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1歳の息子が入院して知った、やさしくてきつい世界のこと

子供が入院した。
入院前日まで私がうきうきとnoteを更新していたことから、子供がいかに唐突に体調を悪くして、震える声で救急車を呼ぶことになるのか分かってもらえると思う。保育園で大流行していたインフルエンザに感染した息子が発熱し、旦那と一週間分の仕事を調整しながら「ついに我が家もインフルの波に乗ってしまったか…」なんて話していた矢先、熱性けいれんを起こしたのが始まりだった。長くなるので端折るけれど、この熱性けいれん(いわゆるひきつけ)、心臓が止まりそうなぐらい怖い。小児には比較的よくあると言われるけれど、熱がギューンと上がるタイミングで突然身体を硬直させて白目を向き、腕をガクガクさせながら泡を吹く。小さくて柔らかな頬がみるみるうちに紫色になる光景なんて大げさじゃなくトラウマになる。

慌てて救急車を呼んだものの病院へ着いた頃には症状が落ち着いたため、診察を受けたあとはそのまま帰宅することになった。が、その夜再び同じ引きつけを起こした息子は、またも救急車で運ばれ、別の病気の可能性なども含めて様子を見るためそのまま入院に至った。

ネットで熱性けいれんについて調べると「数分で治まるので様子を見て」なんて書かれていることもあるけれど、「救急車で運ばれてきたタイミングでまだ痙攣が続いているとは僕らも思っていない。正常な判断もできないだろうし迷わず呼んで」とお医者さんが目を見て言ってくれたことは他のママさんにも共有しておきたい。救急隊員を待つまでの間に荷物を準備した旦那が、大きなカバンに数日分の着替えやおむつ、タオルなど「即入院」となっても対応できるアイテムを手際よく揃えていたのにはちょっと感動した。

入院が決まり、入院手続きや病棟の先生への引き継ぎなどを待つ(この時間が結構長い)。夕食後の20時頃に病院へ運び込まれて診察を受けた息子だけど、結局入院の手続きを終えて夫婦2人でタクシーに乗って家路についたのは深夜1時を過ぎていた。長い待ち時間の間、私たち夫婦はひたすら「入院は何日ぐらいになるだろうか」という話をし「明日は私が朝から夕方までは行ける」「明後日は午後の打ち合わせさえ終われば病院に行ける」とお互いに仕事をリスケしてできるかぎり病院で息子の付き添いをするための調整をした。こういうときに祖父や祖母に頼れたらいいけれど、二人して大阪出身でそうもいかない。仕事のパートナーたちに連絡をする度に、大丈夫!お大事に!と温かく頼もしいメッセージをもらって本当に救われた。

そんなこんなで子供の入院が始まるわけだけど、私たち夫婦は本当に心からゴクリとつばを飲み込み覚悟を決めていた。子供入院の日々がめちゃくちゃにきついことを知っているのだ。実は昨年も息子が風邪をこじらせ肺炎を患い2週間ほど入院したのだけれど、私たち新米核家族の精神はかなり限界に近かった。きつかった。それ以上でもそれ以下でもないただの事実だけど、具体的に何がきついのかを残しておこうと思う。

1歳半の息子は、突然放り込まれた病院のベッド上での生活がいつまで続くのかも分からず常に機嫌を悪くしている。点滴や酸素チューブなどがつけられているため自由に動き回ることはできない。インフルにつきベッドのまわりのカーテンはピシッと閉められ、周りの景色を見ることもできなかった。ベッドの横で私か旦那が抱っこしていればなんとか落ち着くものの、ベッドに置こうとするだけでものすごい力で泣いて暴れた(高熱があってぐったりしていた初日を除く)。泣きまくって目は腫れ、泣きすぎて声は枯れ、病院のご飯をボイコットし、自分が眠ったらパパママがいなくなるということだけはしっかり理解しているゆえ、必死に眠らないように戦っていて目の下にはクマができていた(ゆえに寝ぐずりがやばい)。

活発なタイプなのでDVDなどを見ておとなしくしているということもあまりなく、毎日あの手この手で子供のご機嫌を取るネタを持っていく。おもちゃや絵本を家からごっそり持ち込んだり、近所のツタヤにDVDを借りに行ったり、100均で目新しいおもちゃを買い込んだり、スマホに大量にアニメをダウンロードしたり。どれも一瞬の気休めにしかならないのだけど、ご機嫌取りのお菓子にも頼れない今、何も無いよりマシだった。抱っこしながら「明日は何持ってこようかな…」とばかり考えていた。そんな生活が毎日続く。当たり前だけど仕事が溜まっていく焦りもある。「明日また来るね」「しっかり寝れば元気になって早くお家に帰れるよ」と頭で理解できたら少しは気が楽になるのかな。言葉だけではなかなか伝わらないので、額をくっつけて、めちゃくちゃ念じた。

