ハリルホジッチのサッカーへの「誤解」と、サッカーリテラシー向上のための「言葉」のあり方

『砕かれたハリルホジッチ・プラン』の著者、五百蔵容さんと本を起点にいろいろお話を伺ったインタビュー連載企画3回目です。過去の連載はこちら。

3回目となる今回は、「縦に速い」というイメージが定着していたハリルホジッチのサッカーの捉え方について。「ほんとにそうなんだっけ?」という話から、そもそもそういう思い違いが生まれる背景にあるサッカーリテラシーの問題、および日本のサッカー界全体としてサッカーを見る目を向上させていくために何ができるか、というような話をしています。それではどうぞ。

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【ハリルホジッチのサッカーは理解されていたか?】
「縦に速く」ではなく「裏に速く」

---『砕かれたハリルホジッチ・プラン』に通底する大きな問題意識として、「そもそもハリルホジッチという監督のやってきたことが正しく理解されていないのではないか?」という問いがあると思います。仮に解任されていなかったとしても、ワールドカップを迎えるにあたってきっと批判的な意見がいろいろ飛び交っていたように思いますが、ここまでご説明いただいた通り先進的な取り組みをしていたはずのハリルホジッチのサッカーはなぜ世論にあまり受け入れられなかったんでしょうか?

五百蔵:うーん…こういう言い方をすると誤解を招く部分もあるかもしれませんが、一言で言うと面白くなかったんだと思います(笑)。

---なるほど(笑)。「面白いか否か」というのも、それはそれで主観的な話ではありますが。

五百蔵:たとえば僕自身はグアルディオラのサッカーもモウリーニョのサッカーも面白いと思いますが、一般的には後者については「守備的でつまらない」というフォルダに入れられがちですよね。ハリルホジッチもそういう感じでの扱いになっていたのかなと。モウリーニョもハリルホジッチも仮に「守備的」だったとしてもそれは自陣にブロックを作ってカウンターだけ狙うなんて話ではないし、高い位置からもいろいろなことを仕掛けていくサッカーなんですが…ただ、大きかったのは、ハリルホジッチが「ボールを保持する」ことにはこだわっていなかったことかなと思います。ボールを扱うエンターテイメントである以上、比較論としてボールを持っている方が面白く見えるというのはあるんじゃないでしょうか。

---「ボールを持っていたい」もしくは「ボールを持っていないといけない」という考え方は日本では根強いように思いますし、選手側もそういう考えを持っていたりしますよね。それこそ本田圭佑もそうでしょうし。

五百蔵:そうですね。「ボールを握らなきゃいけない」という意識はいろいろな立場に根強く存在していると思います。

---少なくともハリルホジッチはボールを保持しようというサッカーをしていませんでしたが、それがそのまま「ハリルホジッチのサッカー=縦に速いサッカー」、もっとひどいときは「放り込みサッカー」みたいな評価につながっていってしまった側面がありますよね。「そもそも“縦に速い”なんて言葉をハリルホジッチは一度も使っていないのでは?」というお話は、本の中にも書かれていましたしツイートでもたびたび言及がありましたが、見ている人のみならず選手サイドもそういう理解にとどまっていた部分があるのかなと思います。ここに関しては本当に「コミュニケーションの問題」が生じていたのかもしれません。

五百蔵:おそらく選手によって理解度に差はあったと思います。たとえば大島僚太が招集されて結構簡単にハリルホジッチのサッカーに入っていきましたが、彼はハリルホジッチが言っていることと風間さんが言っていることを同じようなものとして捉えることができてたんじゃないかなと。ハリルホジッチが言っていることの本質は「縦に速く」ではなくて「裏に速く」なんですよね。その「裏」というのは必ずしも「最終ラインの裏」ではなくて、常に相手の守っている場所のギャップをとっていく、ということになると思います。

---風間さんの言う「背中をとれ」という話と言っていることは近いわけですね。

五百蔵:はい。彼はハリルホジッチが来て以降デュエル面で劇的に向上した選手の一人だと思いますし、けがをしていなかったら、早いうちからハリルホジッチの代表になじんでいたら、だいぶいろいろなことが変わっていたと思うんですが…


【サッカーファンのリテラシー向上を目指して】
やりたいのは「階段を作る」こと

---ハリルホジッチのサッカーのベースでもあり、またヨーロッパのサッカーを読み解く上での基本にもなる「エリア戦略」というものについてここまでお話しいただきました(注:詳細は連載第2回目を参照)。おそらく多くの人にとっては必ずしも以前から馴染みのある考え方ではないというのが実態だと思います。一方で、最近では海外の最先端の戦術トレンドを伝えるような日本語の情報も増えてきました。僕が気になっているのは、こういった「知見の断絶」とでも呼べるような状況についてなんですけど、たとえば昨年話題になった五百蔵さんと結城さんの対談がありましたよね。とても勉強になったんですが、やっぱり「読む人によっては難しすぎる」ものなんじゃないかなとも思うんです。

