見出し画像

私が好きなクリエイターの方々。

とにかく文章を描くことが好きな私。ですが.....実は他の方々のnoteの文章はあまり読みません。

理由は、自分と比較して劣等感を抱いてしまうから。もちろん新たな気付きや発見など、得られることの方がきっと多いのだろうけれど。性格上どうしても「自分はまだまだだ…」と比較して落ち込みやすく、なかなか読む勇気が出ないことが多いです。(ちなみに小説は読みます、別ジャンルです)

ですが、そんな私でもついつい読んでしまう、むしろ次の文章が公開されるのが楽しみで仕方ない。そんなクリエイターさんがいらっしゃいます。

出来ることなら、全員の素敵な部分を一挙御紹介と行きたいところですが…。

そうするとお1人お1人の内容が薄くなってしまいそうなので、今回は特に好きなクリエイターさんお3方を御紹介したいと思います。

①伊吹一さん

とあるカフェのお客さん同士でご縁を頂いた伊吹さん。脚本家の方で、複数のテレビドラマの脚本制作に携わっています。

そんな伊吹さんが時折投稿する「散文」シリーズや、何気ない日常のエッセイを綴ったnoteが堪らなく好きです。

こんなにも文章に心が持って行かれる理由。それは伊吹さんの“何気ないことに対する眼差しの柔らかさ”なのではないかな、と勝手に思ってます。特に好きな散文シリーズの1つである「大葉」は身体に心地よいしびれが響いたのを静かに感じました。

散文「大葉」 2023-10-06

大葉が好きだった。そのことをふと思い出し、スーパーで68円で売っている、輪ゴムに結ばれた大葉を恐る恐る一つ手に取る。

「袋に入れてお持ち下さい」

と書いてある。そりゃあそうだ。僕のどこに、この、そのままの大葉をかごに放り込むような勇気があるのだろう。そんな勇気があるわけない。

サイダーについての散文、「サイダー」の世界観も伊吹さんらしさが溢れている作品です。

通りがかった公園では、若い男女がなにやら話し込んでいる。別れ話だろうか。あ、違う。二人が一緒に笑ったから。よかった。

(中略)

年金も税金も全部どんぐりか銀杏で支払わせてもらえれば、多少生きやすくもなるんだけど、きっとなかなかそうもいかないんだと思う。なんせ、コーラが180円の世界だ。

散文「サイダー」 2022-11-29

サイダー以外の対象の、何気ない日常のふとした表現のくすぐったさったら。

一度直接お会いした時に感じた物腰の柔らかさ、それでいて深く知的な印象。さらに伊吹さんから見た世界を見たい気持ちを掻き立たせてくれました。柔らかい日常を伊吹さんの目線でご覧になりたい方は下記より。

『伊吹さんnote』

②その日(23)さん

私とおそらく同年代のその日(23)さん。(もうすぐ24に変わるのかな??なんて思ったり!)

お会いしたことはないけれど、おすすめに出てきたnoteを読んで、途端に発する1つ1つの言葉に惹かれたその日(23)さんの文章。なんだか、烏滸がましくも勝手に同志のような感覚でいます。

今は会社を、少しお休みしているその日(23)さん。きっと自分の事を普段以上にすごく大切にする期間を過ごしているんじゃないかな?と勝手ながらに思っています。でも。でも、だからこそ紡がれる言葉が、気持ちが堪らなく自分を肯定する優しさを生んでくれるような気持ちになります。

本当にありがとう。

毎回、文末に記されるこの言葉に、自然と自分を重ね合わせて“未来の私、何をしているんだろうな”と思わせてくれる部分もあぁ素敵だな…と。

明日は、来週は、一か月後は、半年後は、来年の将来の僕はどうなっているのでしょう。

では、また数日後か来週に来ます。おやすみなさい。

13時03分. その日

どの文章も、選びきれないくらい素敵。というより世界観そのものが好きなのでおすすめを紹介するのは難しいのですが....特に、その日(23)さんの滲み出るやさしさを感じたnoteを御紹介します。

転職活動に対してストップを掛けてくれた友人
僕の身体を心配してくれる友人たち
些細なことでも花丸をくれるなっぱさん
2週に1回面談をしてくれる産業医さん
カフェに誘ってくれた同僚の先輩方たち
仕事の相談に乗ってくれた友人
いつまでも愛情を注いでくれる家族(父、母、姉、兄、弟)←多いなぁ。

花丸をくれる
“いつまでも”愛情を注いでくれる
←多いなあ

どの表現を見ても、愛に溢れた方だなと伝わります。ゆっくり、ゆっくり。自分のペースで過ごしていること、何もしていないんじゃなくて、私は毎日戦っているんだ。

自分に少し優しくなりたい時、その日(23)さんの文章を読んでみると心の処方箋になるかもしれません。いつか関西に足を運んだ際は是非、なっぱさんもご一緒にお会い出来たら嬉しいです…!

