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ハリルホジッチ解任は「必然」だった?日本代表の歴史とJFAのガバナンスから再考する

『砕かれたハリルホジッチ・プラン』の著者、五百蔵容さんと本を起点にいろいろお話を伺ったインタビュー連載企画4回目です。過去の連載はこちら。


今回は、『砕かれたハリルホジッチ・プラン』の大きなテーマのひとつでもある「日本代表サッカー史」の話から始まります。

残念ながら世界のサッカーとは少し差がついてしまった日本の現状について、ターニングポイントはどこだったのか?そんな日本代表の変遷は、ハリルホジッチの解任にも幾ばくかの影響を与えていたのではないか?そして、話題は解任事件の裏側にあるJFAの組織のあり方に移っていきます。それではどうぞ。

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【代表のサッカーの変遷】
トルシエを総括できなかったことが大きい

---『砕かれたハリルホジッチ・プラン』ではハリルホジッチのサッカーだけでなく、これまでの日本代表のサッカーがどういう道筋を歩んできたかについてもまとめられています。約25年ほどの流れの中で、今の日本サッカーの状況を考えるうえで重要なポイントなどがあれば教えてください。

五百蔵:そうですね…やっぱりジーコが監督になった時じゃないですかね。今回改めておさらいしていて、トルシエを正しく評価、総括できなかったというのはリアルタイムで思っていた以上にインパクトの大きい出来事だったんだなと。

---ハリルホジッチが目指してきた「複数のエリアで戦えるチーム」というのをトルシエはある意味実現していたのではないか、という話も本の中には出てきます。相手との力関係と布陣によって、堅いサッカーにもスペクタクルなサッカーにも対応できるチームでしたね。そこから「個が大事だ」というジーコにがらっと方針が変わっていったのはなんだったんでしょうか?単純にトルシエが嫌われていたんですかね?(笑)

五百蔵:「あいつは気に食わないからあんまり持ち上げるのはやめよう」くらいのことはもしかしたら川淵さんは思っていたかもしれませんが、「トルシエ憎し」で彼のやってきたことを全部捨て去ろうみたいなことを考えていたわけではないと思うんですよ。実際、彼がやってきたことはメソッドとして下の世代のチームにも伝えられていたわけですし。
ただ、西村さんのチームが(2001年の)ワールドユースで負けちゃったりして結果が出ない中で、何となく「これじゃないんじゃないか」という雰囲気になっていったようにリアルタイムでは感じていました。そうやって目先の結果に振り回されて方向性がぶれた上に、ジーコが誰もが想像しなかったレベルで「自由なサッカー」を展開したと。本来は「トルシエの持ち込んだ組織サッカーがビルトインされたうえで、それぞれの選手がもっとレベルを上げていく方向に」みたいなことを狙っていたはずが、全然違うものになってしまった。
そういうことがあって次はオシムに頼むわけで、これは組織的なサッカーができてかつ日本人の特徴も知っているからこその人選なのである意味元の流れに引き戻そうとする動きですが、やはりこの4年分のロスは大きかったように思います。結局「トルシエのサッカーとは何だったのか」みたいなことを正しく咀嚼する、もしくは発展的に作り変えるというプロセスを経ることなく、時間だけが過ぎてしまったというか…

---オシム体制は残念ながら途中で強制終了となってしまうわけですが、一応そこから岡田→ザック→アギーレとハリルホジッチと「特定エリアで戦える→臨機応変にエリアでの戦い方を組める」というようにそれなりの一貫性を持って代表の強化は進んでいた、という評価も五百蔵さんはされていますよね。その一方で、海外のサッカーとの差はますます大きくなっているような印象も受けます。

五百蔵:これは…全部グアルディオラがいけないんですよ、きっと(笑)。

---(笑)。

五百蔵:「全部」は冗談にせよ、グアルディオラの成功の背景をヨーロッパの人たちが理解してサッカーという競技自体が爆発的な進化を遂げたのに対して、日本はグアルディオラのやっていたことを誤解してしまった、あまりうまく解析できなかった集団に含まれると思います。「誰がどう誤解したか」というのはちゃんと精査しないといけないんですが。

