夏フェス_

「フジロック型」ビジネスと「ロッキン型」ビジネス

『夏フェス革命 音楽が変わる、社会が変わる』(blueprint)の内容をベースに、夏フェスをモデルケースとして2010年代のマーケティングのあり方について考える連載企画です。今回は第7回目、最終回です。

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①提供価値の拡張
夏フェス=コンテンツ×エクスペリエンス×コミュニケーション

②協奏のサイクル 
夏フェスは「参加者が主役」、すなわち「ユーザーは事業のパートナー」

③「周辺」のユーザーを取り込む 
“濃い音楽ファン以外”にも支持される夏フェス

④SNS時代の基本原理 その1
夏フェスは最強の「自己演出コンテンツ」である

⑤「モテ」はビジネスをドライブさせる
「カップルでフェスに来てる奴らは○ね!」

⑥SNS時代の基本原理 その2
夏フェスで理解するスクランブル交差点(ハロウィン、サッカー日本代表戦)

⑦時代に合わせた事業ドメインのスライド←今回これ
ロッキング・オン社と渋谷陽一氏の何がすごいのか?

⑧ユーザーを育成する←今回これ
「フジロック型」ビジネスと「ロッキン型」ビジネス

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連載最終回では、フジロックとロック・イン・ジャパンという「日本のフェスのパイオニア的存在」と「拡大を続ける日本最大のフェス」について取り上げたいと思います。

ここで注目すべきは、この2つのフェスが体現する思想の違いです。フジロックの根底には「社会を変える」というメッセージがあり、ロック・イン・ジャパンは「常に客とともに変わっていく場」として設定されている。前者はその目標のためには短期的には売上減少の可能性すらある施策を打ち、後者は客のニーズを汲み取りながら売上最大化を目指す。前者はユーザーを育成し、後者はユーザーを入れ替えていく。

ビジネスに「正解」というものはありません。ただ、「一貫性」は非常に重要であり、かつ「いいとこどり」はなかなかうまくいくものでもありません。

自分たちのビジネスは何を目指すのか。そして、そのために何をするのか。定着したフェスのあり方からは、そんな月並みですが意外とないがしろにされがちな問いについてしっかり考える重要性が改めて浮かび上がってきます。

>>以下『夏フェス革命 音楽が変わる、社会が変わる』より引用/編集

ロッキング・オンに備わる「協奏」のDNA

VOICES OF ROCK IN JAPAN FES. 2016 この夏、奇跡の4日間を作り上げた「主役」たちの声を掲載

これは2016年のロック・イン・ジャパン終了後に発売された雑誌『 ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2016 』(『 ROCKIN'ON JAPAN 』2016年9月増刊号/ロッキング・オン/P20 8〜209)における投稿コーナーの見出しである。このコーナーには見開き2ページにわたってフェス参加者9人( 20 歳前後が多い)の投稿が載っている。その年に出演したアーティストのライブレポートやステージ上の写真と並んでこういった記事が出ることに、フェスの参加者を「主役」として扱うロッキング・オンのスタンスが垣間見える。

先ほどロッキング・オンについて「1972年に同人誌として創刊」と述べたが、この読者投稿というカルチャーはロッキング・オンの歴史そのものでもあると言ってよい。ロッキング・オンの創設メンバーの一人でもある橘川幸夫氏の著書『ロッキング・オンの時代』(晶文社/2016年 11 月)にはそのあたりのニュアンスが詳細に描かれている。

たとえば、この本で紹介されているロッキング・オンの創刊宣言には以下のような表現がある。

 掲載されている原稿は全て基本的には投稿という性格を持つものである。そして読者すな わち参加者という性格を持つ雑誌である。文章の長短、内容、そして技術は一切問わない。ただの感想文ではない、自分を語りそし てロックを語った文章であれば経済的条件が許すかぎりのせていきます。(前掲書/P 35 )

