Remi

食と言葉の仕事をしています。noteは琴線に触れた食事と芸術と戯言日記です。

いつか忘れてしまっても

「記憶って忘れないようにと反芻するだけじゃ薄れていくけど、行動することで色濃くなっていくのかもしれないね」

頭上から照りつける日差しが西へと傾き始めてまもなくの頃だった。でこぼこの石段を一つ一つ踏みしめるように歩きながら彼女が呟く。

目深にさした日傘のせいで少しも表情は見えなかった。首筋を流れる汗の滴だけがじんわりと熱を感じさせて、私はできるだけ同じトーンで「行動」と繰り返す。

「うん、その

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ハッピーエンドのその先

あの頃時代を揺るがした数々の名曲がMへのラブレターだったと明かされたこの本の、全てがまたMへのラブレターなのだと私は思った。

世の大半が「なぜ今になって暴露本」と評した『M、愛すべきひとがいて』。

それは彼女の歌がいつもそうであったように、ハッピーエンドの先を生き抜く為の変わらぬ意思表明のようにも感じられる。

彼女が疲れた心を取り戻すために海へ出掛けるのは有名な話だが、その時の心の描写にこん

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思い出貯金

そろそろ思い出貯金がなくなりそうなんだよね。

思い出貯金?

私、思い出って希望だと思ってたの。

過去なのに希望?

今まで色々辛いことがあっても、生きていたらその全部が帳消しになるくらいに幸せな瞬間にも出逢ってきた。だからもしも辛いことがあっても、乗り越えたらまた幸せなことが起こるんだっていう、希望。

プラマイ、プラスね。

でもどんなに莫大な貯金も、 切り崩し続けたらいつか必ず底をつく。

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部屋の中のゾウ

「頼りにしているので無理をしないでください」と言われて驚いた。

無理をしているつもりなど更々なかったのにその言葉を掛けてもらったこと。無理をしているつもりなど更々なかったのにその言葉で泣けてしまったこと。「頼りにしている」と「無理をしないでください」の接続詞が思い掛けない"ので"だったこと。

「出来るだけ長く、力を貸して欲しいんですよ」だから出来るだけ無理をしないでください、とその人は繰り返し

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ジンクスのその後

嗅覚によるフラッシュバックをプルースト現象と呼ぶのなら、味覚によるそれは一体なんて呼ぶのだろう。

マーブル色に固まった卵とどっぷり汁の染み込んだ大ぶりのカツ丼。それらの甘辛い脂が舌に滲んだ瞬間、ぶわりと身体中に蘇る記憶に思わず身震いしてしまった。

願掛けなんて信じていないけれど運試しのような勝敗の行方を待つしかなかったあの夜、できることが何もない不甲斐なさを受け入れたくなくて食べたくもないカツ

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パラレルワールドと嫉妬されるべき人生

人は誰もが多重人格だよ、とある人は言った。

「多かれ少なかれ、誰もがその場その場で求められる役割を演じていて、そのどれもが嘘でもなければ、その全てを掛け合わせたところで本物でもないのだ」と。

ならばこの目で触れる世界など、ほんの一面でしかない、ということ。人は見たいものしか見ないように、見せたいものしか見せないのかもしれない。

東野圭吾 著の小説『パラレルワールド・ラブストーリー』が

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