結局「J-POPという枠組みの見直し」って何なのよ(宇野さん柴さん対談に絡めて)

サムネイルはこの記事のアイデアをパクりました。


いろいろ面白い話が載ってるんですが、着目したいのはここ。

柴 (前略)特に今の10代とか20代のアーティストの話を聴いていると、音楽の聴き方が全然違う。J-POPもK-POPもグローバルなポップ・ミュージックも隔たりなくフラットに受容して育ってきている。

宇野 そうだね。それにK-POPって言ってるけど、TWICEだってメンバーのうち3人は日本人だし、BLACKPINKだってオーストラリア人とタイ人がメンバーにいる。そういう現場ではクロスカルチャー、クロスネイションが当たり前になっている

柴 オーディション番組の『PRODUCE 48』からIZ*ONEもデビューしましたからね。あのグループには宮脇咲良のような48グループ出身のメンバーもいるから、まさにJ-POPとK-POPのクロスカルチャーになっている。

いわゆるガールグループの分野でも当たり前にアジア圏の多国籍グループがメインストリームになっているし、一方でオルタナティブな分野ではSuperorganismみたいなDIYな多国籍グループが出てきている。

やはり2019年に起こってくるのは「J-POP」とか「K-POP」という枠組み自体の見直しになってくるんじゃないかと思います。

ちなみに、年末のMUSICAで僕の年間ベストとして下記10曲を挙げたときのコメントがこちら

アルバムよりも2018年の雰囲気が出そうだったので、今回は単曲で選びました。1位のあいみょんは、新しいスター誕生への祝福と来年へのさらなる期待をこめて。日韓合同グループのIZ*ONEをこのランキングに入れてOKか編集部に確認したのですが(今年一番MVを見た曲)、48グループの面々が韓国に渡り、TWICEに日本人メンバーがいて、NY在住オーストラリア系日本人のJojiがビルボード1位をとるという現状を鑑みると、「"日本の音楽"という括りが意味するものは何か」を改めて考えるべきフェーズに入ったのかなとも思います。「ガラパゴス化」が指摘された数年前とだいぶ状況が変わったのを感じた1年でした。

日本の音楽に触れつつ多少なりとも海外のシーンも見ている人からすると、「結局“日本の音楽”とは?」「J-POPってまだ有効な括り?」ということを言いたくなる空気がすごくあったように思います。

※次の曲ではこの対談記事に書かれている「K-POPのローカライズ問題」が最悪な形で導入されてるっぽくて今からうんざりしている


で、そもそもJ-POPという枠組みを考える際に、この言葉には

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①J-WAVEが当初定義していたとされる「洋楽と並んで流してもOKな日本の音楽」という海外との距離感に関する視点
②90年代メガヒット時代の状況から想起される「みんなのうた」という視点
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この2つが包含されているというのを留意しておく必要があるかなと。

当初は①の意味合いが強かったJ-POPという概念は市民権を得る過程で②の側面が強くなり、②が崩壊しつつあった状況を経て2018年時点では「①と②それぞれの観点から見直そうぜ」という声が出てきているという感じでしょうか。

そういえば、僕がインタビューした方も以前この手の話をされてますが、基本は②についての内容でした。

2017年春先のDJ和さんインタビューでの発言

個人的には「Jポップ」っていう単語が指し示す概念を再構築したいなと思っているんですよね。みんなが何となく知っていて世間の真ん中にある音楽のことを「Jポップ」と呼んできましたけど、そもそも最近はそこに含まれないものが多いと感じています。「Jポップ」というよりは「日本のロック」だし、「アイドル」だし、「アニソン」だし……で、それぞれのジャンルのメディアやチャートが存在して、その中でも「AKB48とそれ以外」みたいにどんどん細分化されていっているのが今の状況ですよね。さらにおすすめプレイリストやYouTubeの関連動画があって、その中から自分の好きなものだけをひたすら選んでいく。そういう状況が加速していく中で、「みんなが聴く音楽」ってなんだろう? ということをちゃんと考えていきたいと思っています。

