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瑠璃の部屋59

昨日、教室に行ったら、楽員がレッスンを受けていた。金曜日レッスンだが、所用でずらしたとのこと。速弾きが得意で、先生の流す音源と合わせて何度か弾いていたのだが、ふと「聞こえない」中断した。
部屋の配置は、先生が奥に座りパソコンで曲を流す。そっちに左を向けた姿勢でレッスンを受けている。この方は、左耳が聞こえない。
「先生の声を聴く時も、首を左に捻って右耳で聞いている。音源の音が聞こえないので、席を反対側に向けたい」。そうして、椅子の向きを反対にして右耳で音源を聴くようにした。演奏がぴったりと合うようになった。拍手したら「あら?拍手が。もう30年もこうして首を捻っていたので、身体に負担が掛かってる。どうして今まで、向きを変えなかったのかしら。30年ですよ」
30年…ん?と思ったが、俺も「もう半年も、この曲弾いててOKがでてないんですよ」と誇張するので、誇張も入っているんだろう。
その方がレッスンを終えて、先生が「じゃあ、明日、アンサンブルでね」
「え?明日?アンサンブルの日?」すこし間が開いた。
「…そうだよ。俺の記憶も、とうとうここまで来たかと思った」
「すっかり忘れてたわ」

帰り際「笹団子は平気?」買い物袋から渡してくださった。笹団子なんて久しく口にしていない。喜び勇んで「はい」と受けとったものの
「でもご自宅用に買われたのでは?」
「先生にあげたし、家には沢山あるのよ」

優しい嘘もあるものだ。有り難く頂いておいた。今日はアンサンブルである。その人は、俺の右に座っている。「さっき聞こえない箇所があったけど、弾いてる?失敗してもいいから、弾き続けて」と注意されたことがある。左が聞こえないって、どこまで本当なのか。