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one day photo_30:藤原新也の本

■藤原さんの本
藤原新也の写真集をいくつか借りてきた。祈りは購入したんですけど、この人凄いなぁ……全東洋に乗っている写真はすごいとしか言いようがない。
スピリチュアルな感じも出ているけどすさまじい体験をしたんだなと目を丸くしてしまう。
言葉と写真が高度に融合した人だなと思うし、写真は言葉ですねっていうのが端的にあらわされていた。
俗界富士という本は全編ポジで昼間に撮影された写真で組まれているけども、シノゴでポジは確かに凄い、今のデジカメでもここまで奇麗に印刷出せますかといわれると……見たことないかも。
この写真集良くて、カラーネガの作家と比較すると色の違いが明瞭なので、何で撮ってるのかよくわかるルックだった。

■禅とロバートフランクとビートニク
それとは別に仏教や修験道関連の本を引き続き牛歩で読んでいる、2回3回と読んだり、複数読んで同じ言葉が出てくるものを何回も流し込まないと覚えれないなぁと思う。その中でもちょっと禅は興味がある、ちょうど美術史講座のほうでもミニマリズムアートの部分で禅が出てくるし、ロバートフランクの活動の裏側にはビートニクの運動があり、彼らが影響を受けたのは鈴木大拙の禅の本らしい、知っておいて損はなさそう。

■山中他界と仏教
仏教の本を読んでいても、初期導入の部分でやっぱり古代の人々は森に遺体を捨てることが多かった。森は死者が行きつくところで、後ろめたさがある場所だったが、僧侶が葬祭と墓を担うようになってから日本人はその風習から解放されたとあるとな。
でも仏教が伝来してからまだ1500年くらい?2000年行かないくらいでしょ。縄文とか含めると日本人は森にずーーっと死んだ人を送っていた、そう考えると山中他界の価値観は身体のどこかに刷り込まれてるんじゃないかなと思う。

■読めない本
借りてからずーっと読まなくて2週間経過した写真の歴史、600ページくらいあって200ページ行ったかどうか?アメリカ開拓時代あたりで止まっている。この本履修したほうが良くて、写真が出来てから各地でどういう動きや芸術運動との呼応があったか、何がどのタイミングで否定されたかといったことが書かれている。
僕が良く絵画的ってピクトリアリスムってこと?とかよく思うああいう動きが実はとても狭い範囲で起きていたが、たまたま欧州で芸術の転換期に差し掛かっていて教科書でも大きくとらえられているとか、ディテールを上げていける。
ただ、この本を読むのは苦痛が伴う。

■生活
今年は山に行けないかもしれないと思うくらい予定が詰まってきている。
伯耆大山にどうしても行きたかったのだが、タイミングを逃してしまった。
やはり5月末~6月頭のあの一瞬が、伯耆大山の時期だったのかなぁ。
荒島岳は何とか行くことが出来たが、今年の目標である伯耆大山、光岳、剣山は行けるかわからない。百名山は91座、あと9つで終わるんだけど先が長いなぁ……。



カメラを正面で構えて正中で撮るを続けて1年くらいになるらしい。1年前よりはいろいろと良くなっている気がするが、山の中でこれは難しい。
上田義彦さんの森とかを眺めながら、どうやったらいいのかなあと思う。

登山ブログを書いたり、山で写真を撮っています、登山写真で気が付いた技術をひたすらつぶやきます。