連作50首「否定する脳」

第61回角川短歌賞予選通過作品「否定する脳」です。



それぞれに配られている台本の僕の行だけ妙に少ない


たったいま売り切れました教室の会話に混ざるためのチケット


春の陽を浴びて駐輪したはずの一昨日買った自転車がない


自らの個性を消して平均に近付くことが常識の町


落ちてきた黒板消しの粉塵に汚されたのは服だけじゃない


乱雑な数十平方メートルを崩さないよう笑い続ける


手のひらに収まり光る液晶の中に居場所を求めて歩く


屋上にたどり着けないと気付いた頃には戻れなくなっていた


快速はこんな駅には止まらない颯爽と駆け抜けていく君


打ち切りになって強引に終わった漫画みたいな青春だった


トリックアートでもないのに「趣味・特技」の欄が一番大きく見える


カフェインの摂取によって冴え渡る頭脳で何もすることがない


こたつには悪魔が宿り昔から幾多の牛を生み出してきた


厳正な審査の結果履歴書がシュレッダーへと旅立っていく


修正のきかない夜を裏返し探し続けるリセットボタン


起き上がることもできずに蛇口から流れる音を試聴している


仄暗い小説だけが本当の僕を知ってるような気がした


嘲笑う声が聞こえる淡々と動く歯車にさえなれない


モスキート音に撃退されていく彼らの声に撃退される


もし僕の保証期間が終わっても友達でいてくれるだろうか


定期券有効区間内だけでさまよっている浮遊霊たち


ビニールの袋を持って零時半、分別されず捨てられた月


業務とは関係のないこと以外だったらちゃんと喋れるんだよ


ぬるま湯は優しいだろうきっとまた風邪をひいても許してくれる


命乞いしている蝿に容赦なく唐揚げ棒を突き出してみる


懐に隠し持ってる爆弾のように扱う退職願


いくつもの分岐地点を通り過ぎ一度もレバーに触れなかった


背後から迫る気配を察知してエレベーターで連打する「閉」


ひび割れてしまった僕の隙間から触りたくないものが溢れる


望まないことでどれだけ鈍色の平穏を手に入れたのだろう


空を飛ぶことができたら躊躇なくこの金網を越えられるのに


イヤホンをしてもシャッフル再生の無音の溝がとてもうるさい


読んでない利用規約に同意して知らない道を歩かされてる


良い返事ばかりしていたあの頃は何を犠牲にしたのだろうか


パスカルが僕を「考えない葦だ」と言って笑う夢を見ていた


コマ送りみたいな日々で失ったはずの時間を思い出せない


何を見て何で笑えばいいのかを機械が全部教えてくれる


偶像にすがるつもりの握力が知らないうちになくなっている


限界を超えて分解した部品だったら壊れないはずだった


胸にある無数の穴は小さくて何かで埋めることもできない


否定する脳は頭蓋の外にある世界のことを何も知らない


すすり泣く声がタイルに反射してシャワーヘッドは軽くうなずく


大げさな傘を抱えて震えてた空はなかなか崩れ落ちない


誰かから承認される音がするスマートフォンか僕の中から


すごろくの何も書かれていないマスみたいに暮らしたいわけじゃない


モノクロのままで発表するつもりだった絵画に映える原色


うつむいて歩いていたら見逃した夕焼けを三セットください


リクルートスーツの群れを追い抜いて見えないゴールテープを切った


真夜中のラジオが生きる糧だった少年はまだ生きていますか


僕の名前だけが流れるはずだったエンドロールがまだ終わらない

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