また、橘川氏が『ヤング&子ども通信   61 号』(子ども調査研究所/1975年5月)に書い た原稿では、ロッキング・オンについて以下のような形で触れている。

この際ですので、宣伝をしますが、私達は 72 年夏より「ロッキング・オン」という雑誌を 隔月ではありますが、定期的に発行しています。ロックの主役はロック・ミュージシャンやレコードではなく、無名・無数のロックファンであるという認識を基本として、できるだけ投稿という型で原稿を掲載しています。  (前掲書/P225)

こういった文章を見る限り、「読者が主役」「参加型」というのは雑誌創刊以来ロッキング・オンが 40 年以上一貫して維持しているスタンスであると言って良さそうである。現在発刊されているロッキング・オンの雑誌における投稿記事の割合はほんの一部ではあるが、最近ではウェブ上においてリスナーの投稿のみで構成されたサイト「音楽文」を運営している。

「雑誌の出版」と「フェスの開催」。ぱっと聞いたかぎりでは、必要なアセットも注意すべきポイントもまったく異なる事業のように思える。ただ、実はフェスを拡大するために必要な「参加者との協奏」ということを出版領域でひたすらやり続けてきたのがロッキング・オン、とも言える。そう考えると、この会社のフェス事業への参入は「荒唐無稽な新規事業の立ち上げ」ではなく「企業のDNAに沿った的確な多角化」だったのかもしれない。

『ロッキング・オンの時代』には、この会社の創設者でもあり現在も代表取締役を務める渋谷陽一氏に関するエピソードも豊富に載っている。これらを読むと、彼が率いるこの会社が「プロの客」というスタンスを貫きながらフェスをビジネスとして成功させているのも納得できる。

いつだったか、僕がロッキング・オンを離れて、久しぶりに渋谷に会った時に、「おまえの楽しみってなんだ」というような質問をしたら、こういう答えが返ってきた。「雑誌の広告料金を値上げするじゃないか。それで渋るクライアントに、なんとかお願いしますよ、と説得する時に至上の喜びを感じるな。ひっひっひっ」と。実業家として成功するには、こういう体質でないとダメなのか。(前掲書/P 30 )
 
僕が 10 年後にロッキング・オンをやめる時、創刊号から 20 号ぐらいまでは各200冊を確保して、僕の家の倉庫に保管してあった。その頃にはすでにプレミアムがついていたから、渋谷にどうしようか、と相談したら、渋谷は、「オレは定価で売ってたものに、付加価値つけて値段を吊り上げるのが嫌いなんだ。定価で、ロッキング・オンの読者に売ろう」と言って、幻の創刊号も、150円で全部売ってしまった。渋谷は、ビジネスに厳しい男だが、また同時に倫理的には潔癖なところがある男だ。 (前掲書/P 45 )

ちなみに、そもそもは読者から原稿を募る形で生まれたロッキング・オンだが、最近ではユーザーとの接点の持ち方が少し変わりつつある。たとえば、先ほど紹介したロック・イン・ジャパンの感想を掲載するコーナーは、2017年に増刊号の発売がなくなったことに伴い消滅した。また、2016年末から年明けに開催したCOUNTDOWN JAPAN (同社が年末の4日間に幕張メッセで実施するロックフェス。約 18 万人を動員)では、参加者から「感想文」ではなく「写真」を募集していた。

そもそもは「ロックについて“語る”」ことでコミュニティを形成してきたこの会社だが、そのあり方について試行錯誤をしている様子がうかがえる。

今ではロッキング・オンという会社は、もしかしたら「ロックジャーナリズムを司る会社」というより「大型フェスを開催する会社」というイメージの方が強いのかもしれない。雑誌という媒体がビジネスとして苦しくなってきているのは周知の事実だが、ロッキング・オンはそんな時代に突入する前の2000年代前半からフェスを事業の一つに組み込み、成長を果たしている。他の業界を見渡しても、売上の主力をここまでシフトさせながら企業を成長させたケースはなかなかレアなのではないだろうか。

最近ではロック・イン・ジャパンでの飲食店の展開をさらに発展させる形で「まんぱく」というフードフェスを東京と大阪で開催しているロッキング・オン。その事業領域は、もはや音楽とすら関係のないイベントにまで及ぶようになった。このあたりが「ロッキング・オンはもはやフェス会社」と揶揄される所以である。ただ、前述の通り、ロッキング・オンにとってフェスというのは実は企業のDNAを正当に拡張したビジネスである。今後もこの方向でさらなる拡大を続けていくのだろう。