---「バルサ症候群」みたいな感じでしょうか。華麗にボールが回るところだけに目がいってしまったというか。

五百蔵:オシム体制が続いていればそういうことにもならなかったかもしれませんが…あと、この話もおそらく「トルシエをちゃんと総括できなかった」というところに戻っていくんだと思います。
トルシエのやっていたことはサッカーの原理原則に基づいていたんですよね。3バックのゾーンで守るということ自体はユニークだったけど、ハイラインのゾーンで守ってショートカウンターというのをベースにしつつ、展開によっては中盤分厚くしてポゼッション、状況に応じて守りに比重を置く、というのを主にはウィングバックの人選を調整しながらうまくやりわけていました。波戸を入れればスペイン相手にも守れるし、俊輔を使えばアジアで圧倒的に相手を叩ける、そういうサッカーだったのに、「なんか変なシステムだったな」「そういえばトルシエも変な奴だった」という感想レベルの話から一向に進んでないんですよね。
トルシエのサッカーを協会、選手、メディア、ファン、それぞれが正しく理解していたら、そのタイミングで日本は「これをベースに考えればこの先のサッカーの流れを正しく理解できる」という型を得る可能性もあったんですが、残念ながらそうはならなかった。結局これは今回のハリルホジッチの解任にまで後を引く問題になっていると思いますね。トルシエを正しく総括して、その原理原則を持ってハリルホジッチと接することができていれば、彼のやっていたことをしっかり理解した上での肯定、否定の議論ができて、もう少し違った結末もあり得たのかなと。たらればの話をしても仕方ないですが。

【ハリルホジッチの仕事ぶりと解任騒動の本質】
「JFAとしての総合的な判断」ではなくて、「田嶋脳内会議での総合的な判断」

---ハリルホジッチ解任の話も出たのでその話題に行きたいんですが、五百蔵さんから見て今回の解任は「必然的なもの」だったと思いますか?

五百蔵:必然と言うか…今考えるとそういうことがいつ起きてもおかしくない状況だったな、とは思います。JFAの人たちがハリルホジッチのやっていることを何ら理解していなかったわけで、そうなるとやっぱり「あいつは何をやってるんだ」っていう話になるし、そこにいろいろな思惑が入り込んできてしまうのはやむを得ないというか。ザッケローニみたいなわかりやすく攻撃的なサッカーをやっていて前途洋々に見えていれば、いくら田嶋さんが「自分がこれから覇権を握るためにはハリルに成功してもらっちゃ困る」とか考えていたとしてもクビを切ることはできなかったと思うんですが、残念ながらそうではなかったので。

---ハリルホジッチの仕事ぶりに関して、五百蔵さんは本のあとがきで「論理的」という言葉で評されていました。

五百蔵:ハリルホジッチの仕事の進め方は極めて分かりやすくて、マイルストーンを定めてそこにきっちりアウトプットを出す、それに向けてひたすらトライアンドエラーを繰り返すというものです。彼としては最終予選のオーストラリア戦に照準を合わせてそこで完璧に勝ったわけで、次に見据えていたのは本戦の初戦、コロンビア戦だったと思うんです。なので、そこから逆算してやるべきことを組み立てていっていたわけですよね。基本的には最終予選以降の試合で、オーストラリア戦のように勝つためにあらゆる策を講じた状態で臨んだ試合は1つもなかったと思います。彼にとってはテストにすぎなかったわけですから。

---一方で、協会はそうは考えていなかった節がありますよね。

五百蔵:「試合をやる以上は勝ってくれないと困るんだけどなー」くらいのことを漠然と思っていたんでしょうね。もしかしたら、会議の場とかでスポンサーから「ちょっとどうなの?」みたいな話もあったのかもしれない。ただ、ハリルホジッチからすれば、「予選も突破したし、次は本戦で結果を残そう」というスタンスでやってるわけで、もしその間で何かアウトプットが必要だったり、進め方でイメージと違う部分があったりすれば、「今は何をやっているんだ」「もうちょっとここまでにこうしてくれ」というようなやり取りがあって然るべきですよね。仮にもプロの仕事なんですから。
そういうやり取りもせずに、協会サイドが勝手に不満を溜めていっていた部分はあったんだと思います。どうもW杯を決めたオーストラリア戦の直前にも、解任確定的な空気がJFA周辺にはあったようですし。ハリルホジッチに非があったとすれば、そういう仕事相手に対して、自分から「今はここに向けてこういうことをやっています」といういわば当たり前のことを改めて理解させるプロセスをとらなかったということでしょうね。真面目に仕事をしすぎていて、周りの人たちが勝手に不安になって、策謀を巡らせていることに気づいていなかった。

---一回くらい飲みに行っておけばよかったですね(笑)。

五百蔵:いや、ほんとにそういう話なんですよ(笑)。霜田さんが協会にいるうちはそのあたりうまく回っていたようなんですけど。西野さんが技術委員長になってから、技術委員会とも全然コミュニケーションをとれていなかったという話はハリルホジッチの記者会見でもありましたよね。

---結局、2016年に田嶋さんが会長選挙で勝って、霜田さんがある意味では協会を追い出されるような形になったところ(田嶋会長就任時に技術委員長から「ナショナルダイレクター」への転身という実質的な降格人事が発令され、その後2016年いっぱいで退任)から伏線は張られていたんですよね。この霜田さんの処遇はいわゆる「派閥争い」の帰結として理解しておくのがいいんでしょうか?

