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東京ロックダウンボーイ

 二〇二三年七月東京都三度目のロックダウン宣言、大年増の厚化粧小池百合子氏発令。俺はその時ちょうど洗面所にいたから、とても怖くてその場から動かず、洗面所で暮らすことに決めた。手も洗えるしね。一か月二か月三か月目、きついけどそういう思い切った選択が大切な人を敵から守るのさ。ステイホーム!!
 

 早速手洗い。手を洗わなきゃ。手を洗わなきゃ死んじまう。手を洗わなきゃ。洗わなきゃ死ぬ。
 

 生活、とても怠惰な生活、けどそんな生活を今はしなくてはならないのさ。心の委縮は外出の自粛!委縮こそ正義。なんもするな文句も言うな。みんな頑張ってるんだ。権利には義務が伴うって教わっただろ?いまはステイホーム!国民の義務を遂行するまで。自粛こそ正義。委縮こそ大義。
さあさあ、今日は安倍大日本国終身名誉内閣総理大臣特製マスクが届く日、楽しみだ。何回も使えるのに何回も下さる。もううちには、十二枚あるぞ!頼もしい!安心。これが国家に帰属していることの意味。安心感こそ国家なんだ。
 「今月分でーす。」おおお!今月はナント三枚も!!ああ助かる。いくら金があっても、敵にやられりゃ墓場に金は持ってけない。マスクは国家の安心感、日本に生まれてよかった。

 こんな日常いつまでも続くのか、いや、続いてくれればいいのに。なにしたって誰にも怒られない。誰とも会わないから俺は自由でいられるし、不自由も自由に転換できる。女の子とのキス。そんなもん敵に付け込まれる不純な行為さ、ソーシャルディスタンス。タバコ吸ってみてむせる。なんてこともさ、できちゃったりするんだぜ。たった一人の世界に引きこもってしまえばさ、副流煙なんてふざけた似非科学概念は消滅するんだ。安倍総理!今度は、一か月にタバコひと箱お願いします!ストレスに打ち勝つためにも。ああ、そうそうステイホーム!な日々にはさ、オナニーなんかもさ自由にできたりするんだ。一緒に住んでる親にも気づかれない。たとえ家族同士だって、今一番大切なのはソーシャルディスタンスを保つことだからな。いつもは親来るの怖いからやらんけどVR装着してイヤホンして立体音響のエロ動画でも見てオナニーでもしようかしら。おい全国の欲求不満男子諸君。その強大広大そして絶大なるお前らが悶々として溜めてきた性的エネルギーのすべてを俺にくれ。全部発散してやるぜ。ソーシャルディスタンス。
 

 犬をめでる。かわいいんだ犬って。犬は告発したり自分こそが正義だって言い募ったりしないんだ。まあ、もっとわかりやすくいえばさ、めんどくさいこと言わないで、ずーっと黙ってるんだこいつらは。なんも言わねえからかわいいんだな。ははは、動物愛護団体渋谷によくいるごめんなさい。犬が好きなのと同じような理由で、謝ってる奴見るのも好きだな。あいつらたくさんしゃべるけど、言いたいことは一つだけ「僕は世間をもう大きい顔して歩きませんから。今まで大きい顔していてごめんなさい。ごめんなさい。もう黙ってますから、しばらく黙ってますから、そっとしておいてください。」ってなことなんだよ。湾岸警察署の玄関出てくる奴らはみんなそう言ってるよ、よく聞くとさ。まあ、今はその態度が正しい。みんな我慢してんだから。俺が正義だ!なんて間違っても言いつのったりなんてするなよな。犬でいるんだ!今はみんな犬になれ、リードをつながれていることに慣れ。
なんか気持ち悪いのは、この洗面所にずーっとシマウマみたいな本が置いてあるんだよ。なんか恥ずかしくなる、この本眺めてると自分が。いやいや、中身読んだってわけじゃないんだぜ。本なんて嫌いだ読むわけないだろ。けどさ怖いんだよ。なんか脳内に入ってくるんだよこの本持ってみたりするとさ。「刃先を感じるまではな!」って低めの声が。全身にぞわあーって鳥肌が立つ。俺はここにいていいのかなって不安になるんだ。いいに決まってるよな!ステイホーム!、、、にしても。給料ないってのはきついな。腹も減ったしよ。はあ、きつい。死にたい。寝よう。その前にトイレ。ああ、外には怪物がいたんだった。いいや寝よう。寝るのは死ぬのとあんま変わらない。
 