「フジロッカーズ」の高齢化と育成、ブランド強化

参加者の「協奏」によってその形が組みかえられてきたフェスは「時代を映す鏡」であると前章で述べたが、もしそうなのだとすれば今のフェスには「この先の社会を見通すためのヒント」についてもすでに何かしら映し出されているのではないだろうか。

フジロックが初めて開催された1997年から 20 年が経過し、日本の社会はいろいろな側面において変化した。そんな中で 20 年間一貫して続いている傾向が「高齢化」である。この 20 年間で、総人口に占める高齢者( 65 歳以上)の比率は大きく上昇した(国勢調査の結果から算出すると、1995年で 14 %、2015年で 26 %)。

こういった状況の中でビジネスの舵取りを行うことは当然だが非常に難しい。目の前の売上を稼ぐことに特化するのならば、ボリュームの多い高齢者層に注力して事業を展開するというのは合理的な判断の一つである。最近のマスメディア(テレビや新聞)はその傾向が顕著なように思えるし、それ以外にもたとえば「高齢者は孫への出費を惜しまないのではないか」というような世代特有のインサイトを突くやり方も様々な業界で採用されている。ただ、こういった手法もいずれは立ち行かなくなる可能性が高い。中長期的にビジネスを成立させていくためには「次世代の育成」という視点が必須になる。

一方で、当面の収益をなんとかしないといけないタイミングで未来に向けた投資にまで取り組めるかというと、そこまで手が回らない事業者が多いというのが実情だろう。

いわゆる「フェス市場」は、多くの産業が人口減少による国内市場縮小への対応に苦慮している中で右肩上がりの成長を続ける珍しいマーケットである。その背景にはここまで述べてきたような「提供価値の拡張」と「協奏のサイクル」があり、そういった動きは本連載で述べたようなSNSの浸透に代表される時代の流れにうまくはまることでより活性化された。そんな好調を維持するフェスというエンタメであっても、日本社会全体と同様に「高齢化」の波を少しずつ受けつつある。1997年に 20 歳だった人は現在 40 歳、 30 歳だった人は現在 50 歳。2017年はフジロック終了後、「フジロックに行くおじさん」にフォーカスした記事がネット上で話題を集めた。フェスは若者のレジャーであると同時に、「おじさんおばさんたちの集い」という側面も持ち始めているようである。

夏フェスの元祖「FUJI ROCK FESTIVAL 2017 」が7月 28 〜 30 日に開催された。音楽とエ コをコンセプトに富士山のふもとで始まった夏フェスも今年で 21 回目。来場者数は 12 万50 00人、ロックな若者が集いエネルギーを爆発、発散させる祭典のはずが、現場は〝おひとりさま〟中高年の坩堝と化していた。その昔、日刊ゲンダイ記者が初めてフジロックに行ったのは 02 年。当時は、音楽、アパレ ル、美容業界など〝おしゃれ職業〟の若者が集結。ヒッピールック、カラフルなタトゥーの人も多く、どんな音楽が好きなのか一目でわかったものだ。今回、何より驚いたのは、中高年の多さだ。見る限り観客は 30 代以上。 50 代、 60 代の白髪まじりの〝おひとりさま男子〟も目立つ。特に元ロック野郎だったタイプでもなさそうな、ごくごく普通のサラリーマンタイプ。至極、平和な風景である。


参加者の高齢化が取りざたされているフジロックにおける特筆すべき取り組みが、若年層のチケット代の扱いである。これまでもフジロックは「家族連れでも楽しめるアウトドアイベント」として認識されてきた。ただ、フジロックはとにかく出費のかさむイベントである。山登りと同レベルの装備、交通費、宿泊費、会場で過ごすための諸経費、そしてもちろんチケット代……1人でもそれなりの予算が必要になるわけで、これが家族みんなで参加となるとその負荷はなかなか大きい。そういった状況において、フジロックはこれまで「小学生まで無料」だったチケットを2016年から「中学生まで無料」に変更した(保護者同伴の場合に限る)。

