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君のかたち僕のかたち、重ねてはみだしたものを

わかりあうことをきっと愛とか恋と呼ぶはずなのに

「夕陽と星空と僕」ポルノグラフィティ


パートナーと喧嘩をした。もう一緒に住み始めて1年が経つ。毎日楽しいし人と暮らすのもいいなと思う。が、だからといって喧嘩をしないわけではない。
発端はおそらくほんの些細な本当に些細なことで。私がもう少し寛容であれば、つっかからなければなにも起きなかったようなことだろう。
人と一緒にいるのは幸せだが、人と一緒にいるから難しいこともある。

さて、タイトルは歌詞である。今年でデビュー20周年のアーティスト、ポルノグラフィティから2003年にリリースされた曲。この曲を初めて聴いた時私は衝撃を受けた。なんて素敵な歌詞だろう。愛とか恋とか、そんなことを語れる年齢でもなかったのに(今も語れる程人生経験を積んではいないが)的を得ているというかなんというか、スッと腑に落ちた。

彼らの曲はGt.ハルイチこと新藤晴一さんが作詞作曲をすることが多い。あくまでも私の見解だが、ヒット曲は晴一さんが書いていることが多い。晴一さんの書く曲はかっこいい。暗喩や言葉遊びが楽しい。

もちろんVo.アキヒトこと岡野昭仁さんも曲を書くことがある。昭仁さんが書く曲はどちらかというと真っ直ぐで、言葉もシンプルなものが多い。私は彼の真っ直ぐな声とロングトーンが好きなので、真っ直ぐな歌詞と真っ直ぐな声が合って昭仁さんの書く曲も好きである。

そしてこの「夕陽と星空と僕」は昭仁さんが書いた曲なのだ。

君のかたち僕のかたち重ねてはみ出したものを

わかりあうことをきっと愛とか恋と呼ぶはずなのに

シンプルなものを書いているからこそたまに真っ直ぐで天才的な歌詞が書けるのではないだろうか。

はずなのに、と終わっているのはこの曲は別れを歌っているから。曲の中の主人公たちははみ出したものをわかりあうことを諦めてしまったんじゃないかなと思う。

人ってそれぞれみんなが違って異なっていて他人なんだけど。その違う部分とか異なる部分をわかりあっていくことが大切で、わかりあっていきたいって思えることが素晴らしくて、それが愛とか恋なのかもしれない。

「夕陽と星空と僕」を聴き始めた当初は、恋愛ってたしかにそういうものなのかもしれないなぁ。わかりあうことが愛とか恋って素敵だなぁ。と、どこか他人事というか、そのうち私にもわかりあう人が出来るかもという現実味の無い夢物語としての”素敵だなぁ”だったのだけれども。

今あの頃よりは大人になって聴くと、より歌詞の深さを感じる。”わかりあう”なんて一言では表せないんだよ。他人をわかろうとする、他人にわかってもらう、それを経てのわかりあう、って難しい。だけど難しくてもわかりあいたいって思うのが愛とか恋で、難しいからって諦めないように、難しいけどわかりあいたいって気持ちを忘れずに向き合わなきゃなんだ。


そう思って今のパートナーのことをまた考える。もちろんわかりたいしわかりあっていきたい。そしてわかってもらいたいと思う。他人にそう思えるってすごいことだよなと。

一緒にいるからって怠けずに穏やかな気持ちで接することと、敢えてつっかかるような言動を改めることにします。。。



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