産後の女はなぜ泣くか。

我が家のゴラムちゃんが産まれて1カ月が経った。無事新生児期を卒業し、乳児にレベルアップ。体も一回り大きくなって、夜は5-6時間寝られるようになった!ママも、しっちゃかめっちゃかの一週目、頭ではわかった気がしたけど心と体が置いてけぼりだった二週目、体の回復とともに心と頭もクリアになってきた三週目を越え、やっと心穏やかにルーティンを回せるようになってきた。一カ月でここまでくればまあ上等じゃないだろうか。計12キロ増えた体重も出産時-10キロ達成。

第一子の産後一カ月って誰しもにとってものすごく特殊な一カ月なのだろう。まず最初に白状しておくと、私は長いこと、世に言う「産後クライシス」や「ホルモンバランスの崩れ」なるものの実態をつかみかねていて(経験していないし当然と言えば当然)、望んで必ずしもできるとは限らない子宝に幸運にも恵まれ、人生の幸せの絶頂であろう時になぜそんな事態に陥ってしまうのか、せいぜいおっぱい欲しがって泣くくらいな天使のような赤ん坊と違って、こっちは上司にせよ部下にせよクライアントにせよ大の大人がそれぞれの立場で日々大騒ぎしててよっぽど毎日クライシスだよ、正直言って贅沢な悩みだな、と思っていたわけです。笑 しかし当然そんなことは口に出すことは許されず。「独身は気楽でいいね」ハラスメントににこやかに耐えてきたのでした。いつか自分が経験したら、その実態をできるだけ客観的に分析してみようと常々思っていたので、やっとチャンス到来。アメリカでの出産という特異性もあり、私個人の事情もあり、他の人に当てはまるとは限らないけれど、一年前の自分に説明するつもりで書いてみる。

ストレス要因① 肉体的損傷・変化

これは言うまでもなく、出産直後は流血、お股ボロボロ、骨盤ガタガタのただの怪我人。無痛分娩でも麻酔切れた後結構な痛みなんだから、ましてや自然分娩や帝王切開、出産中にトラブルがあった場合などの産後の肉体的しんどさは相当なものだろう。その状態で病院を放り出され、授乳だオムツだ小児科だとバタバタ動き回るので、そりゃしんどい。ただし、これは私の場合は2週間で9割方回復した。思ったよりも早い!
あと馬鹿にできないのが容姿の変化。産後は浮腫んで手足も顔もびっくりするほどパンパン、指輪は抜けない靴は入らない、当然メイクなんぞしている余裕はないのですっぴんだがメイクしたところで驚くほどブサイクである。お腹はそう一瞬では戻らないのでぽよんぽよんだし、髪ぼさぼさでオムツを履いてよたよた歩きまわる自分に心底泣けてくる。オスの気を引くため美しく魅力的であることを散々求められたあげく、子孫を残したと思ったら問答無用でなけなしの美しさを剥ぎ取られマーケットから強制退去させられる、ああ、生命の営みの不条理よ。浮腫みがとれお腹が引っ込み、妊娠前の服のジッパーが上まであがったときは小躍りして仕事中の夫に報告しに行った。この時期にたっぷりの愛情で寄り添ってくれたパートナーを女性は絶対大事にすると思う。(逆に一言でもネガティブコメントしようものなら、クライシス突入は言うまでもない。)
いずれにせよ、これらはかなり大きなストレス要因だけど比較的早期に解決する。肉体が回復して驚くほど精神的にも楽になった。