 僕は寝ました。よく見るんだこんな夢、屋敷に住んだ物書きのおっさんがさ、でっかいパーティー会場みたいなところいってさ、ウイスキーかなんかバーボン?ていうのかね、まあ酒みたいなもの飲んでんだ。独りみたいだけど、独りじゃないんだぜ。大勢いるんだ会場には人が。でも独りみたいな顔してるんだ。一人も二人も変わらないのにな。俺はそれ見てっと、悲しくてさ、笑えたりもするんだけど、最後にはやっぱり悲しいんだ。帳消しにしてやりたいねそいつの人生を、かわいそうなんだよなんだか。もしかしたらあったはずの人生。花、赤青黄色の花サーっと右から左へ、左から右へ、そのおっさんと一緒に歩いてるみたいだ。畜生俺にもバーボンをくれ!飲んだことないけどな。等身大の反抗を!等身大の反抗?反抗自体そもそも、身の丈に合わない夢物語でしょ?いい加減にしてよ。いいやそんなことはないさ。できるはず、できるはず。いやもう遅い。できたはず。夢物語はいい加減にしてよ。あの時、死んじゃいますから給料をくださいっていう簡単な一言をあの人形に言えなかったのはあなたでしょ。キスしてあげない。そんな情けない男なんてだいっっ嫌い!SEXなんて夢のまた夢、夢物語よあきらめなさい。宮沢賢治みたいにあなたはSEXしないで死ぬのよ!ああ夢か、これは夢かよかった。SEXできない人生なんて!
 

 よく寝た。人を愛するってことをしっかりと捕まえていたい。なんてことを起き抜けに考える俺はもう病気なんだろうな。ぞっとするよ。洗面所、俺の後ろには風呂場があって前には出口、ドアがある。後方、風呂場は赤色に光ってて、前方、出口ドアからは青い光が漏れ出ている。なんなんだろうなこりゃ。厚生労働省の消毒部隊がやってきて赤外線消毒でもしてるんだろうか。だとしたら後方、風呂場が光ってんのはおかしいよな。誰も入れないし、入られてたまるかステイホーム!いつまで俺は家にいればいいんだ出してくれ!赤い光と青い光は外に出ようよと俺を誘惑する。楽しいよ、お外に出ようよというような甘っちょろい誘いではない。傷つくために、失うために外に出るのだと誘惑する。犬よ、ごめん。お前らは黙ってなんていなかった。外に出してくれと吠え続けていたんだな今わかったよ。ごめん。ごめん。「私は暴力を否定したことなど一度もない。」と後方風呂場、赤い光の三島由紀夫。お前にとっての暴力。等身大の反抗。言い換えて、等身大の暴力ってなんだ。と問いかける。見せかけの暴力、前方出口ドア青い光のヒットラー何か言ってる。なに言ってんのかわかんねーえんだよ日本語でしゃべれ。嘘つきめ。白と黒のしましまの本から聞こえてくる「刃先を感じるまではな!」刃先を感じに外に出ようか。外ってどこだ、青い光か。こっちがドアだもんね。ああヒットラーのいる方か、やだなあ、人形!
 

 外に出る青い光のほう、外から見れば洗面所のドアから漏れる蛍光灯の白い光、みんな寝てるよ、真っ暗、一筋の光少しずつドアが開いて二筋の光?いやいや、太めの一筋の光トントントンと開いて、俺は外に出る。ステイホーム?なんだったっけなそりゃ。給料ください。それだけが俺の暴力だ。等身大の反抗ってやつさ。外に出る理由。
 外に出ますとリビングルーム、最近は俺のかあさん多肉植物栽培にはまっているようでして、ピンセットのようなもので植木鉢ツンツンやっております。俺はなんだか外に出る勇気がでなくてWiiでもやろうかとコードつないで準備準備と。Wiiスポーツ、チャンバラ居合切りモードお気に入りなのでやっておりましたらおっかさん
「ほんとに行くの?」
とただでさえ外出るの腰引けるのにそういうこと言ってくる。
「イクヨ馬鹿野郎うるせえなばばあ!」
と思春期中学生のような口調で言ってやった。
いつまでも思春期中学生なんだおれは、この映画見てるあなたたちはもうお判りでしょうが。なんか後ろで行くな行くなというようなこと小うるさく言ってくるおっかさん。俺に近づいてきやがったから、後ろにさっと振り向いて、用心棒三船敏郎よろしく袈裟懸けに一太刀斬り捨てそろそろ外へ出ようか。母殺しというのは一種の通過儀礼である。母も殺さずこの世を一丁前の顔して歩いている輩が街をはびこり始めて久しいが、チャンチャラおかしい。母を殺すのが革命じゃねのかバカヤロウ!おお、恐ろしい言葉を口にしてしまった。革命だとさ。革命なんて言葉を口にしてしまったら後には引けない。取り返しのつかないことをしてしまいましたおっかさん。
 

