日本サッカーにおいて「本田圭佑」とは何だったのか?そしてロシアW杯へ

『砕かれたハリルホジッチ・プラン』の著者、五百蔵容さんと本を起点にいろいろお話を伺ったインタビュー連載企画5回目、最終回です。過去の連載はこちら。

最終回は、2010年代の日本サッカーを語るうえで欠かせない存在、本田圭佑という選手についての話題から。彼がプレーヤーとして直面している現実と、本田を「ケイスケ・ホンダ」たらしめている原動力でもある「大きな目標を公言してそこに向かっていく」という行動様式の功罪についてまで話が広がりました。それではどうぞ。

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【本田圭佑という存在】
現代サッカーにはスペックの足りない選手になってしまっている

---今回の解任騒動では本田圭佑の名前がいろいろなところであがりますが、彼についてはどう評価しますか。

五百蔵:そうですね…ハリルホジッチは本田を買ってはいましたが、おそらくはチームの中心として使うつもりはなかったんじゃないかなと思います。自分が考えているサッカーの強度には到底対応できないけど、いざ点を取るという時にはそのパワーが必要になる。おそらくそういう位置づけだったのかなと。ただ、その枠には宇佐美がいて、乾がいて、最後の遠征では中島も台頭してきた。一方本田は…というのが、最終的に彼の置かれていた状況だったのかなと。

---監督が変わってだいぶ立ち位置も変わりましたが、明確に欠点を指摘されない現状は彼にとっては最高でしょうね。

五百蔵:(笑)。個人的には、この先の日本サッカーのためにも、この本田圭佑という選手を再定義することが必要なんじゃないかと思っています。結局彼はCSKAモスクワレベルの選手で、それ以降は自身の大言壮語に現実を合わせていくということができなくなってしまった。まずはその事実をきっちり明らかにする必要があるんじゃないかなと。本田も間違いなく「グアルディオラショック」の犠牲者で、彼がミランに移籍する頃には、いくらボールキープができたとしても試合中にスプリントを20回30回、戦術的に必要な頻度繰り返せない選手は使えない、よほど特権的なスペシャリティが無い限りは足が遅い選手も使えない、という時代が到来してしまっていたんですよね。だから、セリエAで当時は中堅クラスだったミランですら、レギュラーになれなかったわけです。意志の力で自分の限界を突破してきた選手であることは間違いなくて、それは100%のリスペクトに値するんですが、実態として現代サッカーにはスペックの足りない選手になってしまっている、という部分についてはもっと理解された方がいいんじゃないのかなと。そういう認識のないまま、彼のビッグマウスストーリーに周りが付き合ってしまっていることで、いろいろ歪みが生じているのかなと。

---大言壮語という話もありましたが、彼の思考プロセスや言葉使いにはいろいろな潮流が流れ込んでいますよね。「意識高い系」だったり「自己啓発」だったり…<高ければ高い壁の方が 登った時気持ちいいもんな>(Mr.Children「終わりなき旅」)ですよね、基本的な発想が。

五百蔵:ああいうのが罪深いのは、別に「高い壁の方が良い」って言わなくても目の前の壁をどう乗り越えるかは考えられるはずなのに、そういう言葉自体に囚われてしまうというか、「大きな目標に立ち向かう」みたいなことに目がいってばかりで具体的なノウハウを研鑽する妨げになったりするんですよね。実際にはそこに近づくアウトプットは何もできていないし能力も向上させられていないのに、「大きな目標に立ち向かっているからいいんだ」「その姿に痺れる憧れるからいいんだ」というふうになって、現実的で無くなってしまう。僕たちが本田を買いかぶりすぎてしまっていることの源流には中田英寿がいるようにも思いますし、その辺りは改めて整理してみたいところです。

【ワールドカップを迎えるにあたって】
「マクロなことを考えたら君たちは犠牲になってもらうより仕方ない」ということを言わざるを得ない今の状況は本当にひどい

---『砕かれたハリルホジッチ・プラン』を読んだり、今日お話を聞かせていただいたりする中で、いろいろなことがクリアになっていくのとは別の感覚として、絶望感というか、「このままじゃやばいんだな日本のサッカー…」という気持ちが強まっていく感じがあります。