ストレス要因② 睡眠不足と緊張感による疲れ

最初は3時間おきに必ず授乳しろと口酸っぱく言われるのでまとめて寝られないし、実際はそんなスムーズに飲んでくれない&飲んだら排泄するから、1時間くらいかけて搾乳・授乳してうんちブリブリ~っていったらオムツ変えて、たまに漏れたりするから汚れ物洗濯して、搾乳機と哺乳瓶洗って、とやっていたら、また赤子が泣き出す、という無限ループ。これをこちらがミスったらいつ死ぬかわからない小さい生き物相手に一日中やるのは確かに疲弊する。
ただ、これに関しては仕事人間は強い。長時間労働と睡眠不足は慣れっこだし、個人的には仕事の繁忙期よりはよっぽどましだと思った。赤子相手にやっていることは単純作業の反復だから日に日に慣れて楽になっていくし、逃げたり責任転嫁したりイライラをぶつけてきたりする理不尽な大人はいなく、そこにはわけわからず泣き叫ぶ可愛い可愛いゴラムちゃんがいるだけで、たまにニコっと笑って全ての疲れを吹き飛ばしてくれたりする。最初の五里霧中感はしんどいけど、慣れてくれば泣き叫ぶゴラムをほどほどに放置する余裕も生まれるので万事OK。あとは夜ちょっとでも寝てくれる子かどうかで大きく分かれそう。うちはもう夜はわりとまとまって寝てくれるので、要因②は無事解決。

ストレス要因③ 自己肯定感の崩壊

要因①と②とも大きく関係しているけれど、これが私を襲ったぷち産後ブルーの本質だった気がする。あくまで私の話だが、1、自分史上もっとも残念な容姿の自分を目の当たりにする(妊娠中よりよっぽどひどかった!)、2、仕事のマルチタスキングはできるのに家事育児のマルチタスキングはあまりにポンコツ。おっぱい・うんち・おしっこ対応で日が暮れて、家が散らかり始めたり、ほっとかれたぺぱおが悲しそうな顔したり、仕事中の夫の手を借りてしまったりして凹む、3、新生児期はマママジックはないことを知る。泣きじゃくる赤ちゃんもママの手にかかれば一発、キリストを抱くマリア様のような神々しい自分を想像してたのに、なんか恨みでもあるのかと言いたくなるくらいママをじっと見つめてギャン泣きのゴラム。そこへ救世主パパが登場し、抱き上げるとスンと泣き止む。をやられた日には助けてくれたはずの夫が恨めしくすらある。
要は30ウン年かけて築き上げた自分の強みや魅力(と自分で思っていること)を全て削がれ、人間どころか全ての動物が当たり前にやっている(ように見えている)ことができない自分に気づかされる。最初の数日間、母乳の出が不十分で娘をちょっと脱水症状気味にさせちゃったときなんて、足元から崩れ落ちるかと思うくらい泣いた。子供を元気に育てるということだけのために、仕事も休ませてもらい、家事も自分のことも後回しにしているというのに、十分な母乳を生産できないのみならずそれを察知できず脱水症状にさせるとは。私はたったひとつ任された仕事すらできない使えない部下で、それを仕事も家事もやりながらにこにこカバーしてくれる夫がデキる上司に見えて、感謝しつつ打ちのめされて、悔しくて、泣けて泣けて・・・。余裕の微笑みで器用に孫をあやす義母に母としての圧倒的実力差を感じてみたり(当たり前。笑)、もうこんなポンコツなら他の人がやった方が夫も娘も楽なんじゃないか、私でなきゃいけない理由なんてどこにもない、とまた泣いて、ふと新卒の頃がフラッシュバックした。「私でなきゃいけない仕事がしたい」なんて青臭いことを思っていた大学生が、そんな仕事は存在しないこと、自分は驚くほどポンコツだということ、それでも目の前にやるべき仕事はありそこから多くを学べること、だから決して逃げないことを叩き込まれたんじゃなかったか。今の私はまさに新卒。そりゃポンコツに決まってるじゃないか。そして仕事と違って、この愛おしくてたまらない我が子の一挙手一投足を四六時中見ていられる特権があるじゃないか。私でなきゃいけない理由なんて探すだけあほらしい。愛する娘だから、全力で育てる、それだけだ。というかそもそもなんで自分がマリア様になれると思ったんだっけ。地道に単純作業を繰り返す中で、娘の色んな瞬間、小さな成長を見ることができたら、こんな幸せなことはない。嫌でも半年後にはまた大人たちによるクライシスの真っただ中に連れ戻されるわけで、今くらい、おっぱい・うんち・おしっこで日が暮れて何が悪い!

「仕事もしてないのに、毎日何もできていない」と半べそでつぶやいた私に「れなは人をひとり育ててるんだよ」と穏やかに言った夫は、「あと、子育ては一緒にしようね」と付け加えた。そうだ、この人は上司じゃなかった。子育ては私に任された仕事じゃない、私たちふたりの幸せな特権だ。





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