飲食店のサービス、ホストとしての振る舞い

もう何年か前になるだろうか、たしか高校生のころだったと思う。麻布で、当時アルバイトをしていたお店の系列のレストランの前を通ったとき、どんなお店なのだろうかと少し気になって、怪しまれない程度に外から覗いていた。

お店の中はレストランらしく賑わっていたし、場所は都内の一等地、私はというと、浮くような服装ではなかったし、実年齢より大人びて見られることは多かったけれど、しょせん高校生の小娘で、お金を落としそうには見えなかっただろうと思う。ましてや、店内に入る気などなかったのだ。

そんな私に気づいたお店の人が、なんとお店の中から会釈をしてくれたのだ。テーブルに行ってオーダーを聞いた後のように見えた。

透明なガラスで隔てられた先のその人の行動に驚きながら私も軽く頭を下げたが、まるで、『いつか来てくださいね』と言われたような気がした。いまではない、その時のためではないことのために少しの心配りをする人を見た。その時の私は、リピーター以前に着席はおろか、入店すらしていなかったのだ。

当時の私の接客に対する認識は、あくまでも《客》の行動に、“店”ないし“従業員”が対応するというものだった。自分がどちらの立場であれ、その認識でいた。選んでないものから接触されるのは、不快だと思っていた。
自分が働く立場なら、お店に足を踏み入れない人に対して執拗にアプローチすることはしなかったし、客の場合には、グレードの高いお店であれば、直接手を触れることはせずに目で選び、店側のアクションを待っていた。それが失礼にならないと思っていた。

ただそれはあくまでも、『接客』だったなと思う。起きる前から決められていた演出であり、たったひとりのための予想外のサプライズではなかった。
もちろん臨機応変な対応というものはあるけれど、そういうものって、なかなか素敵にはならない。

それがどうしたことが、なかなか素敵な対応をされてしまった。入るわけでもなく、ただ通り過ぎて忘れるものにもならず、(これがこのお店で働く人なのか)と、感心したことを憶えている。人でお店を選ぶことがなかった私だ。

一回だけ行ったショップに数ヶ月後に行ったときに顔を覚えられていて、嬉々として声かけをされても、それとは別のお店で、商品に関する質問をした店員と顔見知りになっても、それがその後の購買に影響を及ぼすことはなかった。私が見ているのは商品や、それを購入することによる未来の自分への影響であって、空間ではなかったように思う。なぜだろうと考えたとき、それが『食』ではなかったからかもしれない。

女性であれば、容姿や服装に気を遣ったり、こだわるがゆえに消耗してしまうことがあるのではないかと思う。肌には化粧品、髪は美容室、服は質のいいもので揃えていたい。

食べ物はどうだろう。おいしく、体にいいものを、その後のパフォーマンスに繋がるものを食べたい。

食べ物も他のものも同じように思うのは、つくり手の心の持ちようの大切さだ。そして、服や化粧品は機械が精密に正確に作るとしても、食事は人がつくる。心が入らないことはないように思う。たとえば、苛立ちの感情でつくられた料理を食べたいとは思わない。自分がなにかをつくるときも、はたして堂々と出せるかと考える。ほかの人やもののことを考えながらつくらなかったか、自分のためを思わなかったか、それを食べる人に対する誠意や丁寧さを欠かなかったかだ。

人に対してモノを売るとき、人と話をする時、いいものを『提供』することはもちろん大切だけれど、それは、『考える』ことから始まると思う。はじめから、《これが私の全力で、努力の結晶です。考え尽くしました。》という態度でも、その過程に存在していなかった人からすればそれは、《自分がいなかったときの最高傑作》だ。そして、料理やそれを楽しむためにつくられた空間であれば、その《型》を自在に操ることは、ほかの事と比べて容易なのではないかと思う。印刷済みの本ではそれはできない。心を伝えることも難しくはないだろうし、逆に言えば、心の様子があらわれるものとも言える。

そしてそれを取り込むことによって、体が直接つくられていくのだ。人は環境からも影響を受けるけれど、食ほど影響を容易く与えるものは、そう多くはないだろう。

そういう考えもあってか、食事に関してはことさらにこだわりがある。もちろんその空間も見る。味や評判が良くても、それはつくり手(料理人)によるものではないように思う。自営でもないならある程度のレベルを店側からも客側からも求められるけれど、それを理解している人が少ないことは、残念に思う。


私に会釈をしてくれたその人は、若かった。私はそれより若かったけれど、素敵だと思った。その人は、もうそこでは働いてはいないかもしれないけれど、世の中が静かになったらその時には行ってみようと思う。


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