五百蔵:そういう感想をいただくことも結構ありますね(笑)。この先のためにも、ハリルホジッチがやってきた仕事はさらにディティールにまで踏み込んでちゃんと検証していかなければならないと思っています。

---ハリルホジッチのチームであれば、仮に3連敗したとしても将来に向けての知見が貯まっていたんですよね。

五百蔵:すごくはっきりしたデータが採れたと思いますし、検証しやすいチームになっていたんじゃないかなと思います。

---そうは言っても、西野体制でワールドカップで日本が試合をすることはもう決まっているわけですが、無理やりポジティブな要素を見出すとすれば今回のワールドカップにどう臨むのがいいと思いますか?もしかしたら「この先のことを考えると全部膿が出て良い」みたいな話があるのかもしれませんが…

五百蔵:そうですね…西野さんに理性的な判断を望む、相手との力関係を正直に反映させた戦術のチョイスを、というのはあるんですが、どうせやるなら、日本の素の力のまま戦ってほしいですね。ハリルホジッチの遺産がどうとかじゃなくて、もうザックジャパン西野バージョンでいいですよ(笑)。そうやってみんながやりたいことをやった方が、仮に砕け散ったとしてもこの先につながる敗北になるんじゃないでしょうか。ただ、メンバー選考とかを見る限り、「西野さんはほんとに何も考えてなかったんだな」というのが伝わってくるのは気になってますね。本来西野さんはすごく好みがはっきりしているし、選手に対するこだわりもめちゃくちゃ強い人だから、もし「ハリルホジッチじゃなくて自分がやるなら…」みたいなことをちょっとでも考えていたのであれば、そういうのがメンバー選考に少しは出ていたんじゃないかなと思うんです。結局ハリルホジッチのラージリストを元にしたチーム編成になっているわけで、問題が顕在化しづらい状況になっているなとは感じます。

---やっぱり改めて前向きにスタートを切るには、現状を把握して、一度リセットするようなプロセスが必要ということなんでしょうか。

五百蔵:……マクロな観点に限って言えば、そういうことになってしまうと思います。ただ、こういうことを言うのは本当はすごく嫌なんですよね。何でかって言うと、おそらくこのワールドカップでしか戦えない、キャリアの中で一度だけのワールドカップになるかもしれない選手が何人もいるわけじゃないですか。年齢の巡り合わせ的に。あの柴崎岳だって、もう26ですよ。ああいうレベルの選手が、もしかしたら今回のワールドカップが最初で最後になるかもしれない。そんな選手たちにとって、その一度きりの舞台が「問題を可視化するために散ればいい」みたいな場として扱われてしまうなんて、受け入れがたいことだと思うんです。

---はい。

五百蔵:柴崎だけじゃなくて、原口元気もそうですよね。ハリルホジッチのままだったら、おそらく選ばれて、後ろ髪引かれることもなく自分の実力を発揮できる状況でワールドカップに臨めたはずの選手たちに、「マクロなことを考えたら君たちは犠牲になってもらうより仕方ない」ということを言わざるを得ない、そういう状況が生まれてしまっているというのはあまりにもひどいなと思っています。「マクロが良ければミクロはどうなってもいい」ということを考えるしかない、というのはほんとにしんどいなと。…だから、そういう選手たちには本当に頑張ってもらいたいです。

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本田のことはとても好きな選手だったんです。ロシア大会で、この記事がスーパー的外れになるような活躍をしたら、それはそれで受け入れられるような気もしています。

そして、とても印象に残った五百蔵さんのこの言葉。

「そういう選手たちには本当に頑張ってもらいたい」

今の代表にいろいろ言って、「もう興味なくなった」「どうでもいい」と表明している人たちのうち、何割かの人たちの本音は、五百蔵さんの最後の言葉と重なるのではないでしょうか。

こういう複雑な気持ちで日本代表の試合を見るのは本当に嫌なんですが、正々堂々と選ばれた選手たちにはとにかく全力を出し切ってほしいなと思います。

5回に渡る連載もこれにて最終回となりました。もしよろしければ1回目からまとめて読み返していただくと、また発見があるかと思います。お忙しい中お時間いただいたいた五百蔵さん、そして読んでいただいたみなさん、ありがとうございました。


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