五百蔵見出し

『砕かれたハリルホジッチ・プラン』完成の舞台裏

ワールドカップ直前に意味不明の理由で代表監督が解任されるという目も当てられないゴタゴタにポジティブな要素はほぼないのですが、五百蔵容さんの初の単著『砕かれたハリルホジッチ・プラン 日本サッカーにビジョンはあるか?』がそのおかげで(?)大きな注目を浴びたことは僥倖といってもいいのかもしれません。

日本サッカー強化の大きな流れの中にハリルホジッチを位置づけるとともに、5レーン理論に代表される現代サッカーを理解するうえでの重要な考え方がわかりやすくまとめられた本作。霜田正浩元技術委員長の重要な証言が記載されているなど、一次資料としての価値も非常に高いです。

そんな意欲的な本を上梓した五百蔵さんに、この本の内容を起点としてインタビューしました。ハリルホジッチのサッカーについて、世界のサッカーの潮流について、日本代表について、そして解任騒動について…と話題が多岐に及んだので、余すことなくお伝えすべく連載企画でお届けします(たぶん全5回)。

1回目は、この本を書いた五百蔵容さんとはどういう人物なのか?ということから始まり、出版直前でのハリルホジッチ解任というピンチを乗り越えどうやって完成にまでこぎつけたか、その顛末についてお届けします。もともとPerfumeつながりで交流が始まった頃からその知識の幅広さと分析の深さには驚かされっぱなしではありましたが、その裏側にあるものを何となく垣間見ることができた気がしました。それではどうぞ。

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【五百蔵容とは何者なのか?】
「歴史の中でどんな意味合いがあるのか」ということは常に意識しています

---最初に「五百蔵容とは何者なのか?」というところからお伺いできればと思いますので、ご自身のバックグラウンドについて教えてください。

五百蔵:大学卒業後の1993年にセガという会社に入社して、10年以上ゲーム作りやシナリオ作り、世界観の構築などに携わりました。手掛けたジャンルはアクションゲームからスポーツゲーム、シミュレーションゲームからギャルゲーまで様々です。今は独立して、ゲーム関係の企画やシナリオを作る会社をやっています。会社を立ち上げて大体12年くらいですかね。
セガに入ったときは日本全体としてはバブルの終わりごろだったんですが、ゲーム業界はすごく元気なタイミングだったんです。90年代というのは、日本のゲームが世界を席巻した10年間で、いろいろ勉強できました。

---もともと「ゲームを作りたい」という願望が強かったんですか?

五百蔵:いや、必ずしもそうではなかったです。「世界観」「シナリオ」みたいなものにずっと興味があって、中学、高校ではアニメを作ったり、大学では映画研究会で映画を撮ったりしていたので、就職を意識した当初はアニメ業界や映画業界に潜り込めないかなと考えていたんですけど…当時のこの辺の業界は今以上に仕事にするにはきつかったというか、まともに生活しながらクリエイティブなことに取り組むのは無理、みたいな状況だったんですよね。そんな中でジブリだったら制作体制が整っているんじゃないかと思って、ツテをたどってジブリの取締役の人にも会ってみたんですけど、その人にも「この業界に来るのはやめろ」と強く止められまして(笑)。「そういうことをやりたいなら、アニメ業界じゃなくてもできる場所はいくらでもある」というような話でした。それで結果的にゲーム業界に入ったんですけど、当時はハードの表現力も上がってきている時期で、いろいろな若い才能がこの世界に入ってくる流れができつつあったんです。ゲーム業界とCM業界でクリエイティブな人たちを取り合うような雰囲気があったように思います。そういった環境で仕事ができてよかったなと、今では思っていますね。

