「やるかやらないか、やる!」“楽しい”を共有して人を巻き込む、まちづくりのしかけ | エリア再生/中川町 福岡県北九州市(2019年掲載事例記事)
中川町ってどんなところ?
かつて日本一の石炭積出港として繁栄し、日本の近代化を支えた北九州市若松区。洞海湾を挟んで若松と戸畑を結ぶ真っ赤な若戸大橋のたもとにある、古いトタン屋根の木造住宅が密集するエリアが、今回の舞台となる「中川町」です。戦後、色街として賑わったこのまちも、時代とともにその役割を失い、高齢化が進み、まち全体の約半数が築70年以上の空き家になってしまいました。
2014年より地元のまちづくりチーム「ワカマツグラシ」が、6軒の空き家をカフェやシェアハウスに改修し、リノベーションによるまちづくりを進めてきましたが、未だ30軒以上が空き家のままになっています。
そんな中川町に、2017年2月、強力なプレーヤーが登場。内装デザイン会社「夏水組」の代表・坂田夏水さんです。夏水さんと言えば、女性目線の空間づくりが人気で、D.I.Y.女子の憧れの人。その夏水さんが一家で若松に移住して、東京・代官山にあるインテリアマテリアルストア「Decor Tokyo」のECサイト「MATERIAL」の実店舗を中川町にオープンしたというのです。
東京から北九州へ。完全家族移住型、二拠点事務所生活を始めて半年。若松の豊かな自然環境でのびのびと子育てをしながら、仕事を通じて地域の人と繫がる夏水さん。移住してきた彼女が若松暮らしをとことん楽しむ様子は、周囲の人の共感を生み、いま中川町のまちづくりは新たなフェーズへ歩み出しています。
中川町ができるまでのストーリー
STEP 01 こんな経緯からはじまった
なぜいま移住?
移住先で実践してみたかったこと
内装デザインのみならず、不動産の企画やコンサルティング、D.I.Y.商品の企画やショップの運営、飲食店のプロデュースなど、多岐にわたって活躍する夏水さん。2008年に夏水組を設立して来年で10年。2016年には東京・代官山に、インテリアマテリアルストア「Decor Tokyo」をオープン。スタッフも多数抱え、私生活では第二子を出産したばかり。その夏水さんが突然、地方に移住すると聞いて、驚いた人も多かったのではないでしょうか。
きっかけは、夫でありビジネスパートナーでもある藤田毅さんの「移住するぞ」のひと言。ちょうど夏水さん自身も、都会での子育てに限界を感じていた頃でした。
おふたりの出身地は、揃って福岡県北九州市。幼い頃は海で水浴びをしたり、山で虫取りをしたり、豊かな自然に囲まれて育ちました。我が子にも同じような体験をさせてあげたい。第二子が生まれ、その思いはさらに強くなったと言います。
また、地方で挑戦してみたいこともありました。それは、子育てをしながら地域活性化に繋がる仕事をすること。リノベーションスクールにユニットマスターとして参加するようになって初めて、まちづくりの面白さに触れたという夏水さん。
「自身が生業としてきたインテリアの裾野を、不動産やまちづくりに広げることによって、地方で遊休不動産を抱えて困っている大家さんを助けたり、人口が減り続けるまちに再び人を呼び込むきっかけがつくれたりする。そこに可能性を感じました」
また、「昔から、決断を迫られた時は、挑戦せずに後悔をするよりも、チャンスがあれば飛び込んでみることで、人生を切り開いてきました」という夏水さん。
かねてより運営していたECサイトの商品が増え、ストックする場所が手狭になってきたことや、家賃や人件費を抑えるため地方に物流の拠点を持ちたいと考えていたこともあり、今回も「やるかやらないか、やる!」の精神で移住を決意しました。
STEP 02 住む場所と出店場所を探す
中川町で仲間に出会う
