小説「コンビニ(仮)」8

「佐倉さん、明日葉さん、これ飾っといて」
店長が店舗の隅に置かれた大ぶりな箱やビニール袋を指さして言った。
「…なんですか、これは」
佐倉さんが袋を開けると、中には丸くて赤や緑の華やかな装飾品、サンタのコスチュームをしたクマの置物や「Merry Xmas」という形の風船などが入っていた。
「はりきってメリクリしなきゃね」
「…コンビニのクリスマス飾りにしては、量が多すぎやしませんか」
率直な感想をつぶやいた。
「明日葉さん、うちは確かに全国にあるありふれたコンビニチェーン店「PEARCH」の中の他と変わり映えしない一店舗でしかない。だけどね、スーパーすら少ないこの町の住人にとってはこの店はとても大切な存在だし、この街の多くの人が、きっとうちの店の商品でクリスマスを囲むのだ、クリスマスという大切な日を彩るお手伝いができるのだ、そう思うと、うちに限っては『ただのコンビニ』ではなくて、人の体温がちゃんと感じられる、そういう店でありたいなと思うんだよ。この飾りはそんな気持ちをささやかだけど込めてね」
「…わかりました」
店長はコンビニの店長にしてはロマンシズムで物事を捉えるきらいがある。いちフランチャイズ店であるうちの店で、独自のキャンペーンやらこういった飾りやらを施して上からちょくちょくお叱りを受けているらしいとも聞く。そこまで自分の店に誇りを持って、よくしようとする姿勢は素敵だと思うけど、たまに暴走するところはバイトからもなんやかや言われているっぽい(私と佐倉さんは良くも悪くもそういうことに無干渉なので、入れ違いの夜帯や早朝バイトさんの話をちらっと聞くくらいだけど)。
「てなわけで、俺もう上がるから。飾り付けのセンスは佐倉くんと明日葉さんに任せるね。俺より若い衆2人の方がそーゆーのわかると思うからさ。あとよろしくぅーー」
店長はおでこにピースをして早足で去っていった。
「…今お客さんいなくて暇だし、やりますか」
「うん。じゃあ僕はガラスや店内の装飾をするから、明日葉さんはツリーを飾っていただいてもいいですか?」
「はい」
ツリーは出入り口横の目立つところに置くことにした。ツリーの飾りが入っている袋の中身を段ボールにすべてぶちまけると、赤、金色、緑、、カラフルで賑やかな彩りの装飾品が出てきた。感情の起伏がほとんどなくなってしまった私は、日々はいつもぼんやり灰色に感じられる。装飾品たちの賑やかさに目がチカチカしつつも飾り付けした。
飾り付けをしていると、ある種の法則性に気がついた。下の方に大ぶりの装飾品を、真ん中へんには人形などの目立つやつ、上の方は小ぶりのものを飾ると全体のバランスがよい。装飾品の色も隣り合わせにならないように、何かの装飾品だけ目立つようにならないように、なんて考えながら飾り付けをしていたら、とある舞台の稽古を思い出した。
まだ経験も浅かった頃にもらったあまり台詞の多くない役で、だけどなにか「私」を残したくて、声色を変えたり、派手にリアクションをしてみたりした。
そしたら、監督に怒られた。お前が周りを見て演じていないから全体のバランスが崩れるだろう、と。稽古の全体を録画して見返してみたら、確かに私がバランスを狂わせていた。みんな、ぜんたいで作品の中にいようとしていたのに、私は「明日葉陽子」のまま、作品ではなく自分を表現しようとしていた。役者の端くれとしてそんなエゴが垣間見えて、バレてしまったことがとても恥ずかしかった。それから、私はきちんと周りとコミュニケーションを取り、私の求められているものは何なのかを探り、なるべく表現できるように努めた。自分の頑張りは少しずつ周りから評価され、オファーも増えていった。何も問題ないはずだった。どうして私は私のバランスを失ってしまったんだろう。いったい、どこからだろう。
「ばさん、明日葉さーん」
佐倉さんが私を呼びかけた。
「終わりましたか」
「あとちょいです」
「綺麗ですね。全体のバランスがいい」
飾り付けしたクリスマスツリーを見て、佐倉さんが行った。
「…そうでしょうか。くまのサンタの置き場所をもっと目立つところにした方がいい気がします。あと、全体の色合いが被らないように、綺麗になるように」
ふんふん、と納得したように佐倉さんが頷いた。
「こだわるなあ」
「どうやら、全体を見る癖がついてしまったようです」
ふーん、と佐倉さんはツリーを見て置き場所を考える私を見ながら行った。
「明日葉さんは」
「はい」
「全体の真ん中にいる人って感じですね」
「はい?」
「一番上ではなくて、真ん中。この子みたいな」
佐倉さんが、私がツリーの真ん中あたりに飾ったサンタのくまさんを指さして言った。
「真ん中にいながら、全体と混ざり合って仲良くやってる感じがします」
「佐倉さんはたまになぞなぞみたいなこと言いますね」
「仲良くなれますよ」
「誰と?」
「世界と。」
そんなことを話していたら、若い男女の客がやって来た。
「いらっしゃいませ」
何もなかったかのように振る舞い、「じゃ、後よろしくお願いします」と私に伝えて佐倉さんは仕事に戻った。

世界。
今私と世界の間には、どうしようもなく深い川のようなものがありどうしようもなく隔てられていて、その間を埋められる日はとても来そうにないと思ってしまう。
こんなに雑に扱ってしまった、仲違いしてしまった世界と私はもう一度仲良くなれるのだろうか。今の私にはわからない。
だけど、さっきもらった佐倉さんの言葉は私淡く蝋燭の炎のように私の心に灯った。
いつかこの世界で心からの感情を持ち直せる日まで、置かれたこの場所で生きてみよう。
そんなことを考えながら、残りのツリーの飾りつけに戻った。

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