---サッカーに造詣が深くなったのはどういった流れなんでしょうか。

五百蔵:僕がセガに入った1993年がちょうどJリーグの開幕年だったんですが…

---セガはジェフの胸スポンサーをやっていましたね。

五百蔵:はい。それで新入社員はみんなサッカー見なきゃいけないみたいな空気が社内にありました。僕はボールゲームは一通り見ていて、高校サッカーや日本リーグも観ていました。ただ、それまで一番好きなのはラグビーで、サッカーはあんまり本腰入れて観てはいなかった。でも、そんな社内の気運に流されて、まずはジェフから観始めたのがきっかけになりました。ちょうどその前後から、日本代表もオフトの下でしっかりしたゲームをやるようになりましたよね。あの頃のインパクトが自分の中ではすごく大きいので、体感的にはアメリカW杯の最終予選のときのチームがこれまでの日本代表の中で一番強かったといまだに思っているタイプです(笑)。
自分の中で、ラグビーとサッカーの比重が完全に逆転したのは、トルシエのチームの頃からですね。あの当時は日本代表のサッカーの質もどんどん上がっていっていたし、世界全体で見てもサッカーというもの自体が分析的なゲームとしての色合いが強くなっていく時期だったと思います。もともと物事を分析的な視点で見るのが好きで、たとえばアニメを見ながら自分で時間を計って「この動きはこういうコマ数で、これくらいの枚数で表現できる」みたいなことを考えて、タイムシート(アニメの作画に必要なタイミングリスト)を再現して実際に動画を描いてみるとか、そういうことを昔からやっていました。そんな自分の性分とサッカーの進化の方向性がうまく噛み合ったようで、そこからどんどんのめりこんでいきましたね。
今みたいにSNSの時代になる前から友達同士で「この試合をどうやって分析するか」といったことはよくやっていたんですが、Twitterを使い始めてからはそのプロセスをオープンに開示するようになっていきました。あのメディアは試合をリアルタイムで実況して、そこで起こっていることにコメントをつける、という一連の作業ととても相性が良いんですよね。そうこうしているうちに業界の方にも目をつけてもらって、今に至るという感じです。

---「分析的な視点」というのが五百蔵さんのスタンスを説明する上ですごく重要なキーワードだと思うんですが、今のお話と『砕かれたハリルホジッチ・プラン』を読ませていただいた印象を踏まえると、五百蔵さんのおっしゃる「分析」というものには2つのレイヤーがありますよね。1つは技術的な分析、先ほどアニメのコマの話もありましたが、目の前で起こっていることの原理をテクニカルに整理して言語化すること。それからもう1つが「文脈」とか「潮流」とかそういう言葉になると思うんですが、映画なら映画、サッカーならサッカーが、どんな方向に進化していっているのかという流れの中にその現象を位置づけるということ。

五百蔵:そうですね。そういう「歴史の中でどんな意味合いがあるのか」ということは常に意識しています。

---普段のツイートにもその辺は現れていますし、そういう意味で『砕かれたハリルホジッチ・プラン』はすごく五百蔵さんらしい本だなと思いました。

五百蔵:セガ時代の友達からも、「お前がパワポでプレゼンしているみたいな本だった」と言われました(笑)。

---テクニカルな分析はご自身が作り手だからこそという部分が大きいように思いますが、「歴史の中の位置づけ」みたいなことを意識するようになったきっかけみたいなものはあるんでしょうか。

五百蔵:うーん、強いて言えば…『機動戦士ガンダム』(1979)ですかね。あの作品のリアリティというか、登場人物の行動の裏側にある動機と世界全体が動いていく原理が必ずしも一致していない、その中で生き残っていくためにはどうすればよいか、みたいなストーリーの構造に、子供心に衝撃を受けたんです。それでこれは誰が作っているんだろうとなって総監督を務めていた富野由悠季のことを知るんですけど、彼が言っていた「こういうものを作りたいなら、とにかくいいもの、歴史の審判に耐えてきたものを自分で見て覚えるしかない」という趣旨の話に、大きく影響されました。目の前にあるものは必ず何かの影響を受けてきているし、それを踏まえたうえで今あるものを理解しないといけない。そういう考え方は自分が何かを分析するうえでの根幹にありますし、それを実現するためにもこれまでいろんなジャンルの古典には意識的に触れてきました。

---あと五百蔵さんについて語るうえでPerfumeという重要な要素も本来は外せないのですが、それをやり出すとそっちがメインになってしまうので、今回は割愛させていただきますね(笑)。

五百蔵:そうですね、それはまたの機会に(笑)


【『砕かれたハリルホジッチ・プラン』誕生の顛末】
真っ当に仕事をしてきた人のことを本にするんだから、こちらも真っ当な内容で勝負しよう

---そもそも今回の『砕かれたハリルホジッチ・プラン』の企画はどういう経緯で立ち上がったんですか?

