心の中で祈りながらタクシーの後ろ姿を見送る。神様、病気のときはこんなの不要です。

風邪だ。
どうしても教室に歩いていくのがきつかったのでタクシーを使う。

日本在住ではご存じない方もおられるかもしれないが、シドニーのタクシーの扉は自動では開かない。自動で開くと思ってボーっと立っていると、「おいお前、乗るのか乗らないのか、冷やかしなら邪魔だ、さっさとどきやがれ!」と運転手から罵声を浴びせられる(だろう)。

英語が分からなければ気にもならないかもしれぬが、しれ~っと突っ立ったまま数秒後に笑顔で窓の中を覗き込んでみるとよい。怒った運転手がFワードを連呼しながらドアを開けて出てきて、胸ぐらを掴まれて…。

きっと「火に油を注ぐ」や「怒髪天を衝く」などの言葉の意味をその実践経験からより深く理解できる…かもしれない。

そんな話ではない。
俺の話だ。

タクシーに乗り込んで行き先を告げる。南アジアあたりの感じの、深い皺と白鬚の老男のドライバーが車を出す。

車は走っている。しかしメーターと思われる機械に料金の表示が出ていない。
Could you turn on the meter, please?
運転手に告げる。

しかし2秒たっても、3秒たっても彼は反応しない。オレも具合が悪いので多少小声だったということもある。聞こえなかったんだろう。車は走っている。

Turn on the meter, please? ちょっとボリュームを上げて言ってみる。
1.38秒たっても、2.75秒たっても彼は反応しない。こらこらこら、おっさん、ちょっと待て。おかしいだろ。車は走っている。

以前、メーターを作動させずに嘘八百で料金とった悪者タクシーを経験している俺は、高熱で弱っている心身のすべての力を奮い立たせる。

メーター、プリーズ!!

しーん。

おいおいおい、無視かよ、おっさん。

ヘイ!! メーター、メーター、プリーズ!! こうなったら命がけである。

「あ、あっ、ああ、忘れてたぜ。」おっさんの口が開く。
そして漸くメーターに手を伸ばす。もちろん車は走っている。

馬っ鹿野郎、ぼったくろうってったってそうはいくかよ。でも(車が走った)ここまでの料金は得しちゃったぜ。

なんつってゼイゼイ言いながら、おっさんの手を見てゾッとする。

ブルブルブルブルブルブブルルル…

いやいやいやいや、尋常じゃない。おっさんの手が残像が残る勢いで震えているではないか。

おいおい、運転はだいじょーぶーーーー!!!

おっさんごめん、俺おっさんを悪徳タクシーだと勘違いしていた。ごめん謝る。

おっさんアル中か薬中か分かんないけど、そっちの人なのね(個人の見解です)。
それじゃあ、メーターどころじゃないよね。わかってやれなくてごめん。
でも運転の仕方は忘れないでーーー。あともうちょっと進んだら停めやすいところだから、そしたらもう停まっていいからーーー。それまではなんとかプリーーズーーー!!

がらすきの路上にタクシー停車。
お金受け取るときも、釣りをくれるときも、その手は震度10の勢い(個人の見解です)で高速バイブレーション。

とにかくこのタクシーを無事で降りられること(と料金がいつもより安かったこと)に感謝しつつ、おっさんが事故を起こしませんよう(このおっさんに誰も巻き込まれませんよう)に、と心の中で祈りながらタクシーの後ろ姿を見送ったのだった。

神様、病気のときにこんなん全然いらんから。ほんとに。

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