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時代の空気をまとうことと、建築の作法でつくることは矛盾しないーー谷尻誠+吉田愛 / SUPPOSE DESIGN OFFICEによる「猿田彦珈琲 調布焙煎ホール」

こんにちは。
アーキテクチャーフォトの後藤です。

今日は、先日訪問した、調布市にある谷尻誠+吉田愛 / SUPPOSE DESIGN OFFICEが設計した「猿田彦珈琲 調布焙煎ホール」について書いてみたいと思います。

内部の写真はこちらのページで見ることができますのでまずご覧ください

お店に入っての第一印象は、「居心地の良さ」です。明るさが抑えられていて、昼間ですが、落ち着いた雰囲気があり、また、カーペット床の柔らかい感触が心地よいです。

お店に入り自分で席を探すのですが、お店の中を見渡すと、注文のカウンターと厨房が店内真ん中に配置されていて、その周りに様々なタイプの席が用意されていることが分かります。

カウンター席・仕事もできる長いテーブル席・大人数でもくつろげるソファ席・より床に近いローテーブルの席など。様々なタイプを用意することで、それぞれの目的に沿った訪問者が、自分が使いやすい席を探して使っているように見えました。

周りを見渡すと、注文したコーヒーのカップとアイスクリームのカップを注意深く並べて、スマートフォンで写真を撮影してる人たちが目に入りました。恐らくSNSに投稿する写真を撮影していたのでしょう。そのような風景を目の当たりにすると、流行に敏感な人たちが訪問する店であるということも感じました。

また平日の昼間に訪問したにもかかわらず、テーブル席はほぼ埋まっていて、カウンター席に若干の空きがあるくらいのにぎわいでした。とても多くの方々に受け入れられている、と感じました。

というように、この「猿田彦珈琲 調布焙煎ホール」は、建築設計を専門にしていない方々にも非常に受け入れられています。そして現代の時代性を反映した、今だからこそのデザインであるからこそ、一般の方々にも受け入れられていると言えると思います。

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建築のみならず、デザインの世界で働く人たちなら、分かると思いますが、専門的な評価と、一般の評価と言うものは必ずしも一致しません。
凄く売れた商品や、沢山の人を集める施設が、"建築的に""デザイン的に"評価される施設とは限らないのです。

建築の世界で言えば、その歴史の蓄積からの視点での先駆性や、構造の革新性、社会的意義の視点などがその評価基準として存在します。

逆を言えば、ビジネスが成功していない店舗でも、建築的には傑作と言われる建物はあるのです(もちろん店舗の運営者のビジネス的感覚が大きいとも言えるのですが、店舗に限れば、そのデザインがビジネスにおける重要度は高いと思います)。

このような評価のかい離が存在が認識されると、だんだんと、その評価が一致しないのは当たり前だと思うようになります。そのような状況が、皆さんが活動している、それそれのデザインジャンルで思い当たるのではないでしょうか?

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しかし、この谷尻誠+吉田愛 / SUPPOSE DESIGN OFFICEが設計した「猿田彦珈琲 調布焙煎ホール」を経験していると、一般のお客さんに受け入れられるために必要な言わば「時代の空気をまとうこと」と、「建築の作法でつくること」は矛盾するわけではなく、両立させることができるということが実感として湧いてきます。

例えば、この空間ののディテールをじっくりと見ていくと、そのデザイン・操作が建築的な思考でつくられていることが分かります。
H鋼を転用し、それを支持材として木下地・フローリングが支えられるという構成は構造を目に見える形で表現したものと言えますし、このフローリングは、写真中央のカウンター席にとっては床として存在していますが、写真左端ではテーブル席のベンチの役割に変化します。
このような空間を構成する要素の意味に意識的になり、それをズラしたりその役割を変化させる、というのは「そもそもに立ち返って考える」建築的な思考であると言えます。

また、ダークブラウンのタイルの目地の整列された様子や、その表面の光を鈍く反射しつつ、様々な表情をみせる素材感には、マテリアルの効果が注目される現代の建築における問題意識と接続する感覚があります。

声高に主張されているわけではないのですが、その空間に身を置き、細部を観察していくと、建築的な作法や思考で作り上げられた空間だということが良く分かります。

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「時代の空気をまとい」つつ「建築の作法でつくる」というアプローチは、建築家としてその職能・認知を拡大していきたいと常々語っている谷尻さんの言葉とも一致しますし、店舗というビジネスの側面が大きいジャンルにおいても、"建築"を作り上げることができると、僕を含めた多くの建築関係者に訴えかけているようにも感じました。

僕自身、サポーズの建築は、住宅と店舗でそのアプローチが異なるのではと思っていて、店舗の設計ではより、時代性を反映した設計を意識的に行っているのでは、と写真を見て感じていました。しかし、実際の空間を体験してみるとそうではなかったのです。
正確に言えば、建築の作法でつくりながらも、それを如何に時代性をまとったものにできるか、という挑戦・実験を行っていたのです。

これは、建築という世界が専門性の殻に閉じこもることなくその存在を広めていくという視点でも価値のあるアプローチだと感じました(もちろん、枠組みの中で思考を発展させるのは別の価値であると言えます)。

谷尻さんの言葉だけでなく、作品からも、その姿勢を感じることができ、よりその思想が深く理解できたような気がしました。

今後も谷尻さんの建築を継続的に拝見して、思考を深めていきたいと思います。

(自家製ジンジャーエールと、ティラミスを注文しましたが非常においしかったです!皆さんも是非訪れてみてください!)


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