五百蔵:そうですね、それはわかります。

---僕自身サッカーを見ている期間自体はそこそこ長いですが、試合を見てすぐに戦略的な意図がつかめるかというとそんなこともないし、海外の戦い方のトレンドを言語化できるわけでもない。ただ、マジョリティはどちらかというとそういう層だと思います。で、そういう人たちの「サッカーを見る目」の底上げがない限り、やっぱり競技のレベルも高くなっていかないと思うんですよね。もちろん「どの層に向けて情報を発信するか」によって情報の噛み砕き方は変わってくると思うんですが、「物事を正しく評価して歴史的に意味のあるものに仕立てよう」という五百蔵さんの問題意識に正面から向き合うならば、広く伝わるということも重要なのかなと思います。そのあたりの「骨太な分析をする」、そしてそれを「分かる人がわかればいい、ではなく文化の底上げにつながる形で発信する」というともすればトレードオフになりそうな部分についてどのようにお考えですか?

五百蔵:二極化が進行している時期だという認識は持っています。戦術的な話に興味を持ってくれる人、そういうことを自分で書いたりする人、そこから指導者の勉強を始める人が若い層から出てきているのは素晴らしいことだと思いますが、そういう人たちとそうじゃない人たちをつなぐ言葉をどう作るかという部分についてはまだ過渡期というか、明確な答えはないですよね。

---分かっている人たちからすると、「そもそもつなぐ言葉はいるのか?」という話にもなりますよね。また、その逆側にも「いちいち理論を振り回すのは鬱陶しい」「感じることこそ最高」というような流派もいます。これはどんなジャンルでもそうだと思いますが。

五百蔵:「もともと難解なものなんだからわかりやすくしたって仕方ない、わかりやすくする過程で肝心なものがこぼれ落ちてしまう」っていう意見も僕はよくわかるんです。楽にわかった気になりたい人たちの手助けをしたって何もならないんじゃないか、というのも確かにその通りです。ただ、現時点でピッチ上の複雑な事象を理解できる人であっても、サッカーを見始めた頃からそれができたわけではないと思うんですよね。だから僕がやりたいことは、「階段を作る」というか。「10行で全部教えてください」というような要望には応えられないけど、順を追ってサッカーをどうやって見れば面白いかを知っていけるステップを示していけたらいいなと。じゃあどんな階段を作るの?というところに今のところ具体案はないんですけど、少なくとも『砕かれたハリルホジッチ・プラン』はそういう意図をもって企画したものです。

---5レーンの話を図解して説明しているのも今お話しいただいた部分につながりますよね。「ああいう考え方を知ることができたので、サッカーを違う視点で見られそう」というような趣旨の感想ツイートも散見されます。

五百蔵:何かしらのきっかけになったのであればとても嬉しいですね。もちろんあれを読んだだけで突然サッカーのことがわかるようになるわけではないと思いますし、たとえばポジショナルプレー一つとっても、あれにはこれまでのサッカーの戦術史が凝縮されたうえでできあがっているわけで、本質的な理解に迫ろうとするならハンガリーの3-2-5から勉強し直さないといけないみたいな話になるわけです(笑)。そこまでいかなくても、せめてアリゴ・サッキくらいからは…とか。誰しもにいきなりそれを求めるのは無理、かと言ってじゃあ素人さんお断りというのも違うでしょうし、そういった世界への入口になるものをこの先も提供できたらいいなと考えています。

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後半のサッカーを巡る言葉の話に関しては、今回ぜひ聞いてみたかったことです。

記事内でも紹介した対談記事に登場する五百蔵さんや結城さんを筆頭に、サッカーを戦術的視点でロジカルに分解し、海外で広まりつつあるタクティクスを噛み砕いて伝えてくれる方々が増えてきました。

ヨーロッパの最先端の戦術トレンドを元にサッカーを読み解く記事の多くは大変面白く刺激的なのですが、中にはどうにもとっつきづらかったり、もっとひどいものになると「海外のサッカーはこんなにすごい、それを知らないあなたは遅れているし、こういうことが広まっていない日本のサッカーも遅れている」といった匂いをぷんぷん発散させているものもあるように感じます。

これはおそらくサッカーに限ったことではなく、たとえば自分が深くコミットしている音楽においても頻繁に見られる構図ですし、おそらくあらゆるジャンルでこういうことが起こっているんだろうなと思います。

個人的にはこういった「クラスターごとの分断」、つまりは
・情報をいくらでも追いかけられる時代なので、詳しい人はどんどん詳しくなる
・興味ない人はそういったものに全く興味を示さない(「自由に楽しめばいいよね!」)
・そんな状況に嫌気がさした詳しい人たちが仲間内でこもる
・ますます知識の差が拡大する
・でもマジョリティーは「知識のない層」
こういう状況をいかに打破するか、というところに大きな問題意識を持っているので、五百蔵さんの「階段を作る」という話は非常に共感できるものでした。

インタビュー中にもありましたが、『砕かれたハリルホジッチ・プラン』はまさに「階段の第一歩」としては最適な本だと思います。重版分も本屋に並んでいるようなので、未読の方はぜひ。

次回は日本代表のサッカーの歴史を振り返りつつ、例の解任事件をどう解釈するかについて聞きました。公開までしばしお待ちください。


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