初めての移住先は、夫婦ともに馴染みのある北九州市若松区に決めました。拠点となる場所や住居を探していた時に出会ったのが、中川町でリノベーションによるまちづくりを進める「ワカマツグラシ」の末廣要さんと小山洋明さんです。
末廣さんは工務店、小山さんは飲食店を経営。若松で生まれ育ち、若松で商売をしています。そんなお二人が、ビーチの清掃やグルメイベントへの出店など、地元の賑わい創出のために行っていた活動の延長で始めたのが「ワカマツグラシ」でした。
若松区のなかでも、半島の先端でさらに陸の孤島と化している東側、特に若戸大橋のたもとは、かつて区の中心地であったにも関わらず、過疎が進んでいます。イベントでの一過性の賑わいではなく、持続的に地域を盛り上げる方法を探していたふたりは、まずは特に空き家率が高く、末廣さん自身が所有する物件も多数ある中川町に人を呼び込み、このエリアから若松を活性化させようと考えました。
2014年に、末廣さん所有の物件を持ち込んでリノベーションスクールに参加し、対象物件となった空き家が、レンタルスペース「カフェダンジョン」に生まれ変わりました。それを始まりに、九州工業大学の女子学生がD.I.Y.で作ったシェアハウス「recoya」、学生用シェアハウス「若松寮」、工具を集めたアトリエや、九州女子大の学生が長屋をリノベーションした「九女ハウス」など、中川町に興味を持った人々が集まり、小さなエリア内に6つの新しいが場が生まれました。
藤田さんは、そんな末廣さんと小山さんの活動に賛同し、さらにその人柄に魅力を感じて、中川町に拠点をつくることを決めたそうです。
「おふたりの地元を盛り上げたいという思いや、見返りを求めずに活動する姿を見て、自分もこの場所で一緒に何かしてみたい。そう思いました」
STEP 03 リノベーションで活動拠点をつくる
「MATERIAL中川町」がオープン!
一方、藤田さんに連れられて中川町を訪れた夏水さんは、「ここがお店になる物件だよ」と案内され、とても驚いたと言います。
「目の前には、継ぎ接ぎのトタン屋根や自然崩壊した空き家、放置すればそのまま朽ちていきそうなまち並みが広がっていました。でもそれらを眺めているうちに、もともと古いものが好きだということもあって、空き家はまちの資源じゃないか、底地にいるような若松だからこそ自分たちが加わる意味があるんだと感じるようになりました」
30軒もの空き家のなかから、おふたりの選んだ物件は、築70年以上の長屋。細い路地の多い中川町で、唯一車が横付けできる建物だったことと、両隣が空き家で、将来店を広げられることが決め手となりました。また、エリアの入口に位置し、ここから中川町を盛り上げたいという思いもあったと言います。雨漏りしていたその物件を、周囲の学生や住民の方の協力を得て4ヶ月かけて改装。「MATERIAL中川町」 は2016年12月にプレオープンし、2017年3月にグランドオープンを果たしました。
東京で話題のインテリアショップが若松に出店とあって、地元メディアからも多数取り上げられ、いざ店を開けてみると、九州一円、山口などからも来店があり、「MATERIAL」がメディアに露出することで、中川町のまちづくりが注目されることも増えました。
「移住する前は、東京の仕事を北九州でするイメージを持っていたのですが、北九州でも内装デザインなどの仕事が発生し、現地で雇用しているスタッフの給料は、北九州の仕事で賄うことができています。また、物理的に距離が離れたことにより、これまで自分が抱えていた仕事を任せることが増え、東京のスタッフの成長や自立に繋がるという、思わぬメリットもありました」
STEP 04 D.I.Y.イベントを開催する
空き家を1日でリノベーション!