※ちなみに和さんのJ-POPミックスCDの大ヒットは、この対談でも取り上げられている「ノスタルジー消費」の極致ともいうべきものかなと思います。対談内での批判的なスタンスも超分かりますが、こっちのゾーンにはこっちのゾーンのリアルがある、という感じはする。結局Spotifyで聴かれてるのは懐メロ、という現実もあるし(下記のナタリー記事参照)。この辺の感触はまた聞いてみたい。


で、本題に戻ると、2016年春先のいきものがかり水野さんのインタビュー。

---なるほど。まさに今おっしゃっていただいたような、「音楽好き」ではない人にまで含めて音楽を届けようとするいきものがかりのスタンスを評して「J-POPの王道」という言葉を使われることがよくあると思うんですが、水野さんとしては「J-POPの王道」って何だと思いますか?

「全然わかんないですよね(笑)。先ほども言いましたけど、J-POPという概念はファンタジーだと思うし、自分たちもそう思いながら「真ん中」という言葉を使っているので。ただ、そのファンタジーを背負える人はなかなかいないと思っているし、願わくばそのファンタジーを更新したいです。なかなか難しいですが」

---具体的には、それこそ「上を向いて歩こう」みたいなものを社会に残していくということですかね。

「そうですね、そういうことだと思います。「上を向いて歩こう」だって、発表された当時は「王道」って言われるような音楽性ではなかったと思うんですけど、今では日本の音楽のルーツの一つになっていますよね。そういう更新が時代ごとにいくつか行われていて、その集積が今のJ-POPというファンタジーを形作っていると思うんです。だから、自分たちの音楽を通じてそういうことができたら、つまりJ-POPを拡張したり更新したりするようなことができたら・・・まあ大したもんですよね(笑)。それに「上を向いて歩こう」って、当たり前に世の中に存在しすぎていて、もはや音楽として見られてないと思うんですよ。あの曲についてコード進行が云々とかって批評することはもちろんできると思うんですけど、今となってはそういう形で褒める人ってほとんどいないですよね」

---なるほど、音楽であることをことさらに主張していないというか。

「そういうものになった方が、社会における文化としては絶対強いと思うので。たとえば自分が死んだ後とかにでも、僕らの楽曲がそういう位置づけになればいいなって思っています」

この辺もまた水野さんにはお話聞きたいところですね。特に海外の音楽に全然ルーツがないと公言されてる水野さん的に、「日本の歌謡の文脈」ではなく「グローバルでの音楽のあり方の変化」から「J-POPの更新」が要請されている時代についてどんなふうに見ているのか。


まあただ、「J-POPの次の枠組み」みたいな話って自分も言いがちなんですけど、具体的にそれが何なのかって言われると意外とパキッとした返答がしづらいなーというのもある。「ドメスティックなものではなくグローバルな文脈と同期するもの」みたいなことは言えるけど、過去のJ-POPでそういうものがなかったわけではないので。

個人的にはこの「J-POPの次」って結局何なの?っていうのはもうちょっと考えていきたいですね。「基本は細分化」「たまにあいみょんみたいにクラスター飛び越える奴が出てくる」というのが今の時代の基本構造、でもたまに細分化された中から直接海の向こうとつながっちゃうケースもあったりするのでよくわからん。「海外とのリンクの有無」「ゴールがセグメントスターか国民的スターか」の2×2で何か作れるかも。

いずれにせよ、ワンオクが海外で闘って、K-POPのグループに日本人がいて、みたいな状況になってきているわけで、「日本の音楽=日本にいる日本人のアーティストが日本にいる日本人のためにやるもの」という図式が崩れてきているのは事実。そして世界につながるサブスクによってこの流れはさらに加速する……という感じで締めたいところですが、時代のトップランナーの星野源と米津玄師はサブスクでは聴けないのでどうにもまとまりが悪いですね。この二人はサブスク使い倒してるでしょうし、早く解禁してくださいということで終わりたいと思います。


あとJ-POPの申し子ことミスチルについて宇野さんと作ったこちらの本も引き続きよろしくお願いいたします。

紅白出場組に蹂躙されてるSpotifyチャートで相変わらず上位にランクインするこの曲の異常な強さはほんとなんなんでしょうか。



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