連作50首「デザートの蜃気楼」

第62回角川短歌賞応募作品「デザートの蜃気楼」です。



きみのいる世界を食べてしまいたいきみを最後の楽しみにして

こんがりと色づいた頬トーストのように飛び上がりたい週末

禁断の果実のパイが焼き上がるまでのアダムとイブのお喋り


動物の型を抜いたらオーブンで命を与える共同作業


ざくざくと噛みしめている幸せの音源となる黄色いざらめ


ピーナッツバターみたいなカーディガンきみの背中に塗りつけている


数億のブルーベリーを飲み込んでその目をずっと見つめていたい


科学的根拠はないとされているきみの言葉を信じてしまう


アメジスト色した紫芋のパン綺麗な指輪なんていらない


ミルフィーユみたいにきみを想う日が積み重なって息ができない


綿のない掛け布団が何層にも積み重なって息ができない


音楽が急に止まって不定期にリリースされる家鳴りを聴く


頭から湧き出してくる幻聴のひとつひとつに耳を押さえる


細長い空の陽射しはわたしまで辿り着けずにまだ濡れている


本当のきみの脳みそにはきっとわたしを保管する場所がない


無理に入れられたショーケースの中で廃棄処分を待っている夜


ひび割れた指をこじ開けられているしあわせで手を鳴らす人から


歩けると言っているのに両脚を切断されるような溜め息


現実は見えないように出来ている絵本みたいな表紙に似せて


対象のいない恋愛小説を書いているならいますぐやめろ


内側にいる人の手が不規則にわたしの胸をノックしている


カロリーの高い不安を消化して機能低下が進む内臓


甘い甘い世界を探して冷蔵庫お酒と水とお酒しかない


チョコにするつもりでいたらこしあんが既にぎっしり詰められていた


ハリネズミ フタコブラクダ テナガザル ただのヒトでは生きていけない


洋菓子に擬態している動物を機械のように殺してまわる


ひとつだけあったハートのクッキーを喜ぶこともなく噛み砕く


無意識に口に運んでいた砂をすべて飲み込むような生活


きらきらと舞う砂埃お砂糖の砂漠はどこにあるのでしょうか


消え去ったお菓子の家の蜃気楼べたつく体だけを残して


なんとなくショートケーキのイチゴとは仲良くなれる気がしなかった


セロハンを剥がすと空気に触れている部分から削ぎ落としたくなる


こんなにも社会にかき混ぜられていてまだメレンゲになれそうにない


ポケットを強制的に叩かれて醜い欠片を増やしてしまう


粉々になったビスケットの遺灰を撒き散らして失う視界


コモドオオトカゲに全部壊せって言われたしじゃあそうしようかな


宇宙から見ると小さなあめ玉があんまりおいしそうに見えない


念じれば落っこちてくる爆弾でみんな砂に変わってしまった


神聖なわたしの口に合うように書き換えている地球のレシピ


静寂に置かれた食後の砂漠(デザート)は蜃気楼さえ見せてくれない


昨夜から視聴していた砂嵐さっさと消しておけばよかった


フィクションの世界の人が奪い合う過大評価されているプリン


破壊神の代償行為いくつものシュークリームを握り潰して


吐きそうなほど甘ったるい想像を塗り潰すためのブラックコーヒー


甘い雨なんて降らないからはやくしょっぱい雨を降り止ませてよ


はまぐりはきちんと砂を吐き出して真似を促すような振る舞い


「お菓子あれ」するとそこには材料があってお菓子を作る神様


オアシスは手の届かない場所にある手を伸ばさない人の言い訳


ふたりだけ取り残された惑星で精一杯の奇跡を渡す


きみが見たわたしはきみの脳内で電流となり駆け巡るのだ

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