 がちゃんこ何年ぶりだろうドアを開けて外へ出た。バスに乗ろう。バスはいいな景色がゆっくり流れる。ポカポカする。森をくねくね曲がって抜けて、降りた実感もなく俺はもうすでに降りていて、なんだかのどかなだだっ広い田舎道を歩いている。あ!学校もないのにセーラー服を着た女の子おいでおいでと俺を誘っている。失われた青春、女子高生のスカートのひらひら、放課後の夕陽差し込む教室でのひそひそ。自宅待機男子中高生諸君!俺はセーラー服着た女の子とのどかな田舎道を歩いている!リアリティのある甘酸っぱくてポカポカする青春のすばらしさをお前たちに教えてあげたいよ、まったく。革命には女がつきものだ!とかいかしたこと言いながら手つないで歩いていると、なんだか不気味な雰囲気、円柱のコンクリート張り不思議な建物。ここが大本営、バイト先社員さんの自宅か!ドキドキしてきた怖い、帰りたい。あいつみたいな気持ち。夢に出てきたあのおっさん。パーティー会場でバーボン飲んで一人じゃないのに一人みたいな顔して、悲しそうな顔したあのおっさんのような気持ちだ。でも俺は一人じゃないんだぜおっさん。かわいい女子高生、セーラー服着たアルプスの天然水みたいに透き通った肌を持ったガールフレンドが俺にはいるのさ。と勝ち誇った気分でコンクリート張りまあるい社員宅の周りをガールフレンドと手つないで回ってたら、いなくなった女子高生。喪失。失恋。
 彼女いない歴二秒三秒四秒。いない歴一分くらいで立ち直って、社員宅インターホンを押す。
「はーい。なんでしょうか。」
あ!セーラー服の彼女の透き通った声だ。
飛び込むように入ると、家主、彼女ではない。おれの反抗の対象。暴力の向かう先。打倒すべき体制。俺の前でふんぞり返る怠惰で凡庸な権力。ああ、違う!人形だ!暴力の向かう先は空っぽだ。ヒットラーじゃないアイヒマン。藁人形だ。犬だ。こいつは、おれと同じ外に出たいと吠え続ける犬だ。なんでこいつはいつも俺に向かって吠える?噛みつく?なんだか、みじめに思えてきた。俺は真摯にお前に向かって吠えよう。それが俺の革命的行為だ。そして俺が吠えればお前は元気に吠え返すだろう。記録してやるよお前の咆哮を、負け犬の遠吠えを。俺はお前に届けるまともで正気なまっすぐな言葉を。まともが怖いのだろう。まともに押しつぶされるのが怖いのだろう。正気で生きるよ。君は、誰かにそうされることが一番困るのだろう。正気になるのが怖いのだろう。怖かったよ俺も。怖いけどさそうするしかないんだよ。狂った世の中で正気でいることは狂っているのだろうよ。今からいうことは、倒錯してるんだろうし、だから詭弁なんだろうから聞き流してくれてもかまわないんだけどさ、正気になるには狂う勇気が必要なんだよ。だからさ、後日君と一緒に聞き返して笑えるように、今から君のまともな口から放たれる狂った態度と言葉を記録するね。怒らないでくれよ。俺はこうして、君の声を記録することを正々堂々伝えたのだからね。
じゃあいくよ!「REC!」 
 

