人公ひとりではなく、曲者揃いの収監者たちがその時々に応じ同室に収監される。彼らとコミュニケーションを取りつつ、その心理障壁を破壊して「心のかけら」を集めることでゲームは進行し、主人公とその背後にあるディシプリンは目的を達成していく。

主人公以外の囚人たちは食欲や睡眠欲といった生理的欲求を持ち、画面上にゲージとして表示されている。
先述したルーティンの中で欲求が解消されるタイミングこそあるが、彼らが抱える欲求は十人十色で、四角四面な生活の中では解消しきれない。欲求を自ら解消できず、ゲージが一杯まで溜まった彼らは異常行動を起こしてしまう。異常行動を起こした者のいる監房には連帯責任として看守から警告が与えられ、3回警告を受けると「おひとりさま」と呼ばれる独房にそれぞれ、しばらくの間収容される。
こうした欲求を解消させる能力を持つのが主人公の「youコン」だ。

youコンとはプレイヤーが操作するWiiリモコンを擬人化した、魚のような風貌の、おそらくは男性器をモチーフとした生物だ。
彼は単なる道具ではなく、相棒役として馴れ馴れしく語りかけてくる。
youコンは、Wiiリモコンを上に立ててボタンを押してエネルギーを貯め、リモコンを振り下ろしボタンを離すことで狙った対象にエネルギーを射出できる。通常のプレイ画面は監房を横から見た視点だが、射出態勢ではFPSのような主観視点に切り替わり、トイレやベッド、シャワーといった備品や収監者を対象にエネルギーを射出することができる。
それぞれの欲求を司る対象を狙撃することで、収監者はそれに応じた欲求を解消し、異常行動から遠ざかる。こうしたyouコンを用いた行為も看守たちに見つかれば警告を与えられてしまうため、その監視をかいくぐって行わなければならない。

順当に収監者たちの心理障壁を破壊していけば、剣の刺さった彼らの心が露わになる。この状態の収監者と話し、youコンで狙撃すると彼らの肉体は崩壊し、各々を象徴する心のかけらが手に入る。そして収監者の記憶から生じたモノローグを垣間見ることとなる。
彼らが語るモノローグは個人の記憶でしかないが、それらがおぼろげに繋がり、作品世界の全体像がゆっくり姿を見せはじめる。

本作は明確で大きなひとつの物語を語ることはないが、個々人の持つ記憶は詳細に描写され、強烈な印象を残す。そして最終盤、私は人を刺激し、しつけることで心が形作られていくことと、その暴力性、それを自覚しているのに画面からの指令を拒めない自分に気が付いた。

比喩ではなく手が震えて、怖れを感じながらも操作を反復し続ける自分は、いつしか収監者に命じているつもりが、命じられていた。
擬人化されたyouコンの振り下ろしはあたかも他人をしつける鞭のように感じられたが、怒涛のように押し寄せる指令と、これまで繰り返してきた操作が重なり、道徳的な思考や判断はゲームの側から周到に取り去られていた。

「自分はそんな非道なことをするはずがない」というのは全くの思い込みだったし、快感ですらあったかもしれない。
あの時確かに、画面の向こうの『ディシプリン』はWiiリモコンを通じて私に繋がり、指令を与えていた。

改めて文章に書き起こしてみると、決して気持ちのいいゲームとはいえないはずだが、ゲームクリア後の私の気分は妙に軽やかだった。
贖罪を終えて独りで気持ちよくなってしまったのかとも思ったが、本作は単に気持ちが悪い描写がだけが取り沙汰されたり、難しい顔をして自己を問い質させる作品ではない。
『ディシプリン』はプレイヤーの投げかけた行為に対し、それを上回る反発力で跳ね返す手応えのあるゲームだ。

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