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霊能力の開花前夜 [前編]

霊能者であることを誇りに思ったことはない。むしろ、いろんな人に卑下される存在であることを自覚している。昔は口寄せや呪術的な舞をするものは、イチコやイタカと呼ばれる賎民の一種だったと柳田國男も書いている。霊なんていないと言われたらそれまで。私たちには真実でも、皆の真実ではないことは分かっている。

自分が霊能者になった理由は、自分が健康でいたかったから。 霊能者になる前、霊的影響を受けすぎて、毎日毎日具合を悪くしていた。辛すぎて、どうして自分は普通の人のように暮らせないんだと、いまにも発狂しそうな、怒りにも似た気持ちを抱えていた。

もともと霊感はなくて、ときどき脳裏に、いろんな風景や人が浮かぶことはあったけど、よもや自分が霊視をしているとは思っていなかった。霊なんていないと思っていた。神社や寺に行っても手を合わせるけど、神仏の存在はいるともいないともどっちつかずな気持ちだった。

でも異変はある日突然、静かに訪れた。

祖父が亡くなったころから、夜眠れなくなってしまった。眠れないというより、2時間おきに目が覚めていた。初めはただそれだけ。

やがて、その状態が1ヶ月も続いたころ、疲れが取れず、思考がまとまらないような状態になっていた。寝れなくなってから徐々に、周りから悪意を感じるようになってきた。みんな自分を嫌いなんだ、みたいな感覚。でも、そのころ仕事も恋愛も順風満帆、出世して部下もでき、仕事盛り、収入も安定し、人生に一点の曇りもなかった。

なのに、夜、熟睡できない。たったそれだけで、どんどん疲弊し体力が削がれていった。考えようとしても頭に膜が張ったみたいに頭が働かなかった。そのうち人生そのものに疲れを感じ、死んで楽になりたいと思うようになっていた。

そんなある日、変なことが起きた。ある山中のゲストハウスに泊まりにいったところ、夜中にうとうとしていると、枕元に女性があわられた。信じられないくらい女性の姿が鮮明で、目の前にいるようだった。その女性が私に向かって「ここは危ないから早く出なさい」と言ってきた。「ここには16人の見知らぬ人間と、6人の女がいる。」と。さらに続けて「特にあの影が危ない」と言って、私の足ものとにある黒い影を指さすと、その影がうわっと動いて、私の右半身にピッタリと張り付いた。驚いたところで目が覚めた。夢だったのかと思ったが、右半身の痺れが残っている。それから1ヶ月過ぎても痺れは取れないままだった。

日に日に状態は悪化していった。なんとか仕事は続けていたが、意識の白濁した感じが耐えきれないくらいになってきていた。

ある日、もうこれ以上生きるのは無理だという限界を感じた。飛び降りて死のうと思った。そのころ住んでいたのはマンションの6階。いますぐここから飛び降りようと思った。だけど、幸いなことに疲れ過ぎてて一歩も動くことができなかった。リビングでひとまず横になって、一度寝てから死のうと思った。

これが人生最後の睡眠だと思って目を閉じて眠ると、ぬかるんだ暗い道をとぼとぼ一人で歩いている夢をみた。夢の中でもフラフラだった。しばらくすると足元に、何か破片がとんできているのが見えた。破片が飛んでくるとぬかるんだ足元が少しだけマシになる気がした。ふとみたら、道端の家の2階から、自分の亡くなった祖母が破片を投げてくれているのが見えた。次の瞬間、祖母に「自分の人生には責任を持ちなさい」と言われて目が覚めた。

目が覚めた瞬間、涙が止まらなかった。自分には生きる責任がある。絶対に死んじゃいけない人間なんだと思った。何がなんでも、石に齧り付いてでも生き延びないといけないと思った。

それから、なぜ生きるのがつらいのかと考えた。でも明確な理由がひとつもなかった。ほんとうに死にたいという気持ちは自分の気持ちなんだろうかと疑問を持つようになった。

気がついたら激痩せしていた。顔色も悪かったと思う。とにかく誰かに助けを求めたくて、大好きな上司に泣きながら相談した。でも1分も経たないうちに自分で泣いてることが可笑しくなり、笑いが堪えきれなくなった。自分でも完全に気がふれそうだと思った。上司が驚いて「お前、頼むからお祓いに行ってくれ!」と言ってきた。

お祓い?って思った。その時まで霊なんていないと思っていた。でも確かに死にたいというのが自分の気持ちではないことも薄々気がついていた。だから、もしかして、とも思った。

いま思えば、その上司に精神科の受診を勧められていたら、自分の人生は違ったものになっていたかもしれない。鬱の診断で薬漬けにされていたかもしれない。でも自分の上司は違った。なぜかお祓いを勧めてきた。

その筋の知り合いは一人しかいなかった。教派神道の宮司さんで、たまたま山でドライブ中に迷子になってその方の神社に行き着いた。そこからたびたび訪ねるようになり、宮司さんに不思議な力があることも知っていた。

宮司さんに連絡して会いにいった。宮司さんにこれまでの経緯をお話すると、間違いなく良くない者に取り憑かれていると言われた。いまから祓うぞと。暴れるかもしれないので村の男衆を呼んでくると言われて、わたしはすっかり動揺してしまった。宮司さんのことは信じていた。お人柄が真に立派な方だと思っていた。でも、なんとなく危ない気がして、祓った霊はどうなりますか?と聞いた。宮司さんが水に流れるとおっしゃった。全く霊なんて詳しくなかったけど、何か違和感を覚えて除霊をお断りして帰ってきた。

帰ってきてから、水を浴びた。浴びるように宮司さんに勧められたから。水を被った瞬間、いきなり私の体を使って女が泣き始めた。ひとりで死んで辛かった、と。人の体を使ってずっと泣きじゃくる。その頃わたしは甘くて、その女が少しかわいそうに思えた。だから、成仏させてやりたいと思った。うちは禅宗の仏教徒だけど、お葬式の度に、あるお経が読まれると、道が開かれて人が帰っていく光景が脳裏に浮かんでいたのを思い出した。

お葬式の際に、呪文のような不思議なお経だと思っていたので、一節を覚えていた。ネットで検索したら、そのお経が出てきた。それを読み上げて、道を開いてあの世に送ってやろうと思った。

祈るような気持ちで自分で読み上げたら、道が開くのがみえた。誰か案内人がいると思ったので、あの世にいる知り合いは誰かと考えた。その時にご先祖さまがふと浮かんだ。また祈るような気持ちでご先祖さまに助けを求めたら、ずらずらと30人くらいの真っ白な人が現れた。助かったと思った。

もうその頃には脳裏に浮かんでるのが単なる幻覚じゃないと感じていた。宮司さんに相談したときに、「あなた視える人だね」と言われて、これが霊が視えるということなのかな?と思った。

女の霊がありがとうと言って別れの挨拶をした。やがて涙が流れきると、すっかり満たされた気持ちになっていた。これでよかったと思った。すっきりした気持ちでその日は眠った。ところが翌朝、わたしは騙されたことに気がついた。全く体が動かなくなっていた。

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