五百蔵:今回編集を担当していただいた星海社の石川さんから声をかけてもらいました。彼は清水エスパルスのサポーターで、自身も静岡の地でプレイヤーだった人物です。彼はそのうえ哲学や抽象的な思考の素養も持ち合わせていて、僕が単に「試合分析」をしているだけではなくて、先ほど話に出たような複数のレイヤーを掛け合わせて物事を考えていることをわかってくれていました。それで、やってみようかなという気持ちになりました。

---「ハリルホジッチがどういうサッカーをしていたか」だけではなくて、それが「日本のサッカーの歴史においてどんな意味のあるものだったか」を位置づけようというのが本書の重要なテーマになっていますよね。多くのポップカルチャーは誰かがちゃんと歴史化、アーカイブ化しないとまとまった形で残っていかないと思いますが、サッカー日本代表についても実はそういった領域が手付かずでは、という問題意識があったのでしょうか。

五百蔵:そうですね。もちろんこれまでのスポーツジャーナリズムの中で、たとえば後藤健生さんのお仕事であったり、これまで起こってきたことを緻密にまとめてきたものはあったと思います。今回やりたかったのはそういった事実の集積の先に見えるものというか、これまでとこれからの発展の文脈が読み取れるものを目指しました。映画であれば、扱われるテーマの変遷と実際の作品、それを支える表現のあり方、といったものが一体化したアーカイブがちゃんとあると思うんですけど、オフト以降の代表のサッカーのあり方にそういう物差しを当てるとどういう整理ができるか、というトライをしたのが今回の本です。

---ちなみに、この本についての重大なトピックとして、出版直前にハリルホジッチが解任されるという衝撃的な展開がありましたが…

五百蔵:校了の日、全部作業終わった!というタイミングがまさに解任が発表された日でした(笑)。田嶋会長の会見が月曜日(4月9日)だったんですが、前日の日曜日に最終チェックをして星海社にデータを突っ込んでから寝ていたら、電話がかかってきたんですよ。「やばい、すげーミスしちゃってたかな?」と思って電話に出たら、「解任されるらしいです」って。「ええーー!?」となりまして…(笑)。

---ちょっと想像できないですね、その時の気持ちが…

五百蔵:でも、意外と冷静だったんですよね実は。その後星海社の編集長の方から神妙な雰囲気でこの先の方針案を提示されたんですけど、「あ、じゃあ改稿して出します」とすんなり決めることができました。確かにびっくりはしましたが、リーマンショックで1年分の会社の売上がとんだ悪夢そのものの経験に比べれば、大したことないかなと…(笑)。

---なるほど(笑)。「ハリルホジッチについて話してはいけない」となったわけではないですしね。

五百蔵:はい。商売のことを考えるともっとスキャンダラスな感じというか、JFAを糾弾する内容にスライドするというのもオプションとしてはあったんですが、編集サイドも含めて「真っ当に仕事をしてきた人のことを本にするんだから、こちらも真っ当な内容で勝負しよう」ということですぐにまとまりました。

---タイトルの“砕かれた”も絶妙ですね。

五百蔵:あれは広島サポのまたろびおーらさんのアイデアなんですよ。ツイッターでコメントもらって、「それだ!」となって…(笑)。

---サッカーファンのネット集合知も活用しつつ無事に完成したと。

五百蔵:そうですね。スケジュール的にしんどくはありましたが、周りが何かと囃し立ててくれたので、気分良く最後の作業に臨めました。

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第1回はここまでです。

今回はあくまでも前段ということで、ここからより具体的に本の中身に入っていきます。次回はハリルホジッチのサッカーを理解するうえで必要となる考え方、『エリア戦略』と『戦術的デュエル』について深掘りしたいと思います。『砕かれたハリルホジッチ・プラン』を片手にぜひ!


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