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キリストと十字架

パウロは、アテネでの宣教をした時にその町の人に合わせて哲学的にしました。結果、聖霊の働きが起こらずに宣教に失敗したと感じました。

パウロは悟りました

なぜなら私は、あなたがたの間で、イエス・キリスト、すなわち十字架につけられた方のほかは、何も知らないことに決心したからです 。Ⅰコリ2:2

すぐれたことばや知恵、説得力のある知恵のことばで、相手を納得させたとしても、聖霊の働きは起こりません。

日本は最初に福音が入ってきた時に、エリート層に福音が入りました。なので知識欲はあります。聖書についてたくさんの事を知ろうとします。しかし知識はたくさんあっても『イエスがキリストだけを伝えよう。そうしてこそ聖霊が働かれる』という部分が弱いので、聖霊の働きがあまり起こりませんでした。その結果、教会が少なく復興(リバイバル)もあまり起こっていないのです。

イエス様の弟子や初代教会の聖徒は『愚かな者、弱い者、取るに足りない者、見下されている者、無に等しい者』Ⅰコリ1:26~28でした。しかしこの様な人たちが使徒の働き1章を見ると『イエスがキリストであることを握って、聖霊の満たしを受けようと祈りに専念』していました。

その時に使2章で『聖霊の満たし』が起こり『愚かな者、弱い…』そのような人たちだったのに、聖霊に満たされて変わりました。そして証人として大胆に福音を語り出したのです。

私たちも『愚かな者、弱い…』その様な者です。神様は敢えてそのような私たちを召されたのです。ですので、私自身を見て落胆する必要はありません。パウロのように『なぜなら私は、あなたがたの間で、イエス・キリスト、すなわち十字架につけられた方のほかは、何も知らないこと』を決心し、イエスキリストに集中するとき、聖霊の働き(御霊の現れ)が私たちを通して起こるようになります。

ありがとうございます(*ˊ˘ˋ*)献金は新宿キリスト教会を通して一度も福音を聞いた事のない99%の方々に福音を伝え、7000専門指導者を探し、逃れの町の教会を立て、レムナントを育てる働きに用いさせて頂きます。アブラハムの祝福があなたに臨みますように。