 「開業するすると言い続けるだけで、これまでみんなとても不安でした。政府の緊急事態宣言を受けてやっと休業の対応になったけれど、休業補償とか、」食い気味に人形「で、で、今確定していることしては、今シフト出ている分に関しては出勤扱いにする。その分の給料は出る。その後のことは今の時点で何とも言えないなあ。」
「これから先の対応が、不安です。これまでも敵が外をうろついている中出勤しろしろといわれ、出勤しない者には金は出せないと本社からの通達。これじゃあ襲来してくる敵と戦えないではないですか。金が出ないのなら私たちに休む選択肢などハナからないではないではないですか。そんな適当な対応をしてきた会社が休業になってもちゃんと補償してくれるのか不安です。」「補償に関しては本社人事判断であるからして、私は関知しない。そんなこと言われても、みんなに補償して会社がつぶれたら元も子もないじゃない。そうでしょ?というところかな。」
「補償がないっていうのは、みんなやっぱりきついです。そういう声があるということだけでも本社の方に伝えてはくれませんか。」食い気味社員「ただ私からすれば、百歩譲って会社の補償がなかったとしたら政府の補償があるではないかと思う。そっちを利用するほうが確実。違う?もちろんその都度補償のあるなしはメールで報告するし、不満があるのだったら、人事の電話番号はホームページに載っているので私を通さずに電話で直接伝えてもらっていいよ。というところだね。今伝えられることは。そういうのは人事部の管轄だからさ。」社員はここで「REC!」されていることに気づいたらしい、「REC!」しているiphoneを一度見二度見三度見、何度も見るので数えてみたら十三度見。器用なもんだ、十三度見しながら、上司に押し付けはやばいとおもったのか、補償の件、今後の対応は人事部担当案件との方針を転換「まあ今は、何も決まってない状況なのでどこに電話してとかははっきりと言えないのだけれど、まあ人事も忙しいし、営業もどうなんだろうなあ、わからないけど、私もね、月曜は出勤してるしさ、まあ電話してくれれば対応できるから。ていう形にはなるかな。」“形になる”というおかしな日本語を撲滅させたい。この話し合い終わったら、形になる撲滅委員会のメンバーになろう。ひとまずこの件置いといて、社員続けて「まあ伝えてあげられることはこんなところかな。まあ、強いて言えば現場出勤時、本社からのメールは見れるようになってるよね。あそこには、本社の人が随時、敵への対応方法をあげてるからさ、見てもらえればよかったのにね。そこをさ、こまめにみるしかなかったんだよ?」「あのメールに載っているのは、外部への対応に関する情報ですよね。現場への内向けの情報ではないです。これから襲来する敵と現場の人間はどう戦えばよいのか、どんな支援物資を用意してくれるのかという情報が欲しいかったです。」「まあ今決まっていることとしてはそのくらいかな。他は何とも言えない。ちょっとそんな感じとしか言えないね。そういう形になります。」
 

 敗北である。人生で初めての敗北の経験である。負けたことも勝ったこともなかった俺にとっては、敗北も勝利もどちらにしたって痛かった。暖簾に腕押しの敗北。敗北の実感と生きている感覚。喪失と充実の感覚両手に携えて。なんちゃって。わかりやすく言うと悔しい、悔しいんだよなんだか。悔しさってのは痛いんだね。実感のない敗北は空っぽで怖い。でもさ俺は「補償がないときついって本社の人に伝えてください。」って言えたんだ。あの時言えなかったことを言えたんだよおっかさん。田舎道を歩く。胸張りながらうなだれて歩いていると、セーラー服の女の子。俺のたった一人の妻。「遊び足りないかい。」と聞くと「遊んできたから大丈夫」と一言。俺にキスして消えた。俺の記念すべきファーストキスであった。たった一人の妻に励まされた。
 

 SEXなんて一度も勝ったことのない俺にとって夢のまた夢なんだろうけどさ。俺は少なくとも、女の子とキスはできたわけだ。ああうれしい、きっと逃げなかったからだ。逃げなかったから、関係をあきらめなかったから関係の象徴であるキスという快楽を神は俺に与えたのだろう。さあ次は、勝つぞ。実感のある勝利を。常識と俺は心中するのさ。みんな逃げるなよ。逃げるのは俺が許さない。負けたら歌おうよシャララシャララ。革命って勝ってはじめてお祭りなのさ。家のドアをがちゃんこ開けると、なぜかあのしましまの本。今ならはっきりお前の発する声が聞こえる。みんなもよく聞いてくれ。
「聞き続けろ見続けろ読みつづけろ。あとものの数秒だ。こんなのただの創作だと思ってろ。後ろは見るなよ。こんなこと信じるんじゃないぞ、刃先を感じるまではな!」
俺は袈裟懸けに一太刀、誰かの背中を斬った。