五百蔵:明確に「派閥」というものがあったのかは微妙ですが…やはり日本のサッカーのあり方を巡っては対立している流れがあったというような話は聞いています。オシムが言っていた「日本サッカーの日本化」というものが最終的に何だったのかよくわからなくなってしまったことを受けて、「オシムさんもそう言ってるんだし日本のやり方を自分たちで考えよう」という人たちもいれば、「いやいや、ヨーロッパからはまた遅れてしまっているし、改めてそちらから学ぼう」という人たちもいたと。

---霜田さんは後者の立場ですよね。

五百蔵:霜田さんと原さんは後者ですね。一方で、いろいろ話を聞いていると、育成畑の人たちは彼らの路線に対してよく思っていなかった人たちが多かったようです。

---その辺の話はフットボリスタの記事にも出ていましたね。やっぱり今までの自分たちのやってきたことが否定される、というような部分での反発なんでしょうか。

「難しいですよね。霜田正浩さん(現・山口監督)が技術委員長になってやろうとした諸々が、特に育成と指導者養成周りから凄い反発を受け続けていたのも、過去自分たちがやってきたことを否定されることへの反発があったからだと思うんですよ」

五百蔵:言い方はいろいろあると思うんですが、要はそういうことなんでしょうね。そのうえで理解しておきたいのは、サッカー協会の会長としての田嶋さんの権力基盤はそっちにあるということです。おそらく田嶋さん自身にそういう話もずっと入ってきていたでしょうし、そうなったときに田嶋さんは自身のために誰の意見に耳を傾けるか?というのは今回の解任について考えるうえでは必要な視点なのかなと思います。そんな前段があったうえで、選手から話を聞いたというのは田嶋さん自身が記者会見で明かしていますし、本当に「総合的な判断」なんでしょうね。

---「総合的」としか言いようがない。

五百蔵:ただ、それは「JFAとしての総合的な判断」ではなくて、「田嶋脳内会議での総合的な判断」なので、ハリルホジッチにクリアに説明できないのも当然と言えば当然ですよね。

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ハリルホジッチの解任の件については個人的にもいろいろ追いかけているので、だいぶ全体観が見えてきた感じがしています。裁判はどうなるんでしょうか。

今回の記事にあった「ハリルホジッチのサッカー、およびサッカーそのものへのJFAの無理解」「進め方がとにかく曖昧なザ・日本的という感じのJFAの仕事のやり方」「そんなやり方とハリルホジッチの相性の悪さ」「育成畑の声」といった話は、よく言われている「選手の声」と合わせて、今回の解任事件を考えるうえで非常に重要な視点なのではないかと思います。

ちなみに、先ほどリンクを貼った記事にはこう書きました。

あと、当たり前ではありますが、本大会が近づくにつれて西野JAPANがどうこうみたいな話が増えてきましたね。JFA(というか田嶋会長)的にはこの流れの中でハリルホジッチの件がうやむやになっていくだろうという読みだと思うのですが、少しでもそれに抗うべく、チクチクと今回の話を蒸し返していきたいと思っています。

それから、tkqさんのW杯関連記事の日本に関してこんな記述もありました。

さて、ガーナ戦を見た方にはおわかりいただけるだろうが、肝心のサッカーの内容としてはメタメタでW杯本番で結果を残すとは到底思えないのだが、サッカーは世界で最も番狂わせの起こりやすいスポーツのため、もしかしたらうっかり勝ってしまうかもしれない。しかし、そうなった時でも偶然の勝利に左右されることなく、今回の決断は間違っているということを強く言い続ける必要がある。本番の試合が近づくにつれて「試合が始まるのだから余計なこと言わないで応援しろ」という雰囲気が高まっていくだろうが、そういう雰囲気の中でもがんがん水を差すし、サッカー協会としては大会後には「終わったこと」としたいだろうけれども、折に触れて蒸し返していくつもりである。これは別に嫌がらせをしているわけではなくて、コミュニケーションそのものなのだ。

あと、ハリルホジッチの通訳だった樋渡群氏のお兄様、樋渡類氏もこうツイートしています。

「蒸し返し」はキーワードのひとつですね。

W杯がどんな結果になろうが、この件は引き続き「蒸し返して然るべき」だと思っています。こんなふざけた話がまかり通ってはいけない。

というわけで、この連載も次回は最終回です。悪い意味で思いっきり注目を浴びてしまった本田圭佑について、そしてW杯での日本の戦いぶりをどのように受け止めるべきかという話で終わりたいと思います。コロンビア戦の当日の朝に公開予定です。


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