病院での朝食・昼食・おやつ・夕食の一連を終えて、ぐずりまくる息子をようやく寝かしつけ(20時消灯だけど、暗くなる部屋にまたパニックになる息子はそりゃすぐには眠らない)、そーっとベッドの柵をあげて忍び足で病院を後にする。22時過ぎに乗り込む帰宅のバスは疲労困憊すぎていつも放心状態だった。旦那と二人のときもあったけど「疲れたね」「やばいね」「なんでこんなズーンと来るんだろうね」とばかり話していた。ずっとベッドの横の椅子に座っていたのだから、移動距離なんてトイレとゴミを捨てに行くときの数十mぐらい。それなのになぜか味わったことのない疲労感でぐったりと疲れていた。ようやく家に着く。洗濯もゴミ捨ても追いついてない静かな我が家には息子の遊びかけのおもちゃが救急車を呼ぶ直前のまま散らばっていたりして、それがまたとても寂しかった。日付が変わった頃、溜まった仕事の連絡を済ませ、気力だけを振り絞ってお風呂に入って眠る。翌日も朝7時には病院で朝ごはんが配膳される。看護師さんが介助してくれるけれど、できれば息子が起きたタイミングでそばにいてあげたい。起きたときにひとりぼっちだと気づいて泣いているなんて想像しただけで辛い。まあ無理なんだけど。

我が家から病院まではバスで30分ほど。全く疲れが取れていない朝、夫婦で最低限の共有をしつつ、なんとか朝7時台(これが努力してぎりぎり)のバスに乗り込んで病院へ向かう。8時前に病室について『良かった、まだ寝ててくれてる!間に合った!』とすやすや眠っている息子を見て胸をほっとなで下ろす… みたいなのはまじで幻想で、病棟のエレベーターを降りるとエレベーターホールにまで息子の『ママーーー!』と泣き叫ぶ声が聞こえている。病室に駆け込むと、また一段と腫れた目と枯れた声の息子がいる。「ごめんねごめんね寂しかったねお待たせ」と声を掛けながら抱きしめる。そんな状況にも慣れていてる夜勤明け(数時間前に失礼しますとご挨拶したばかり)の看護師さんが『おはようございますー』とやや疲れた笑顔で迎えてくれる。そして鞄から持ってきた今日のネタ(おもちゃ)を披露し、ちょっとだけ機嫌を取り戻した息子と移動距離数十mの一日が始まる…。

こんな毎日が休みなく続いていた。
大前提として、息子が入院していた病院は24時間付き添いOKだったので簡易ベッド(という名の椅子を2つ並べた台)で横で一緒に朝まで付き添うこともできるし、実際そうしているお母さんもたくさんいた。ただこれを毎日やっていては体調崩すだろうな、と一晩付き添ってみたときに感じた。そして当然だけど付き添いをしなければいけないというルールもないし、親が付き添っていない間は看護師さんや病棟の保育士さんが時々様子を見に来てくれる。いざというときには日本最高峰の小児科医がいて、何の心配もない。子供だって環境にはすぐ慣れる。一人で目覚める朝も、数日経てば全然平気になってる。というか子供の緊急事態とはいえ、ちゃんと肩の力を抜かないと、親が倒れてしまってもっと大変なことになる。

…… ええ、ええ。分かってるんですそれは。
頭では理解していても割り切れない、というのが現実だった。病院によっては面会時間が決まっているケースもあるけれど、息子の入院していた4人部屋はみんなお母さんやお父さんが毎晩付き添いをしていて、その状況をまたプレッシャーに感じたりした。

そんな状況だったもので、付き添いを旦那とバトンタッチしてカフェに飛び込んでパソコンを開くのは正直とても気分転換になった。子供が入院中でも仕事しているなんて大変だなと思われそうだが、珈琲の香り、病院以外の空気、仕事の電話のおかげで、つかの間だけどリフレッシュでき、再び息子の病室へ戻る活力になった。

そうやって目の前の毎日にいっぱいいっぱいになっているとき、いつも目に入るのは我が子よりも重度な病気を抱えている病棟の子供たちやその家族の姿だった。きちんと綺麗な格好で毎日病院へやってくるお母さん、ピシッとしたスーツ姿で毎晩やってくる礼儀正しいお父さん、りゅうちぇる夫婦みたいな若くておしゃれなパパとママもいた。家族のことはその本人たちにしか分からないけれど、みんな子供たちと一緒に成長して少しずつ割り切れるようになっているんだろうか。

一方で、子供が入院しなければ分からなかったやさしい世界があった。
病院では入院中の子供たちのために小さな音楽コンサートが開かれたり、四季折々の飾り付けで楽しませてくれたり、病室にピエロがやってきて息子に手品を見せてくれたこともあった。しっかりと温度調節がされた病院の中にいるとなかなか季節の移り変わりを感じることもできない。子供たちや家族をあの手この手で明るい気持ちにさせてくれる仕事をしている人の存在を知って、親として泣きそうなぐらいに感謝した。

結果的に他の病気の疑いも晴れ、息子は5日で退院できることになった。ここまで読んで「たった5日!?」と拍子抜けした人もいるかもしれない。だけどたった5日でも相当きつかったのだ。一番つらいのは親ではなく息子だということも分かっている。だからこそ、なおさらきつかったのだ。ただそのことだけを誰かに聞いてほしくて、思わずnoteに書いてしまった。

息子が退院した日の夜。夜中にはっと目を覚ました息子が横にいる私を見て、ほっと安心した顔で再度眠りについた。その姿を見て心から幸せをかみしめた。

もしまた入院生活を送ることになったらどうするか?

もっと肩の力を抜いて任せるところは看護師さんにしっかり任せ、適度に仕事もしよう。退院後にベストコンディションで迎えられるように付き添いは6時間ぐらいでスパッと切り上げよう。夫婦2人だけで過ごせる時間も増えるわけだから、そういう時間もあえて大事にしてみよう。

なんて、私にできるだろうか。解決策は未だに分からない。


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