おそらくこれには「フジロック参加者の高齢化への対応」という観点において2つの意味がある。まず、前述のような家族参加をする層に関する負担減。家族が増えた分だけかかるお金も増えるという構造において、チケット代だけでも減額されるというのはとても大きい。2017年の3日間通し券が先行発売時で3万9800円だったので、仮に中学生の子供が1人いる家庭であれば約4万円、2人いる家庭であれば約8万円が浮くということを意味する。この措置は、「子どものチケット代がかかるようになったらフジロックを卒業せざるを得ない」というようなケースを減らす効果があるはずである。

そして2つ目が、次世代の育成への貢献である。筆者が初めてフジロックに行ったのは高校2年生だった1998年だが(と言ってもこの年は東京・豊洲で行われたイレギュラーな回だった)、高校生くらいになると自力でフジロックに参加する層も徐々に現れてくると思われる。中学生というのはそういった層の「予備軍」であり、彼らのフジロック参加をこの施策によって促すことで、中長期的な「フジロッカー(フジロックファン)」の育成とあわせて直近の参加者確保にも効果があると思われる。

フジロックは2016年の中学生チケット無料化と同じタイミングで「こどもフジロック」というサイトを立ち上げた。立ち上げにあたって掲載されたテキストの下記の部分から、ターゲット層のライフスタイルの変化による情報発信範囲の拡大、および「小さいころからフジロックが身近にある層」の育成に心を砕いているさまがうかがえる。

すべての内容が「子どもをフジロックに連れて行こう」に続くものになる予定で、「子どもをフジロックに連れてくるとこんな良いことがあるよ」という話や「こんな風に子どもと遊べるよ」「こうしたらちょっとは楽できると思うよ」といった子連れフジロッカーズとプレ子連れフジロッカーズに役立つ耳より情報をお届けしていきます。
(スマッシュ「こどもフジロック」


フジロックは自分たちのやっていることを「単なる収益のためのビジネス」としてだけでなく「社会のあり方を変えるための運動」として捉えているふしがある。その志を実現するためには、直近の売り上げ確保だけでなくフジロックが掲げる思想に共感する人を増やしていかなければならない。そのためにはユーザーの教育が必要不可欠であり、中学生のチケット無料化や「こどもフジロック」はそのための投資ということになるだろう。イベントとしての文脈をクリアにしていくこういった取り組みは、真の意味での「ブランディング」と呼べるものである。

フジロックは苗場で開催された1999年以降、金土日の3日間実施というフォーマットを継続している。平日は週末より人が集まりづらい、つまりチケットが売れづらいという状況は相変わらずのようだが、それでも「日本の休暇や習慣性を、フジロックに参加することでちょっとでも変えていくきっかけにならないかなと思う」(前掲『やるかFuji Rock 1997 2003 』/P196)という日高正博氏の思想をベースに頑なにこのスタイルを貫いている。「金土日」の開催から「2回の週末」の開催としてチケット販売をさらに拡大したロック・イン・ジャパンのスタンスとは好対照である。ここについては、自らが掲げる文脈を強化する施策を行い価値を貯めていく=ストック型のフジロック、その場その場の流行を取り入れながら売上を最大化する=フロー型のロック・イン・ジャパンという違いがわかりやすく出ているポイントである。

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子づれでフェスに参加する話については個人的にも関心があります。インタビューに答えたりもしました。

もうすっかり秋めいてきましたが、来年以降も夏フェスはたくさん開催されると思います。そういった動向を引き続き注視することで、見えてくることがいろいろあるのではないかと思います。

というわけで、これで連載「夏フェスがわかればマーケティングがわかる」を終わりました。過去記事はマガジンにまとめてますので、ぜひ全記事ご参照ください!思考を深めるうえでの何かしらのヒントになれば幸いです。

※詳細は拙著にて


もし面白いと思っていただけたらよろしくお願いします。アウトプットの質向上のための書籍購入などに充てます。