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豊臣秀吉による小田原征伐では50日籠城、小田原水軍の拠点、下田城 [静岡県下田市]

(2020年11月攻城)


踊り子号に乗って下田へやってきました。

下田といえば、下田城、北条氏の水軍拠点ですね。下田城は下田港の湾口西側の岬全体が城地だったそうで、現在は下田公園として整備され、下田市民の憩いの場になっています。

豊臣秀吉との関係が悪化し(上洛するしないってやつですね)、出動準備をしていると風聞が伝わると、豊臣軍の来襲に備えて城を改修するんですが、如何せん、豊臣軍は1万以上の水軍オールスターズ(長宗我部、久鬼、脇坂ら)でやってきますからね。

下田城には600人しかいないのにどうすんのよ?
籠城、、っすよね。

小田原からの諸浦に清水衆の兵糧米を輸送するために浦ずたいの船一隻を出さしめているという有様で、このころには兵員の招集と兵糧の貯蔵につとめ、着々と籠城の準備を整えていたことがわかる。

小田原合戦  相田次郎著より

50日程籠城した後に開城します。
結果論で言うと、豊臣水軍オールスターズの小田原進出を止める時間稼ぎが少しだけできたってことなんですよね、、。


そんな下田城址へ行ってきました。

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鵜島城址(下田城の別名)の石碑があり、奥の土塁の先が本曲輪(天守台)跡のようです。

下田城縄張り図


今回は遺構がわかりやすい本曲輪周辺を見てきました。



本曲輪(天守台)跡

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本曲輪からの眺め。

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本曲輪から北条氏の城特有の障子堀が見えました。

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まだ山中城に行っていないので、これが初めてみる障子堀です(嬉)。


こちらは本曲輪を取り囲む空堀跡。

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障子堀を間近で見てみます。

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いやあ、この障子堀見たら、山中城へ行きたくなりましたね。



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こうしてみると、海と断崖に囲まれた天然の要害ですよねえ。
時間があったら、もうちょっとあちこち見て回りたかったですが、次回の楽しみに取っておきます。



下田城趾を後にし、
明治時代の雰囲気が残る街散策を楽しみながら駅に向かいました。

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