まちの集会所「グラバー」をつくる
2017年3月。夏水さんは、北九州で開催される最後のリノベーションスクールにユニットマスターとして再び参加しました。対象エリアはもちろん中川町。
一緒にユニットマスターを務めたのは、和歌山で魅力的な場を次々と生み出している「rub luck café」の源じろうさん。
その時にユニット内で挙がった、エリア内の空き物件のひとつに対して、まちの集会所としての機能を持つバーをつくる提案が、「みんなが本気でやるなら、俺行ってもいいで」という源じろうさんのひと言で動き出すことになります。のちに「グラバー」と名の付くその物件は、30年ほど前までそろばん塾兼住居でしたが、住民が退居した後は空き家になっていました。さらには2014年に火事に合い、柱や天井などが焼けてしまった後は、活用策を模索していました。
「1日で空き家をリノベーションするよ!」
リノベーションスクールの2ヶ月後の5月。Facebookを通じた夏水さんの呼びかけに賛同した人々が、全国から中川町に集結することになりました。せっかくならこの機会に中川町で起きている一連の取り組みを体験してもらおうと、ワカマツグラシ主催で「中川町DIY祭」と題し、地元の人たちにも参加してもらい、D.I.Y.イベントを開催。
当日は、夏水さんや源じろうさんの他、まちづくりに興味のある人や、D.I.Y.を体験してみたい主婦の方など、約20名が作業を行いました。
まずは1階の壁を一部取り払った上で補強工事し、開放的な空間を演出。鉄のかすがいを購入した以外はすべて廃材や近隣の銭湯から譲り受けた薪などを活用し、あるものを活かしながら手を入れていきました。夕方からは、完成した「グラバー」のお披露目を兼ねて、ビールで乾杯。熱気に満ちたままイベントは終了しました。
「空き家群に1日で何かをつくることができたということに、意味がありました。なかには私に騙されて来ましたみたいな人もいたかもしれないけど」と夏水さんは笑います。
楽しそうなことを企画して盛り上げて、あらかじめ要となる人を巻き込み、みんなの士気が高いうちにやりきる。きついことだけでなく、打ち上げなどの楽しい時間まで抜かりなくスケジューリングするのが、夏水さんのまちづくりの手法かもしれません。
「夏水組を立ち上げる前に建築現場で現場監督をしていた時の感覚が、染み付いているのかもしれません。現場で一番大切なのは、実はスケジュール管理です。スケジュールがずれ込む現場は職人さんの注意力やモチベーションが下がる。一気に物事を動かす時は、いかに意識を高く保ったまま、一丸となってつくりあげることができるかを、常に意識しています」
STEP 05 これからの展望
「楽しい」を共有することで
どんどん人を巻き込む!
夏水さん一家が若松にやって来て、半年が経ちました。その間に「ワカマツグラシ」は藤田さんが理事に加わり、「ワカマツグラシパートナーズ」としてエリアマネジメントを目的とした法人としてリスタート。さらに、シェアハウスだった「recoya」がまちやどとしてリニューアルしたり、若松の魅力を伝える地域メディアの編集室が始動するなど、人を呼び込むしかけが続々と生まれています。
「こんな風に自分たちのアイデアを実行に移すことができるのも、末廣さん、小山さんが築いてきた地元の方との人間関係やコミュニティがすでに存在していたから」と夏水さん。ひとまわり以上も歳が離れている末廣さんと小山さんは今や、夏水さん一家にとって、身内のような頼れる存在でもあるようです。
「まちづくりも建築現場に似ていて、計画をたてて、必要な材料や人材を集め、住みよい形にして、引き渡すまでが仕事。移住者の私たちにできることは、自分のノウハウや技術をまちづくりに役立ててもらい、そこで生まれたコミュニティやプロセスを持続可能な状態で今後このまちで生きていく人たちに受け継いでいくことだと思います」。
そのためにまず自らが動いて、「このエリア面白いな」と思ってもらえるように土壌づくりをしている段階だと語ります。
「地方で子育てしたい人や、移住を考えている人は、ぜひ一度若松を訪れてみて欲しい。自然は豊かで野菜や魚も新鮮。物価も安く暮らしやすいところです。今は物流も変化しハングアウトで会議もできるし、北九州のような都市部であれば、交通の便も良い。ビジネス上、東京にいる必要性はなくなってきていると感じます。地方には、新しい暮らし方、働き方を実践できる場所がたくさんあります。私も東京の友人たちに『移住しない?』と誘っているところです」
若松をとことん楽しみ、「楽しい」を共有することで、人を巻き込んでいく夏水さんの「巻き込み力」。巻き込まれた人々は、夏水さんのファンになり、中川町のファンになり、また次の楽しい企てを生み出します。どんどん面白い人が集まっていく中川町のまちづくりから、今後も目が離せません。
(Writer いわくま みちこ)