③「世界の人に聞いてみた」さん

ドイツ在住経験のある「世界の人に聞いてみた」さんは、その名の通りドイツを中心とする世界の人々から見聞きしたことやご自身の体験について執筆しています。

世界の人々の様々な「生きる」ことについて知りたい私にとって、毎回の投稿はタイトルから惹きつけられる興味深いテーマばかり。

特に、ドイツの人々にとっての「幸せ」についての言及がある「ドイツの湖文化」と『「庭を借りる文化」から浮かび上がるドイツ人の幸せのかたち』の2つのnote。息をつく暇もないくらい夢中になって読んでしまいました。「幸せ」とは何だろう、そう深く考えさせられました。

ドイツの湖文化

ドイツ人たちは自分たちの国をお金で幸せを買う国にしたくないと思っている。だから、人にとっての幸せを感じる基本的で重要な要素、たとえば豊かな自然とか、こころ安らぐ穏やかな時間は、だれであっても等しく享受できる社会にしたいと思っている。
(中略)
という思想があるから、自然あふれる湖についても、誰でも非常に安価に経験することができる。ビーチは無料で入れるか、せいぜい数百円。前も書いたように、例えば僕の気に入っている湖は、むかし貴族だったドイツ人ファミリーが所有しているけれども、公共財産と位置付けて、人々がタダ同然で遊べるように多くのエリアを開放している。

「庭を借りる文化」から浮かび上がるドイツ人の幸せのかたち

【概要】
ドイツにある、都心在住の方が都心から少し離れた地域に庭を借りる「クラインガルテン」と呼ばれる文化制度について

【内容】
まず、ドイツ人は「自分たちが幸せに生きるには何が重要か」という点について、国民である程度の共通認識を持っていると思う。

(中略)

そしてドイツでは、こういった基本的で重要な幸せの要素は、「あらゆる人たちが平等に享受できる状態であるべき」と考える基本的な思想が強い。
クラインガルテンの一区画が、年間わずか4~5万円程度で借りられるようになっている理由は、お金がない人たちでも安価に質の高い時間を過ごせるように配慮されているから。

(中略)

「お金で幸せを買う社会」
その場合、国・地方自治体・共同体などの公共組織は、突き詰めると経済活動を活発にすることだけに血道を上げることになってしまう。

なぜなら、国・地方自治体など公共組織からすると、
「経済はうまく回るように努力する。でもあとは国民の各個人が、その経済活動で得たお金を使って自分で自分なりの幸せを買ってください。だって幸せは各個人の胸の中にあるもので、私たちはみなさんにとって何が幸せかは知りません。だから社会の中で共通的な価値のある「お金」以外に、何を公共組織が準備して分配すれば良いか分かりません」となるから。

自分達にとっての「幸せ」がどんな状態で何が必要なのか。それを理解しないままだと、「お金」という幸せを最も手軽に獲得しやすいであろう共通価値を獲得するためだけに個人が、そして社会が動いてしまう。本来手段であるはずのお金が目的化してしまう。

何が大切で、どんな暮らしをすれば満たされるかは個人個人で違う、そんな気付きを得ていた中だったので思わずハッとさせられました。同時に、もう一度丁寧に私の「幸せ」を自分の為に定義してあげたい、思いました。

じんわりと世界にある沢山の生き方、考え方を「世界の人に聞いてみた」さんの実体験を通して知りたい方はぜひ読んでみてくださいね。

『「世界の人に聞いてみた」さんnote』

普段“いいね”というあまりにも簡易的な方法でしか、あなたの文章が好きですという気持ちを伝えられていなかったので今回こうして文章にすると思いがけず気持ちが溢れすぎてしまいました…。

文章が更新されていると、ふわっと心が躍るお3方の文章。これからも楽しく拝見させていただきますね。いつかどこかで直接お会いできる日を願って。

本日もお読みいただきありがとうございました。

れいちゃんのInstagram

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?